アドリミア王国内乱編-15
ヘルマー中佐は車で兵員輸送艦“大隅”に運びこまれた。
俺は大使館から車で駆けつけた。灰色制服少将も一緒に乗り込んできた。
埠頭に接岸している“大隅”は、車両搬出入口をあけたままだった。
「ヘルマー中佐は!?」
俺は搬出入口で立番している海兵に訊ねた。
「重体です。さきほど医務室に運ばれました。少し見たのですが、腹部にナイフのような刃物が刺さっていました。」
その時だった。
「危ない!」
突然俺と話していた海兵が持っていた1式歩兵銃を発砲した。それとほぼ同時に「うっ!」と言う声がして灰色制服少将が倒れた。
後ろを振り向くと、横腹を切られた灰色制服少将が軍服を真っ赤に染めていた。視界の端に何かが猛スピードで動いたのに気付いたが、何かはわからなかった。
「誰何!?」
そう叫びながらもう一人の立番兵が発砲した。その時になってやっと俺は、誰かに襲撃されていると分かった。
「中将!」
その声と同時に、俺は埠頭と“大隅”の間の海に落ちた。
埠頭の端にあるボロボロの梯子で埠頭に戻ったとき、無事だったのは「誰何!?」と叫んだ海兵だけであった。
ピィーーーー!!
無事だった立番兵は笛を吹いた。それと同時に軍艦内から歩兵銃を持った海兵が大勢出てきた。
「担架!担架を急げ!重傷だ!」
左下半身の軍服を真っ赤に染めた灰色制服少将と俺と話していた海兵はすぐに運ばれていった。
「ご無事ですか!?」
無事だった立番兵が俺のもとに駆け寄ってきた。
「ああ、あの立番兵は!?」
「無事です。足を刺されましたが、一応笑っていましたよ。」
「襲撃者は?」
「申し訳ありません。射殺しました。」
俺はびしょ濡れのまま、襲撃者の死体に近づいた。ボロ布でできたフード付きコートを着た女性だった。
「もったいねえ。美人なのに・・・。」
「関係あるか。襲撃者だ。」
海兵の雑談が聞こえた。
「カメラを持ってこい。この現場写真と遺体の顔写真を撮って、死体は死体袋に入れて遺体安置室へ入れておけ。もしかしたら後で司法解剖するかもしれん。
これより警戒態勢に入る!埠頭の入り口に土嚢でバリケードを作れ!常に1個小隊が警戒しろ!
半舷上陸は中止!すぐに全員呼び戻せ!」
「了解!」
俺は医務室へ向かった。
途中でリューリ少佐が走ってきた。
「どうしました中将!?びしょ濡れじゃないですか!」
「話は後だ。これより警戒態勢に入る!何者かわからんが、敵がいるぞ!下の立番兵に指示はしておいた。後の指揮は一旦君に任せる。」
「は、了解です!」
まだ若い女性将校は、金髪をたなびかせながら下へ走って行った。
医務室。
この艦の医務室に来るのは2回目だ。
「容体は!?」
「あ~、腸管バッサリいってますね~。腸管の中身も見えそうです。血と中身が混ざって血便が完成しそうです。出血量も半端ないですね~。このままほっとけば1時間もしないうちに失血死でゴールインします。」
この言い回しは・・・どこかで・・・。
「のんきなことを言ってないでさっさと手術室運べ!」
大声で怒鳴られても「は~い」と口調は急がず、体だけ急いで手術室へストレッチャーを突っ込む衛生兵のジャネット2等兵曹。
そして、大声で怒鳴りつつ手術室を取り仕切る、ポーラ・ゴドフロワ軍医中尉。
ドラゴン退治以来の再会だった。
「まったく・・・。前線で刺された将校が応急処置済みで搬送されるんじゃなかったのかよ・・・」
ポーラ軍医はぼやいた後、俺に気づいた。
「おや、いつぞやの中将殿。お久しぶりっすね。」
「ポーラ中尉、ドラゴン退治以来だな。」
「今は少佐っす、中将殿。軍医は昇進が早いんっすよ。ところで何用です?」
「ヘルマー中佐は?」
「まだ寝てる。麻酔から覚めるのは、明日ってところかな。無事だから安心しな」
「そうか。それで?さっき運ばれた二人は?」
「今手術中。大丈夫、死にゃしねぇよ。それよりも一体何事なんだよ。予定外の患者がどさどさ運び込まれてよぉ。まだこんなことが続くのかい?」
「・・・わからん。状況が不明だ。だが、こんなことが続く可能性もある、とだけ言っておく。」
「ちぇ、まじかよ。じゃあ今の間に煙草吸っちまっておくか。中将殿もどうだい?あんたの普段のお給料からすれば安煙草かもしれんがな。」
「遠慮するよ。禁煙主義者なんでな。それじゃ。」
ポーラ軍医は少し驚いた顔をした。
「ヘルマー中佐に会って行かないのかい?」
「俺も、けっこう忙しいんだよ。」
そう言って俺は医務室を後にした。
重巡“仙崎”に戻ったとき、通信兵がすぐに通信室へ来るように呼びに来た。
“駐在武官のエルネストです。”
大使館からの通信のようだ。
「エルネスト少佐か。どうした?」
“先ほど辺境伯爵のブレイシュが来ました。もちろん、前線で将校が刺されたのはこちらの本意ではない、と否定していました。”
「それよりも大変だ、エルネスト少佐。俺と一緒に来ていた軍需庁の少将が襲われて刺された。俺も襲われて、俺は無事だったが海軍の立番兵が一名重体だ。」
“何ですって!?先ほどまた一人、陸軍将校がリースベト第1皇女陣営の空軍将校に殺されかけたと連絡が”
俺は頭を抱えた。
とんでもないことになった。下手すれば、こちらに大損害が出かねない。
「鯵川大将に代わってくれ。」
少しして、鯵川大将が出た。
“鯵川だ。”
「どうします?陸で起きたことなんで、一応責任も決定権も鯵川大将にあると思うのですが。」
“そちらでオートバーグ少将が刺されたのは聞いたよ。君が襲われたこともね。”
「オートバーグ少将?」
“軍需庁の少将だよ。”
「あ~、なるほど。」
“それにしても困ったことになった。知っての通り、軍需庁は戦争の大まかな方針を決めるところだ。戦況の変化による進退の判断する権限は、彼らにもあった。それが今、2人ともいなくなってしまった。”
「撤退でしたら、すぐにでも用意しますよ。」
“いや、なら海軍に要請する。
リースベト第1皇女に直接会って、話してきてくれ。あったことをすべて話して、真偽を見極めてくれ。彼女はまだ、軍艦にいるのだろう?”
「分かりました。
もし、彼女が認めた場合は?」
“認めた場合は・・・
敵とみなして、捕虜にせよ。場合によっては、射殺も許可する。
全責任は、私が取ろう。”




