身代わりの愛
「…なに、これ」
亜紀から白い封筒を受け取り、中身を確認すると…。数日前に事務所で見せられた、未発行の週刊誌をコピーしたものが入っていた。
「なんで亜紀が、こんなの持ってるの!?一体どこで…」
亜紀に向き直ると、彼女は手のひらをぎゅっと握って俯いていた。
「…カフェに、唯子さんが訪ねてきたの。少し前と先週の、二回だけ」
唯子が、亜紀のところに…?信じられないけど、唯子ならやりそうなことだ。
テレビを消してから、亜紀の手を引いて隣に座らせた。亜紀は、俺の目を見てくれない…。
「こんな記事、全部でたらめだから。嘘ばっかり書いてるから、実際には世間の目に触れなかったんだよ」
「でも、唯子さんとは会ってたんでしょ?この写真、どう見ても翔だもん」
「それはそうだけど…。一緒に歩いてたってだけで、ほんとに何もないから」
「…翔が前に一緒に住んでたのって、唯子さんだよね」
唯子が、亜紀にばらしたのか?前につきあってたのが唯子だってことは、べつに隠してるわけじゃなかったけど、わざわざ言う必要もなかったから亜紀には話してなかった。
唯子が亜紀に変なことを吹き込んでないといいけど…。
「最近帰りが遅いのも、オフの日に1日中外に出てるのも、唯子さんと一緒にいたからなんでしょ…?翔は昔からつきあってる相手に依存的で、唯子さんに対しても例外じゃなかった。私と出会ったときは、依存してた相手に捨てられたばっかりで、その代わりを探してた…」
「違う!亜紀は代わりなんかじゃっ」
俺の言葉を聞き終わらないうちに、亜紀が握っていた手のひらを差し出し、ゆっくりと開く。
亜紀の手のひらには、指輪が1つ乗っている…。以前、失くしたと思っていた唯子の指輪だった。
「これ…!」
驚きのあまり目を見開いている俺を見て、亜紀は悲しそうに微笑んだ。
「あの日、カフェで指輪を無くしたのが翔だって気づいたのは、実は一緒に暮らし始めてすぐだったの。…でも、落し物箱にしまっておいた指輪を、すぐに返すなんてできなかった。これを返せば、きっと翔は元の居場所に戻ってしまう、そう思った。大切な物なのに…、今まで隠しててごめんね」
そう言って立ち上がった亜紀の手を、俺はとっさに掴んだ。捕まえていないと、どこかに行ってしまうような気がした。
「待って。どうして、いま返そうと思ったの?記事がでたらめだって、わかってるよね?俺の彼女は亜紀だし、もう唯子とは何もないよ」
「…ここに書いてあることが嘘だとしても、唯子さんに会ってたことを、私に隠したのは事実だよ。それに私なんかより、唯子さんの方が翔にずっとお似合いだって、わかってる。自分では気づいてないんだろうけど、翔はきっと、依存する相手が欲しかっただけ。唯子さんの心が戻ったら、“代わり”だった私はもう…、いらないはずだよね」
亜紀は俺の手をとり、その手のひらにそっと指輪を置いた…。
翔と住む部屋を飛び出した私は、雪の降りはじめた中をあてもなくさまよった。コートぐらい、着てくればよかったな。
とりあえず、近くの友達の家にでも行こうかな…なんて考えていたら、突然、後ろから腕を引かれた。
そこにいたのは、
「亜紀…?」
数か月前に再会してから、度々カフェに姿を見せるようになった元恋人――智之だった。