彼のために
見上げるほど背の高い彼女が、再び私を訪ねてきたのは――あれから、数か月も経ってからのこと。
『翔と別れろ』。そう言われてからも、変わらず翔と一緒に暮らし続けていることを非難しに来たんだと思った。
「この記事、明日発売の週刊誌に載るの」
そう言って、唯子さんに差し出された紙には…、唯子さんと翔がつきあっていたときのことが、おもしろおかしく書かれていた。
これは全部、事実なの…?
戸惑いを隠せないでいたら、唯子さんは突然真顔になった。
「これは事実かって?あたりまえじゃない。翔と私は一緒に暮らしてた。翔って、すごく依存的なの。私の代わりを探してたとき、偶然あなたに会ったってところでしょうね。あなただって、少しの間だけでも芸能人と暮らせて楽しかったんじゃない?お互いさまってことで、これで翔と別れてくれるでしょ」
「幻滅しました」
「は?」
「初めて会った日、翔は1人で雨に濡れていました。あなたに突き返された指輪を失くして、必死で探していたんです。彼にそこまで想われていた相手が、あなたのような人だったなんて…。とてもがっかりです」
ぱしん、と音を立てて、唯子さんは私の頬を叩いた。
「よくそんな生意気な口がきけるわね。あなた、自分が翔のお荷物かもしれないって考えたことないの?」
「え…?」
「翔みたいに、名前も顔も売れ始めたころが1番大事な時なの。スキャンダル1つが命取りになることもある」
「でも、今回のことは唯子さんにも責任がありますよね。こんな記事が出回ったら、あなただって無傷ではいられないでしょう?」
「翔の事務所が揉み消すってわかってたからね。この記事を書いた記者も知り合いだし」
「…えっ?」
私は、耳を疑った。翔に依存してるのは、唯子さんも同じなんだ…。
またあのときのように、唯子さんの声が一段と低くなる。
「あなたと翔を別れさせるためだったら、私は何でもする。たとえ、翔が芸能界にいられなくなったとしても」
彼女の言葉に、身の竦む思いがした…――。
*
そのとき彼に再会したのは、何の因果だろう。仕事帰りの彼は、疲れているはずなのに…驚きながらも、少し嬉しそうにしていた。
「なんでこんな時間に…。どうして、そんな薄着なんだ」
智之は私の手をとり、温かい息をかけてくれた。前にこうしてくれたときは、まだつきあってた頃だっけ。
あのときは不倫関係だったけど…、今はもう、後ろめたいことなんて何もない。
「智之…」
「ん?」
「…私を、つれていって」
智之についていけば、翔と離れることなんてたやすい。しばらく距離を置けば、翔だって…。