迷い
「う〜ん・・・。とりあえず、ちょっとだけ眺めてみようかな・・・。」
詩織は髪を拭いていたバスタオルを傍らに置くと、図書バッグから厚い本を取り出した。その表題には相変わらず彼女の知らない異国の言葉が綴られているが、やはりその言葉を彼女は自然と理解できてしまう。
そして意を決した詩織が最初のページを開いた時だった。
「シオリ。お風呂から上がった?」
不意にノックの音もせず、子ども部屋の扉が開いた。子ども部屋にいきなり姿を現したのは姉の七海で、詩織はなぜか慌ててしまい【黄衣の王】をあからさまに後ろに隠したが、もちろんこの一部始終を七海は見逃してはいない。
「あれ〜?シオリ。何隠したの?」
七海は笑顔でふざけたように詩織に抱きつき、彼女が隠した物の正体を突き止めようとする。
「や、や!それは・・!」
「何〜?これ。」
いとも簡単に七海は本を手中にしたが、あまり本を読まない詩織には似合わない大きな本の出現に、彼女は不思議そうな顔をした。
「これ、何?」
「これ・・・今日の授業で借りてきた本。」
「シオリ。これ、アンタが読むの?」
「・・・・・。」
七海は不思議そうな表情を浮かべ、本のページをパラパラとめくったが、すぐに本をパタンと閉じ、詩織に戻した。
「こんな知らない言葉が並んでる本、読めるの?どこの国の本?」
「知らない。今日の授業で薦められただけだから。」
「あ〜、そう言えばあたしにもあった!【海外の本に触れる】って授業でしょ?あたしも憶えているけど、チンプンカンプンの字が書かれてる本に触れて、何の意味があるのかな〜って思ったりしてね☆」
「ナッちゃんも?」
「うん。あたしもあの時は挿絵のいっぱいある本を選んで借りたけど、シオリはこんな挿絵の無い本借りてきたの?」
「うん。これがいいって薦められちゃったから。」
「へ〜。それは災難だね〜。まあ頑張って感想発表できるようにしておきなさい☆」
そして七海は詩織が風呂上りであることを確認すると、笑いながら浴室へ行った。
詩織は一人になった部屋の中で、再び本と向き合っていた。本は何事も無かったように床の上に置かれているが、先程の七海とのじゃれ合いで無造作に置かれた表紙が開かれ、まるで『読んで』と言わんばかりに1ページ目が詩織の目に向けられている。そこには表紙と変わらず異国の言葉が細かく綴られているが、やはり不思議ながらも詩織はその文の意味を理解することができる。
詩織は【黄衣の王】を拾い上げると、振り撒かれる麻薬にも似た興味感に強く誘われ、遂に本を読み始めてしまった。