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よみがえる想い

 あの人は、電車が走り出しても帰らなかった。延長した閉店時間ぎりぎりまでカウンターに座り、ときどき私を盗み見ていた。まるで、私に声をかけられるのを待っているように。

「お客様、そろそろ閉店のお時間でございます」

あの人にそう告げたのは、私…ではなく、カウンターに入っていた男性スタッフ。帰れと言われてもなお、あの人は私をちらちらと見ていたけど、閉店の23時ぴったりに店を出て行った。

「ねえ!あの人、橋元さんの知り合いなの?すごく見てたけど…」

先輩の川島さんがレジ閉めをしながら、心配そうな顔でこちらを見ている。はたから見ていてもわかるぐらいだったみたい。

「ストーカーとかじゃないよね?なんか、目つきがちょっとおかしい気がしたよ」

カウンター担当の桐野さんにもばれてしまっている。

桐野さんはとっても身長が高くて、私と並ぶと、頭2つ分ぐらい違うせいか、私を妹のように可愛がってくれている先輩だ。

「大丈夫ですよ。…古い、知り合いですから」


 いつもより少し遅いけど、まだ終電のある時間だから人も多い。一緒のシフトに入っていた先輩たちと別れ、1人で反対方向のホームに下りる。

――てっきり帰ったと思っていたあの人が待ち受けていたのは、3両目の前だった。私と智之はしばらく、時が止まったかのように固まっていた。

「こんな近くで、働いていたなんてね…。僕は帰りが遅いから、あの店には初めて入ったよ」

一歩踏み出した智之の足を見たとたん、私は反射的に後ずさりをする。

「どうして、逃げるんだ。君を待っていたのに。…僕の話を、聞いてくれないか」

「……来ないで…。私のことは、お願いだから…もう放っておいて…っ!」

バッグを胸の前で抱きしめ、智之を睨み付けた。すると、智之は瞬時に怒ったような顔をして、一気に私との距離を詰めた。

左腕を強引に掴まれ、逃げられなくなる…。

「いや…っ!」

「僕は、妻と離婚したんだ!君と一緒になるために!」

「…えっ……」

至近距離で顔を覗きこまれて怖いのと、智之のとんでもない言葉に仰天してしまい、私は目を見開いて固まっていた。その態度が、智之をさらに苛々させてしまったようだ。

「どうして喜ばないんだよ。君だって、僕がまだ好きなんだろ…?君と別れるとき、ずいぶん傷つけてしまったし…、償いがしたい」

智之の言葉に、当時の記憶がよみがえる。涙ながらに別れた、あの日のことを…。

その智之が、私を選んで戻ってきてくれた。

「君を、ずっと探してた。…2年前、乱暴なことしてごめん。ほんとに後悔してたんだ。どうかしていたよ」

ゆっくりと目線を上げると…、以前の、優しい智之の目に戻っている。

その目を見つめていると、ふと、翔のことが頭に浮かび…その顔は、すぐ坂上唯子に変わった。

『翔と、別れろ』再び、あの低い声が耳元で聞こえた気がした。もともと、翔と私はつりあわなかったんだ…。

いつの間にか腕は放され、その代わりに手が差し出されている。あの頃大好きだった、大きくて温かい手。

この手をとれば…――

「亜紀?」

後ろから別の声がしたのは、ちょうどそんな時だった。

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