外交編-20
俺の目の前には、なぜかにこやかなピーア第2皇女がいた。
「何事?越智さん。越智さんはリサ中尉隊の返還交渉をするんじゃなかったの?」
横では越智さんががっくりしていた。
「すまん。押し負けた・・・。」
「は?」
ことは俺が通信室へ行き、本国とだらだらモースル信号で通信している時に起きた。
「それでは、第2皇女様はお返ししますので、うちの隊を連れて来ていただきたいのですが。」
そう、忘れてはいけない。リサ中尉以下10名の返還交渉だ。元々第2皇女様との交換という話だったので、これは簡単にいくと思っていた。
ところが、だ。
「少しお待ちいただきたい。もしやあなた方は私たちが最後に裏切ることを懸念して派兵を渋っているのではありませんか?」
あまりにも図星過ぎて、越智の表情が一瞬崩れた。よくよく考えればこんなこと相手が思いつくことくらいすぐにわかるのに、油断とは恐ろしいものである。
「やはりそうですか。では、裏切らないという証拠に、ピーア・マリーア・リア・アドリミア第2皇女を連れて行ってください。」
「えっ!?」
完全に越智の表情は崩れた。
「そのかわり、そちらもどなたかを派遣してください。そちらの国には貴族はいないと聞いておりますので、外交の高官か、または国でそれなりの権力を持った方を。」
要するに、大使館に近いことをしようと言っているのだ。
確かに、第2皇女の身柄は信頼するには充分な担保だ。それに元々大使館設置も自分の仕事に入っている越智さんにとっては悪い話ではない。だが、事が急すぎるのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
最後の最後に越智さんは相手に言わせたセリフを自分で言う羽目になってしまったのだ。
つまりは、負けたのだ。
「ちょっと本国と通信してくるから、第2皇女様を頼む。通信室借りるぞ・・・」
越智さんはぐったりしたまま通信室へと去っていった。
あんなになった越智さんは初めて見たぞ・・・。初対面の時はずいぶんかっこよさそうに見えたが、意外と喜怒哀楽激しいな、あの人。
俺は第2皇女様を食堂へ連れて行き、とりあえず休んだ。
ピーア第2皇女様はどうやらココアが気に入ったらしい。最近ココアパウダーの減りが激しいと報告が来ていた。
今回もココアを飲んでいる。
「よく我が国に人質に行くことを了承しましたね。第2皇女様。」
俺は半分独り言のように言ってみた。
「第2皇女様だなんて肩書で呼ばれるのは好きではありません。ピーアとお呼びください。」
「では、ピーア様。了承したのですか?人質として我が国に来ることを。」
「ええ、喜んで了承しましたよ。」
俺は驚いた。
「いったいなぜ?」
「あら、あのいじわるさんのお仲間なら、気づいていると思っていたのですが・・・。」
いじわるさん=越智さん かな?
「僕はあの人ほどいじわるではありません。」
さりげなく“いじわる”の全てを越智さんに擦り付ける。
「そうですか。まぁ、人質云々は大丈夫だと思っています。人道的な国なんでしょう?貴国、日本民主主義国は。」
「それでも我々も八方美人はできませんし、けじめをつける時はつけますよ。
それよりも先ほどの言い方からして、我が国に来るのは何か目的があるような気がしなくもないんですが・・・」
「そうです。私は貴国の“医学”を学びたいのです!」
「!?」
そういえばピーア様はアドリミア王国で初めての国立病院を作ったって・・・。それに医学の勉強をしていると・・・
「私は“大隅”で外科手術なるものを見ました!我が国にはない技術です!私はこの技術をぜひとも持ち帰りたいのです!」
なるほど。そう言うことか。
恐らくリースベト第1皇女もこれを聞いて今回のアレを思いついたのだろう。
しかも表向きには“第2皇女様は新たな医学を学ぶため、外国へ渡った”と発表すれば“人質”という名目を隠すことができる。特に民衆に医学とセットで知られている第2皇女なら、疑問を持つ者は少ないだろう。
「谷岡中将、と申しましたよね?」
「え、ええ。」
「一軍の将であるのなら、お医者様にもお知り合いはいらっしゃいますよね?」
「ええ、そりゃもちろん。」
海軍にも軍医はたくさんいる。もちろん、“大隅”にもいるし、この“仙崎”にもいる。
「ぜひとも紹介してはくれませんか!?」
ピーア様が俺に詰め寄る。
ち、近いって!危険物が当たる!
この人はこういうことを気にしないのか!?
「・・・わかりました!上の許可さえ出たら紹介しますから!」
「ありがとうございます!」
交渉に置いて、絶対あれは反則だよ!
そう思いつつ俺はコーヒーを一気飲みした。
越智さんに手招きで呼ばれて、食堂の隅へ行く。
「どうしました?」
「本国から回答があった。私は在アドリミア王国大使館の大使に任命された。護衛に駐在武官と兵をいくらか置いて行って欲しい。」
「分かりました。とりあえずは海軍から出しましょう。いづれ、陸軍や空軍にも出してもらいましょう。」
「それと、追加の外務省職員がくる。運搬を頼みたい。」
「了解した。」
「そして・・・。」
越智さんは顎で俺の背後を指した。
「第2皇女様は数名の護衛をつけて我が国に“大使”として迎え入れることになった。よろしく頼むぞ。」
「わかりました。」
こりゃとんでもないことになってきたぞ。
そう思いながら俺は誰をアドリミア王国に残すか、選任を考えていた。




