NORAD
コロラド州コロラドスプリングスのピーターソン空軍基地。ここに、ロシアや中国を除く地球規模な広域を対象とした主幹的な軍事警備システムの司令部が存在する。
正式名称はNorth American Aerospace Defense Command(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)。通称NORAD(以下ノーラッド)。
ノーラッドはアメリカとカナダが共同で運営するもので、その中枢を担う軍事基地は全米及びカナダの各地に存在し、現在はジェームズ・アレクサンダー・フォレスタル Jr.海軍大将がアメリカ北方司令官としてその司令部をまとめ、カナダ空軍司令であるマーセル・デュヴィエール空軍中将が副司令官を務めている。
ノーラッドは主に隕石やフレアなどの宇宙及び空からの脅威に対応するために設けられた機関で、軍事的には他国の巡航ミサイルや爆撃、あるいは人工衛星からの戦略的な動向を監視する、言わば『空の監視人』的な役割を果たしていた。
この日。ノーラッドの中枢基地であるシャイアン・マウンテン航空基地の司令室に数名の司令部局員が召集され、NASAの人工衛星『フェンスキャット』から送られる大気圏を含む地球周辺のレーダー画像を前に、ある討議が行われていた。
討議の中心にいる人物はノーラッド司令官ジェームズ・アレクサンダー・フォレスタル Jr.海軍大将、通称『サンディ』で、彼はレーダー画像を見つめ、手で額を覆うようにしながら肘をテーブルの上に置き、いかにも『頭が痛い』と言った様子で局員の報告に耳を傾けていた。
「それで、例の小惑星CH223986は、本当に大気圏への突入角度を最適化させたのか?」
「はい。間違いありません。小惑星CH223986の正体は、【SEED・A】(Aの種子)と判断すべきとNASAから報告です。」
「そうか・・・。遂に来てしまったか・・・。」
サンディは局員が手渡した数枚のレポートに細かく目を通すと、再びため息をついた後に、局員を司令室から退室させた。するとそのあからさまな表情と行為に、隣席していた副司令官マーセル・デュヴィエール空軍中将は、彼の仕草を少し諫めるめるように司令官の態度に注意を促した。
「サンディ。その態度は少し不用意じゃ無いか?そんなことでは局員たちの不安が増すばかりだぞ。」
「そんなことを言ったって、マーセル。これは不安を拭ったからと言ってどうなるものでも無い。」
「【SEED・A】の脅威は前々から予想されていたことだ。我々はそのために【OVER・A計画】を遂行してきたんじゃないか。」
「それはそうだが・・・。本当に【OVER・A計画】で【SEED・A】を止められるのか?」
「ツングースカの時は、ある程度の成果は得られた。」
「あれは成功じゃ無い。ただの失敗だ。判っているのか?【OVER・A計画】が失敗すれば、金星と火星の間に2つ目のメインベルト(小惑星帯。アステロイドベルトとも言われる)が形成されてしまうんだぞ。地球の破片で形成されたメインベルトがな。私は死体になって宇宙に漂うなど御免だ。」
「サンディ。君の父上であるジェームズ・フォレスタル元BD長官の計画した対SEED・A計画。コードネーム【ハスター】はもう消滅しているんだ。それならば我々は、長い時間を掛け開発した【OVER・A計画】を信じるより他は無いだろう。」
「私は別に父の計画を美化するつもりは無い。【SEED・A】にハスターをぶつける計画など正気の沙汰じゃ無い。あの計画が遂行されていたなら、今頃は最悪の結果が導き出されていたと今でも思っている。しかし【OVER・A計画】の中枢にある対A兵器【HAARP】はまだ実用段階では無いだろう。」
「実戦ではいずれも結果を残しているんだ。そう悲観することも無い。」
「だがツングースカでは失敗した。」
「ツングースカではな。しかしその後の実験は全て成功している。2002年のアフガニスタン。2004年のスマトラ。2008年の四川省。どれも期待通りの成果だった。」
「相手は人じゃ無い。【SEED・A】だ。あれにHAARPがどこまで通用するか・・。」