自衛隊
「ここは立ち入り禁止だ。民間人はこの場を離れなさい。」
自衛隊員は毅然として絵里子に指導したが、絵里子は隕石への興味から、もう少しこの場に留まって様子を見たいと考えていた。だからなんとかあれこれこの自衛隊員に話しかけながらも、視線はしっかりとあの奇妙な流線型物体に釘付けした。
「へ〜、あれが隕石か。」
「まだ安全は確保されていない。早くこの場から離れろ。」
「キレイな形だね。まるでヒマワリの種みたい。」
「こら!聞こえてるのか!」
「あ、オスプレイもいる。」
「指示に従わないと身柄を拘束するぞ!」
「アメリカ軍も一緒に調査してるんだね〜。」
「こらー!!」
さすがにこれ以上の時間の引き伸ばしはそろそろ無理と思った絵里子は、意味無く自衛隊員にニッコリと可愛いい(と自分で思っている)笑顔を向けると、お辞儀をして元の道を戻り始めた。本当はもう少し見ていたかったし、出来れば近寄ってもみたかったが、さすがにそこまで大胆にやる気は起きなかった。
そして急ぎ足で山を降りようとしたが・・・。
『逃げて・・・。急いで・・・。』
「え?」
不意に彼女の耳に、まるでささやくような微かな言葉が届いた。誰かが傍にいるような気がした絵里子は辺りを見回してみたが、何処にも人の姿は確認できない。
「誰かいるの?」
『急いで逃げて・・・。振り返らないで・・・。』
それは間違いなく絵里子と同年齢か、あるいは年下の少女の声だったが、姿が見えなくともその声の存在に彼女は確信を持った。しかもその言葉の内容には、感覚的ながらも無視出来ない妙な真実味がある。急に『急いでこの場を離れなければ!』という奇妙な予感が浮かんだ絵里子は脱兎のように駆け出そうとしたが、その事件はすぐに真実となって姿を現した。
背後から聞こえる、何かが砕ける音、つぶれる音、そして爆発音。
そしてタムタムと云った乾いた連続音が響くが、それは僅かな時間で小さくなっていく。
絵里子はその音がおそらく自動小銃のものだとは気付いていたが、気になったのは、なぜその音がすぐに小さく消えてしまったかということにあった。
何かが起きたのは間違いない。その事態の収拾が即急に終わったのあれば、銃声が鳴り止んだことに大きな問題は無いだろう。
しかしそれが、銃などではどうにも出来ない事態だったとしたら・・・?
絵里子はあのクレーターで何が起きたのかを知りたいと思っていたが、心のどこかが警告を発し、彼女を強く思い留まらせていた。その警告は小さくも確かなもので、それは絵里子に振り返ることすらも許さないほどの力を持っていたのである。
うっそうと木々が密集する、道を失い易いはずの雛の森は、意思を持つように絵里子に道を示し、彼女はそれを信じることに疑いを持たず、ただ前に進んでいく。そして耳に届いた少女の声に素直に従うことに決めた絵里子は、ようやく導かれるように森の出口へたどり着くことができた。
彼女は結局、紅羽では隕石の姿を見たこと以外は何も確認できなかったがが、その日から鳳町では奇妙な現象が続くことになった。
本来この町では見えるはずの無いあのオーロラが、再び石着山付近に頻繁に姿を現すようになったのである。