魂の呪縛
しかしこのすぐ後。神酒たちが居た庭のすぐ外から騒がしい声が聞こえてきた。それは近所の住人たちが何かの騒ぎを聞きつけた様子で、ほのかな胸騒ぎを覚えた神酒と瞬は塀から顔を出すと、見知った近所のおばさんに声をかけた。
「ねえ、おばさん。」
「おや、ミキちゃんかい。」
「どうしたの?なんだか騒がしいみたいだけど。」
「それがね・・。」
「・・・?」
「ほら、すぐそこにミキちゃんの同級生のお嬢ちゃんがいるよね。」
「・・・ナミ?椎名さんのこと?」
「そうそう!そこで何か起きたみたいなんだけど・・・。」
!!!!!
神酒と瞬の意識の中に、強い警報が湧き上がった。
「シュン!まさかナミに・・!!」
「うん!行ってみよう!」
確信に近い胸騒ぎに襲われた神酒と瞬は、大急ぎで七海と詩織に家に向かった。すると案の定彼女の家の周りには徐々に人が集まり始めているような状況で、よく見ると彼女の家にある広めの裏庭から、まるで白煙のような土ぼこりが上がっているのが見える。
神酒が更によくよく目を凝らしてみると家の土台が不自然に歪んでいて、椎名家の母屋がどこか傾いているようにも見える。そして神酒と瞬が裏庭に回ろうとすると、2人はそこに傷付いた七海が気を失い倒れているのを見つけた。
神酒が彼女の傍に寄り様態を見ると、多少のかすり傷はあるが命に別状は無い様子。しかし何かを必死にやり遂げようとしていた様子で、気を失っているはずの表情が非常に厳しいままだ。
そして裏庭に回った2人は、そこで凄惨な光景を目撃することとなった。
椎名家の裏庭から激しく突出した、幾つものつららを逆さまにしたような大岩。それはまるで巨大なヤマアラシの背中のように天に向かって伸びている。その数は尋常では無く、優に20を超える数はあるだろうか。そしてその先にはどれも、あの忌まわしき魔獣ビヤーキーが突き刺さり、ある忌妖は苦しみにもだえ、またある凶獣はすでに息絶えている。その光景はあたかも地獄の針山そのもので、おそらく危機を感じた七海が必死の思いで【切り出された星の銘版】を発動させたのだろう。土の旧支配者の恐ろしい能力が遺憾無く発揮されている。
そしてその尖り付きだした牙岩群の中央には、おそらく七海だけでは対処しきれず、逆に彼女が返り討ちに遭ってしまったのだろう。生き残った5匹のビヤーキーが集まり、静かに群れている。
そしてその中央には・・・詩織がいた。
詩織はビヤーキーに襲われているわけでは無い。戦いを挑んでいるわけでも無い。
ただこの忌まわしき魔獣と心を通じるようにビヤーキーのもとへと歩み、魔獣共はその彼女の行動を黙って受け入れようとしている。それは本当は絶対にあるべき光景では無いはずなのだが、神酒はこの様子をどこかで予感していたのだろうか。詩織に向かい大声で叫んだ。
「シオリちゃん!行っちゃダメ!!」
神酒の声は詩織に届いたらしく、一度は彼女は神酒の方を振り向いた。しかし詩織は再びその視線をビヤーキーに戻すと、その一匹の背にまたがった。ビヤーキーは不思議に抵抗の素振りを微塵も見せず、やがて空を見上げ、コウモリにも似た巨大な翼を存分に振り始める。
「シオリちゃん!!ダメ!!」
神酒はまるで金切り声のような悲鳴を上げて詩織を留めようとするが、すぐに他のビヤーキーが行く手を塞いだ。瞬もなんとか彼女のもとに駆け寄ろうとしたが、今【切り出された星の銘版】の能力を持たない彼にはどうすることも出来ない。
そしてビヤーキーがコウモリのように骨ばった翼を広げ空に舞い上がろうとした時、ほんのわずかな時間だけ、神酒は詩織と目が合っていた。その距離は20mほどで、多分本来なら詩織のささやきは彼女には届かないだろう。
しかし神酒は、涙を浮かべ神酒を見つめる詩織の言葉が、確かに自分の耳に聞こえたと思った。
『ゴメンね、ミィちゃん・・・さよなら・・・。』
神酒たちはまだ知らない。あの【黄衣の王】こそ、実は彼女たちを苦しめた【黒い海】ハスターの代名詞であることを。
遂にハスターより魂の呪縛に囚われてしまった詩織。
そしてビヤーキーの群れは大きな翼を翻し、彼女を神酒の手の届かない遠い世界へと連れ去っていってしまったのだった。




