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第2幕

 もう小学校の卒業式の1ヵ月前ともなると、詩織たちが属する6年生の授業は、たいがいの時間数や単元が担任よりほとんど達成されているため、卒業のための準備を他にすると、後は内容としては余裕のあるものが進められている。今日も授業内容としては国語や算数が授業の中には組み込まれていたが、その内容はどちらかというと遊び感覚が多く練りこまれたもので、今日の詩織たちの国語の授業には近隣にある鳳図書館への読書ツアーが設けられ、彼女たちは少し遠足にも似た気分で校外授業へと向かっていった。

 

 この周辺地域では大都市である美鷹市にある瀬良江の図書館が最も有名だが、この鳳町にも小さいとは言え立派な図書館は存在する。それは大きさも蔵書の数も瀬良江の図書館の1/3程度だが、それでも学校の図書室に比べればはるかに大きい。

 詩織たちはわぁという小さな叫びと共に、あまり足を運ぶ機会の少ない館内に広がり、思い思いの本を選んでいった。

 詩織も真夢と共に児童図書の並ぶ陳列棚を見て回っていったが、そのうち先に真夢が目に付いた本を棚から取り出し、詩織に「お先に」と声をかけて読書スペースへと向かっていった。詩織もそろそろ何か興味を惹かれる物を見つけようとしたが、それはなかなか見つからない。

 

 彼女はやがて児童図書棚から離れ、大人が読むような少し難しい作品が並んでいる棚がある方へと向かっていったが、彼女はそこで思いも寄らない物を見つけてしまった。

 蔵書がズラリと並ぶ棚の間にある小さな受付。その傍らに廃書となる本がいくつか並んでいて、それは欲しい人は無料で持ち帰って良いきまりになっているのだが、そこに詩織にははっきりと見覚えのある、あの本が無造作に置かれていたのである。

 異国の言葉であるにも関わらず、その意味が理解できる表題【黄衣の王】。しかしそのすぐ脇には彼女が持つそれとは違い、小さく【第2章】との添え書きがしてある。

 それは廃書箱の中から詩織を手招きしているようにも見え、詩織はこの出逢いが偶然では無いことを直感として受け取っていたが、だからと言ってどうすることも出来なかった。

 詩織の中に、この本を読んだことで生じたあの日の狂気の感覚が再び甦ってくる。それは彼女の中に、【黄衣の王】への恐れ、そして同時に禁断の喜びに再び触れるような、どうにも抵抗し難い常習性を含んでいて、「読んでみたい。」「でも読んではいけない。」という決して一つにまとまる事のない相反した感情と理性が激しくぶつかり合う。


 しかしこの時、詩織の迷いに水を差す出来事があった。

「どうしたの?そんな所で考え事?」

 詩織がふと声のした方に目をやると、受付の席に、いつの間にか一人の図書館の女性職員が腰を下ろし、不思議そうに彼女の顔を覗いている。詩織は彼女がいつからそこに座っていたのかは判らなかったが、自分の心の中の葛藤を透かし見られたような奇妙な気持ちが浮かび返答に詰まったものの、思い切って【黄衣の王】を指差した。


「あの・・・。その本、図書館のものですか?」

「ん?これ?」

 職員は自分の傍にある廃書箱から本を取り出すと、首を傾げた。

「あら。こんな本、この図書館にあったかしら?」

「どこから購入したんですか?」

「そうねえ・・・。」


 彼女はいくつかのファイルを取り出し調べ始めたが、どうやら【黄衣の王】の購入元ははっきりしないらしく、眉をへの字に曲げている。そして結局資料には載っていないことを確認すると、それを詩織に伝えた。


「多分、どこかから寄贈されたものじゃ無いかしら。はっきりとした所在は判らないみたいね。分類シールも貼られてないみたいだし。」

「これ、処分されるんですか?」

「もらってくれる人がいないならね。」

「いつですか?」

 すると職員は本に挿んであった小さなメモを取り出し、それを彼女に見せた。

「あら、これ今日までみたいね。今日もらってくれる人が現れなかったら、後は廃棄処分になるみたいよ。」

「え!?今日?」

「ええ。もし良かったら、あなたもらってくれる?」


 職員の言葉に、再び迷いを抱く詩織。しかし彼女は一度深呼吸をすると【黄衣の王】を受け取り、お辞儀をして彼女の前から遠ざかっていった。

 女性職員はにこやかに詩織を見送っていたが、彼女の姿が本棚の陰に消えた時、なぜかその表情は邪なものに変わっていた・・・。

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