何も恐れない
翌朝は、亜紀の可愛いキス…ではなく、マネージャーの小森幸彦からの着信に起こされた。
「なんだよ、朝から。今日はオフだろ?」
『すぐにテレビつけろ!』
「…は?」
『いいから!30分でそっちに行く』
わずか10秒で、電話は切れてしまった。
幸せそうな顔で眠る亜紀を起こさないよう、そーっとベッドを抜け出て、言われた通りにテレビをつけた。
俺の眠い目に飛び込んできたのは、「俳優・岡本翔、熱愛!」の文字。前の記事、潰しきれてなかったのかな…なんてぼんやりと考えていたら、相手を見て驚愕した。
『若手俳優・岡本翔さんの熱愛をスクープ社が捉えました。お相手は同じ年の一般女性ということです。2人は2年前から同棲を始めており、現在も一緒に暮らしている様子です』
女性キャスターがなにやら微笑みを浮かべながら話すのを、俺はただ呆然と見ていた。
一般女性って、どうして…!?
画面には、俺と亜紀が玄関で話していたときの写真が映し出される。…これはたしか、前に唯子に見せられたもの…?
ということは、今回の仕掛け人も彼女だろうか。
黒幕がわかったとたん、俺は自然と頭が冷静になっていくのを感じた。ここで慌てたら、向こうの思う壺だ。
幸彦がやって来る前にと思って、少し可哀そうだけど亜紀を起こした。俺の足の間に亜紀を座らせ、同じことを何度も言い続けているニュース番組を見せた。亜紀ももちろん驚いてはいたけど、意外に落ち着いていた。
「これ、唯子さんが持ってたやつだよね…。探偵か何か雇ってるみたいだったし、もしかしたら昨夜つけられてたのかな」
「そうかもしれないな。破局しかけたけど元に戻って、前以上にラブラブになってたから…妬んで、とか?ちょっと外覗いたけど、すでにマスコミが来てるみたいだったよ」
「えっ、ほんとに?今日は仕事休みだから、まだいいけど…」
そうこう話してるうちに、幸彦がやって来た。下にいるマスコミに揉みくちゃにされたのか、せっかくのスーツや髪型がよれよれになってしまっている。ごめん。
「…これでよくわかっただろ。世間の注目が、お前にどれほど集まっているか」
幸彦は亜紀が淹れたコーヒーを一口だけ飲み、テーブルに置いた。猫舌の彼に、湯気の立つコーヒーは聊か酷だったようだ。
「そんなの、とっくにわかってたさ。だから一緒に出掛けないようにしてたし、2人で暮らしてるっていうのもなるべく隠してた」
「こんな写真撮られたんじゃ、意味ないだろ。とにかく、事務所としては全面否定させてもらうからな」
幸彦の厳しい口調に、亜紀まで下を向いてしまった。心細い様子の彼女の手を、上からぎゅっと握る。
「報道陣はかなり細かいところまで探っていて、坂上唯子とのことまで持ち出してる。…この間の話、覚えてるか?彼女にこれ以上迷惑かけたくなかったら、早くここを引っ越すんだ。ひとまず、ホテルに隠れて…」
「嫌だ」
突然、子どものように駄々をこね始めた俺を、幸彦も亜紀も驚いて見ていた。
「嫌って、おまえ…。どうしたいって言うんだよ。ここにこのまま…?」
「そうだよ!俺は逃げないよ。亜紀とここに住み続けるし、これからは堂々と一緒に出掛ける。後ろめたいことなんて何もないんだから」
はっきりとそう言いきって、俺は幸彦の制止も聞かず、亜紀の手をとって外へ出た…――。




