詩織の異変
鳳図書館での火事騒ぎがあった翌日の朝。心に若干の不安を持ちながらも、真夢は登校途中で詩織を待つために、いつものように小さな通りの白壁の前にいた。いつもはたいがい先に来て待っているのは真夢で、今日も同じようなパターンだろうとしばらくまちぼうけをしていたが、今日はなぜかいつまで経っても詩織が現れない。
よく寝坊をする詩織なので、今日もそれなのだろうと登校時間ぎりぎりまで真夢は彼女を待ち続けたが、それでも詩織は現れず、仕方なく真夢は一人で学校へ向かった。
朝の遅刻ギリギリのチャイムを耳にしながら真夢は昇降口付近の靴棚に自分のジューズ置いたが、彼女はそこで意外な物を目にしてしまった。
それはきちんと靴棚に収められた詩織のシューズで、彼女は真夢との待ち合わせを無視し、単独で登校を終えていたのである。
「シオリちゃん、どうしたのかな?」
不思議に思った真夢は急いで教室に走ったが、彼女はそこで教室に向かおうとしている担任教師と鉢合わせした。担任は一谷という中年の男性教師で、割と厳しいが生徒たちには理解の深い男性である。
「こら、真夢。遅刻ギリギリだぞ。」
「わ〜!ごめんなさい!」
「早く教室に行きなさい。しかし珍しいな。真夢がこんな遅刻ぎりぎりの登校なんて。」
「はい!すみませんでした!」
真夢は急いで教室に飛び込むと、すぐに自分の席についた。そしてランドセルから自分の勉強道具を取り出し机の引き出しにしまいこんだが、そのタイミングにふっと斜め前の席に座っている詩織の横顔に目をやった。
詩織は真夢の動きに全く興味を示さず、黙って教卓に視線を送っている。普段の彼女ならなんらかのアクションを真夢に送ってくるのだが、今日はそのような様子はどこにも見られない。
真夢はどこか詩織に無視をされているような気持ちになり、結局話を交わすことが出来ない1時間目には全く授業に集中することができず、2時間目終了後の中間休みまでは落ち着かない時間を過ごすことになってしまった。
★☆★☆★☆
ようやくある程度の自由行動ができる中間休みに入ると、真夢はすぐに詩織の前に向かった。詩織は真夢の行動をなぜか不思議そうに眺めていたが、その時ふっと我に返ったような奇妙な表情を見せると、まるで何かを思い出したように真夢に話しかけた。
「・・・あ・・・マム。」
ようやく真夢の存在に気付いた詩織だったが、彼女の表情はいつもとは全く違っている。詩織はいつもは元気に弾けそうな飛びっきりの笑顔を真夢に投げかけてくれるのだが、今日はそのような様子は無く、どこか疲れているようで顔色が悪い。
ただ少なくとも『詩織から無視をされた?』という疑惑だけは消えたような気がして、真夢はとにかく詩織が体調を崩しているのかもと思い、彼女の手を取った。
「シオリちゃん、どうしたの?具合悪いの?」
「あ・・・、ゴメン。今日マムのこと置いてきちゃったね。」
「そんなこと気にしなくてもいいよ。それよりシオリちゃん、顔色悪いよ。」
「大丈夫。なんでも無い。」
「なんでも無いって感じじゃ無いよ。シオリちゃん、昨日お家で何かあったの?」
「・・・ホントになんでも無いよ・・・。」
しかしこの日を境に、詩織の様子は明らかにおかしくなっていった。この日の朝にたまたま起きただけのはずだった別々の登校が日常化し、詩織が真夢と顔を合わせる機会が極端に減ってしまったのである。
校内での一緒の行動もままならくなり、どう見ても詩織は人を避けているとしか考えられない。それは真夢に対してだけでは無く、本来人懐っこいはずの詩織が誰とも交流を持たなくなったという大きな変化だったのだが、ことのほか彼女のことを大事に思っている真夢は、まるで自分だけが詩織から無視されているような錯覚に陥り、少ししつこいほどに彼女に詰め寄っていくことが多くなった。
そしてそれから4日目のこと。真夢の脳裏に図書館での出来事が思い浮かんだ。
真夢の前に突然降って出た不思議な赤い本と、その中に書かれた意味不明の言葉。
真夢はその赤い本に書かれていた『詩織が本を読むのは危険』という一文を思い出し、その本の正体を突き止めようと、嫌がる詩織にも強引に彼女の家に遊びに行き続けた。そして詩織が隠していると思われる本の正体をこっそりと突き止めたが、それを捨てるまでには至らないでいた。
そしてその日。
遂に彼女たち2人の間に、あるとんでもない事件が起きてしまったのである。