おまけ ・ 亜紀のひとりぼっちの休日
亜紀の寝顔には、本当に癒される。今朝は特に。
何かいい夢でも見てるのか、すごくご機嫌みたいだ。ああ、もう。可愛いなあ。
気持ちよさそうに寝てるし、このまま寝顔を見ていたいけど…、
「起きて、亜紀。朝だよー」
優しく揺すって起こしてあげる。
俺は普段、仕事やら用事やらで出かける時間はバラバラなことが多いけど、亜紀に合わせて早く起きる。今日はオフだけど、…唯子に呼び出されてるから出かけないといけない。
朝に弱くて、いつもはなかなか目を覚まさない亜紀が、この日は珍しく すっ と起き出した。
「おはよー。亜紀、今朝は目覚めいいね」
亜紀はくるっとこっちを向いて、じっと俺を見つめてくる。なんだ…?
「…ど、どしたの、亜紀。具合でも悪い?」
「ううん。なんでもないや…」
ごそごそとベッドから出て、俺に背を向けた亜紀。黄色いパジャマを脱ぎ、通勤用の服…ではなく、よそ行きのワンピースをクローゼットから取り出している。
もしかして、寝ぼけてるのかな。
「今日、仕事だよね?そんなおしゃれしてくの?」
「仕事じゃないよ」
「…え?」
「お休みだもん。ちょっと出かけるの」
あれ?誰かの代わりに仕事入るって言ってなかったっけ。ってか、そんなおしゃれして誰に会うんだ!
寝起きの頭でモヤモヤと考えてたら、着替えを終えた亜紀はさっさと寝室を出て行ってしまった。
朝ごはんを作ろうとキッチンに立つ亜紀を追いかけて、俺も慌ててベッドからはい出た。
「待って、亜紀!今日、やっぱ休みだったの?!」
フライパンを温めながら、卵をかき混ぜる。パジャマ姿のままの翔が寝室から追いかけてきて、後ろから私の腰を抱いた。いちいちスキンシップが激しい。
「うん。代わりに入るって、私の勘違いだったみたい」
「それなら言ってくれればよかったのに。亜紀とせっかく休みかぶったのにさあ」
「でも、翔も用事があるんでしょ?」
「それはそうだけど…」
口ごもる翔を追い払って、出来立てのオムレツをお皿に移した。
私が翔のことでヤキモキしてる分、翔も私のことで悩めばいいんだ。なんて、ちょっと意地悪なことを考えてしまう。
翔はどんな用事があるのか私に知られたくないようで、私にも聞いてこない。
「…いただきます」
微妙な空気のまま、2人で朝食。オムレツにほうれん草のバター炒め、コーンスープとロールパン。今日は洋食にしてみた。
いつもごはんとみそ汁なのに、一体どうしたんだろうって顔で私を見る翔。味噌を切らしただけだよって言ってあげたら安心するんだろうけど、そんなこと言ってあげない。
「いちごもあるけど、食べる?」
「あ、うん…」
まだ訝しげな顔の翔。…もう、しょうがないなあ。
「これ、見て」
翔の前に、薄いブルーの封筒を差し出した。彼は「ん?」と目線を上げ、封筒に手を伸ばす。
「…アート、ギャラリー?」
「そう。高校の時の友達が個展を開いてて、招待状送ってくれたの。ちょっと遠いところだから諦めてたけど、朝早くに出れば日帰りで行ってこられるでしょ」
にっこり笑って言うと、翔はみるみるうちに笑顔になっていった。
「なーんだあ!誰かとデートするのかと思ったー!よかったあ」
「デートする相手なんていないよ。その友達に会うのも久しぶりだし、おしゃれしたくて」
器に盛ったいちごを手にして戻ると、ぐいっと体ごと引き寄せられる。翔の上に座らされて、密着してる…。
「亜紀、夕方には戻ってるよね?夜は一緒に外で食べようよ」
「え、でも…」
「だーいじょうぶ、隠れ家的なところ知ってるから。ワインがおいしいお店だから、絶対亜紀も気に入ると思うんだ」
「あ、いいね!楽しみだなあ」
翔の予定が何なのかはわからない。ひょっとしたら、女の人に会うのかもしれない。―――だけど、私はいまの、翔のこの笑顔を信じようと決めたのだった。