凶兆
彼女たち3人の帰り道は、香楽の住む寮が少し離れた地域にあるため、まず最初に彼女が別れ道から七海たち2人と離れるパターンになっている。今日も鳳町特有の8時で閉店する擬似コンビニの角にある別れ道に差し掛かり、いつものように別々の帰途に就こうとしたが、この日3人の目に、ある奇妙な光景が飛び込んできた。
普段なら街灯のみであまり視界の効かないはずの鳳町が、今日に限って薄らボンヤリと明るく見えるのである。その明かりは昼間同様に、上から差し込んでいる。不思議に思った3人が上空を見上げると、彼女たちはそこで奇妙なものを見つけてしまった。
「・・・オーロラ?」
まず最初に声を出したのは、香楽だった。普段は夜闇か星の輝きしか見えないはずの鳳町の上空に、青を基調とした光のカーテンが、まるで風に揺らめくように不思議な姿を現していたのである。オーロラの光は淡く美しいが、そのあまりの大きさに気味の悪さも同時に漂ってくる。それは本来日本に現れるはずの無い産物なので、オーロラの雄大さに3人は言葉を失っていたが、それを占める感情は感動のみのものでは無かった。
ふと耳を澄ますと、辺りから窓を開ける音や人のざわめきも聞こえてくる。
この奇妙な現象は広範囲に淡い光を放つのだから、気付いて注目する町民も多い。その誰もが感嘆の声を上げていて、本来静かなはずのこの田舎町の情景は、いつもとは大きく一変していた。
「オーロラって・・・、日本で見れるんだっけ?」
普段見ることの出来ない異様な景色に、絵里子が唖然としながら言葉を搾った。
「あたしは・・・見たこと無いよ。香楽は?」
絵里子同様に七海も唖然としながら香楽に話しかけたが、シンディはこの景色にいくらか見覚えがある様子で、七海と絵里子と比べれば若干冷静な面持ちで2人に応えた。
「私は見たことあるけど、でも日本でってどうなのかな。」
「香楽は何処で見たの?」
「カナダ。オーロラって、アメリカでもあんまり見ること無いよ。せいぜいアラスカぐらいかな。」
「それが・・・なんで日本に?」
「私に判るワケ無いじゃん。リコってこういうの詳しいんだよね。これって何かの前触れ?」
「あ〜。オーロラって、結構【凶兆】って取られることが多いみたいだよ。」
3人はしばらくオーロラを眺めていたが、やがて気持ちが落ち着いた様子で、ようやくお互いの顔を見合わせた。相変わらず見るはずの無いものを見た驚きは残っているが、だからと言ってそれをどうできるというものでも無い。考えようによっては余計な用事で時間を費やしてしまったようなものなので、香楽は寮の門限を思い出し、走るように七海と絵里子のもとを去っていった。
残った七海と絵里子も、今が結構遅い時間になっていることに気付き帰宅を急ごうとしたが、その時もう一つの珍事が、不意に2人の目に飛び込んできた。
「ねえリコ。あれって流れ星じゃない?」
「ホントだ。オーロラと一緒に見れるなんて、今日はツイてるんだかなんなんだか・・。」
しかしこの後。2人はこの流星がいつも見るそれとは全く違う様相にあることに気付いた。本来流れ星は大気圏で燃え尽きるし、またそのスピードもかなりの速さのため、長時間確認し続けることは出来ないはず。
だが今七海と絵里子が見ている流れ星は、他のそれに比べてスピードがゆっくりに感じられ、確認できる時間も異常に長い。流れると言うよりは少しずつ大きさを増しているように見えるこの流星は、2人の視覚的感覚だが、次第にこちらに向かって飛んできているように感じられる。
「ねえ、リコ・・。あれって・・こっちに来てる?」
「アハハ・・まさか・・。」
しかし、それからすぐだった。流星は2人の正面から遥か頭上を通過し、まるで突き刺さるように石着山の頂上付近に轟音を立てて墜落した。
異様な地鳴りと共に、震度3程度の揺れが近隣を一直線に貫く。
不意に鳳町に訪れた2つの異常な気象現象は、次の日のローカルニュースのみならず全国版でも扱われ、しばらくちょっとした話題として鳳町と石着山が前面に押し出されることになった。
石着山に墜落した隕石については調査待ちだったが、付近には念のためということで立ち入り禁止の措置が施され、鳳町は少し落ち着かない環境に置かれることになってしまったのだった。