大好きな貴方に、私は選ばれない。
最初に、私と貴方が出逢ったのはいつだったか。
確か、貴方がまだ3歳くらいの頃だったと思う。無邪気に笑って、野原を駆けずり回る貴方。
木刀を両手に持ち、毎日飽きもせずに素振りをしていた。
その手いっぱいに、豆ができているのを私は知ってる。
それから月日が流れて、貴方は16歳になった。
私も、貴方と同じ16歳になった。
逞しい身体で、それでも毎日素振りをしていた貴方は……いつしか勇者と呼ばれるようになったよね。
「お前は、とても綺麗だな……」
『ありがとう』
優しく笑う、笑顔が可愛い貴方。
だから私も、とびきりの笑顔と香りでお礼を言うの。
けれど今の貴方は、苦しそう。
『ねぇ、どうしてそんなに苦しそうなの?』
私はそっと、理由を問う。
貴方をそんなに苦しめているものは、いったい何なの?
「最悪だ。魔王が、復活したなんて。街は焼き払われて、たくさんの人が魔物に殺されて……この野原も、きっと魔物が溢れかえるんだろうな」
『大変! 私のことはいいから、安全なところに逃げて‼︎』
苦しそうに顔を歪める貴方。
私は必死に『逃げて』と伝えるけれど、貴方はそれを聞き入れてはくれない。
「何が、勇者だ。所詮俺は、1人じゃ何もできないのか……」
ぐっと拳を作り、ダンと、地面を殴る。
そんなことをしたら怪我をしてしまう。けれど、貴方はそんなことを気にしている余裕はないのね。
少し遠めに燃えている街を見て、そんな切ない顔をしないで。
けれど、私は……その切ない瞳の中にひっそりと潜む刹那を知っている。
13年、貴方だけをずっと見てきたのだから。
『……貴方は街へ行くのね。私は止めることも、頑張れとエールを送ることもままならないのに』
「必ず、倒してみせる……魔王‼︎」
いつの間にか溢れていた涙をぐいと袖で拭い、貴方は帯剣している剣に手をかける。
その手が少し震えているのは、勝てないとわかっているから?
いくら貴方が勇者で、強くても、数に勝つことは……1人では無理。
どうかどうか、貴方に心強い仲間ができますように。
私には、そう祈るしかできない。
「絶対に、魔王を……」
『……また、生きてここに帰ってきてね』
街へ走り去る貴方を見て、また会いたいと強く思った。
私も一緒に行けたらいいのに。
私にも戦える力があったらいいのに。
私に……せめて癒しの力があればよかったのに。
私は、草原に咲いた一輪の野ばら。
貴方の声は私に届くけれど、私の声は貴方に届かない。知っていたけれど、認めたくなかった事実。
『貴方と、ずっと一緒にいたかった』
それはもう、叶わないけれど。
でも、できることならば、私は…………。
◇ ◇ ◇
「っだめ! 癒しの力よ、ヒーリング‼︎」
魔王へと立ち向かう勇者、ヒスイ。
怪我をした彼に、癒しの魔法をかける。そうすれば、血だらけだった右手の傷が瞬時にふさがった。
私とヒスイが出逢ったのは、1年前。
魔王が出現した、少しあと。
彼は勇者と呼ばれ、私は聖女と呼ばれていた。とてつもない、癒しの力を持っていたから。
「魔王、絶対に倒す……!」
『グアアァァッ!』
くるりと剣を持ち替えて、「ありがとう」と言うヒスイの声が耳に届く。
しかしその瞳は、目の前にいる獣のような魔王から外さない。一瞬でも視線を逸らせば、喰われてしまうのではないかと思うほどの威圧。
「大丈夫、絶対にヒスイを死なせない。私が全力でサポートをする。……だから、勝って!」
「あぁ、もちろんだ‼︎」
私の叫んだ声は合図となり、ヒスイに癒しの力と防御の魔法がかかる。
大丈夫、私たちはこの1年間……強くなった。
そしてすぐに、結果は訪れた。
ヒスイの振り下ろした剣が、魔王を切り裂いた。雄叫びが辺り一面に響き、あぁ、これが断末魔なのかと思う。
私たちは、魔王に勝利したのだ。
それもすべては、勇者ヒスイのひたむきな想いと、強さ。
すぐに「おめでとう!」と、そう言おうと口を開いて……しかしヒスイに先を越された。
「俺と結婚してくれ……!」
「…………えっ⁉︎」
まさかの言葉に目を見開いて、それでも私は嬉しくて、必死に頷いた。
ぎゅうっと抱きしめられて、この世界の平和と自分の幸せを噛みしめた。
そうして、勇者と聖女は結ばれた。
そんな幸せな物語は、いったいいつまで続くことができるのかと不安にもなる。彼が有名すぎるから。
もちろん、私は幸せだし、これからも幸せでいられると信じている。
だって、ヒスイが一緒にいるのならば……不可能はない。魔王だって倒すし、世界だって救ってみせる。
魔王を倒す勇者と聖女の、ハッピーエンド。
大好きよ、ヒスイ。
だけど、私は知らない。
ヒスイのことを、ずっと想っていた一輪の野ばらを。
◇ ◇ ◇
あぁ、駄目。
嬉しそうに草原に戻ってきた貴方は、1人ではなかった。
可愛い女の子と一緒に、笑っていた。
幸せにと、祝福をしてあげなければいけないのに。苦しくて、悔しくて、とてもではないけれどお祝いなんてできない。
野ばらである私は……貴方の子供に生まれ変わることを、私はまだ知らない。




