雨の日の出会い
あれは、今からおよそ2年前のこと。
私は小さな短大を卒業して、全国の駅構内にカフェを展開する会社に就職し、ウェイトレスとして勤務するようになった。常連さんたちとも顔馴染みになり、お世辞にも愛嬌があるとは言えない私でも、ようやく仕事に慣れてきた頃…。「彼」と、出逢った。
「お客様。たいへん申し訳ございませんが、そろそろ閉店のお時間でございます」
21時の閉店時間まで、お客さんは多い。平日はサラリーマン、週末はカップル。
けれどその人は、他のお客さんとは様子が違っていた。帽子を深く被り、メガネをかけていて、ぱっと見ただけでは顔はわかりづらい。それでも怪しいという感じではなくて、どことなく哀愁を漂わせた人だと思った。
もう何時間も窓際の席に座って、窓の外をぼんやりと眺めている。来店直後にオーダーのあったホットコーヒーには、口をつけた跡がない。
「ああ、すいません…」
私の声掛けに素直に応じ、その人は立ち上がった。
全てのお客さんがお帰りになったあとは、全員で閉店作業をする。私のその日の担当は清掃だった。
大きなモップを持って、店内を1周する。ときどき、テーブルの下に食べこぼしなんかがあったりするから、1人でするにはけっこう難儀だ。
そして、あのお客さんが座っていた席に差し掛かった時。モップに何かが引っかかり、引き摺るような音がした。
なんだろう、と手を止め、モップを持ち上げてみると…、
「指輪…?」
おそらく7号ぐらいの、女性物の指輪だった。よく見ると、内側に『Y・S』と彫られている。
さっきのお客さんのものだろうか。高価な物なら、きっとすぐに気づいて連絡してくるはず。
そう思って、私はその指輪を忘れ物ボックスに仕舞い込んでおいた。
その日の帰り道。雨が降る中、お気に入りのドット柄の傘を差し、1人暮らしをしているマンションに向かって歩いていたら、橋の上で1人の男の人が立っていた。傘も差さず、欄干に手を添えて川を覗き込んでいる。
なんだろう、気持ち悪いな。でも、ここを通らないと帰れないし…。
街灯も少ない道で、気味が悪かったものの、私は足早に通り過ぎた。すると、背後で地面を蹴るような音がして、まさかと思いつつ後ろを振り向くと…。
案の定、男の人が欄干に上がって、今にも飛び降りそうな体勢をとっていた。
正直言って、怖い。でも、見なかったことにもできない…。
一瞬迷った結果、私は意を決して男の人に向かって叫んだ。
「待って!早まらないで!!」
「え…?」
男の人は私の大声に驚き、こちらを見た拍子にバランスを崩し…、
「ぅわあっ」
叫びながら、川に真っ逆さまに落ちて行った。