なんとなく
するとその時、輝蘭がとても不思議そうな表情を神酒に向けた。それは普段輝蘭が見せる表情とは全く違っていて、神酒も釣られて彼女の目を見る。
「あの、ミキさん。実は私この本を読んで、少し判らないことがあったのですが・・。」
「ん?」
「ミキさんの左手に浮かぶその【切り出された星の銘版】の紋章。それは本当に、クトゥルーのものなのですか?」
「え?」
輝蘭の意外な質問に、神酒は少しあっけに取られた表情になった。
「そんなこと言われても・・・。だって、ルルイエに居た時にティムにも言われたし、今までだって必ずあたしに絡んでいたのはクトゥルーだったから・・・。」
「ミキさん。少しこれを見ていただけませんか?」
輝蘭はファイルを開くと、その1ページを神酒の前に置いた。そのページには星型の中央に燃え上がる炎の眼が描かれた紋章が大きく図として描かれていて、神酒はその紋章にはっきりとした見覚えがある。
「これ、あたしが銘版の能力を使う時に、あたしの左手に一番最初に浮かんでくる紋章だよ。」
「はい。これは【古の印】や【旧き印】と呼ばれるもので、旧支配者の歴史に関わる意味を持つ印です。」
「それで、これがどうしたの?」
「実はこの印を使うのは【旧き神】。遥か昔にクトゥルーをルルイエに封じ込めた、旧支配者と敵対する勢力【旧き神】が使っていた紋章ということらしいんです。この紋章が持つ能力は、旧支配者と眷属を退ける力で、本来旧支配者がもっとも嫌うもののようです。」
「え?それってつまり・・・。」
「はい。つまりミキさんの左手に浮かぶ印は、本当はクトゥルーやハスターなどの旧支配者が使うものでは無いんですよね・・・。」
神酒は輝蘭の言葉の持つ意外性に、小さいながらも驚きの表情を浮かべた。
かつて彼女が中学生の頃に体験した、ロズウェルでのクトゥルーとの遭遇。神酒の左手に刻まれた【切り出された星の銘版】はこの事件の時に手に入れたもので、あれから彼女はこの紋章とクトゥルーの深い関連性について疑ったことは無い。そして【切り出された星の銘版】による治癒の能力は幾度も彼女のピンチを救い、少なからず仲間たちの命を救ってきた。
それは神酒がクトゥルーを眠らせるために巫女としてルルイエに滞在したことにも関係していると彼女は考えていて、神酒とクトゥルーに何かの不思議な縁がある以上、この紋章もクトゥルーのもの以外には有り得ないとずっと思っていたからである。
「だって、それこそ考えられないよ。ティムも前に言っていたよ。『ミキの持つ紋章が、クトゥルーの真の切り出された星の銘版だ』って。」
「ええ。私もティムがそのようなことを何度も言っていたことは耳にしていましたし、前々からミキさんから聞いていた内容からも、私自身もそう思っていました。でも・・・。」
輝蘭はそこまで言うと、考え込むようにふっと黙ってしまった。しかしすぐに顔を上げるとニッコリと笑い、言葉を続けた。
「いえ、正直私にも確信があるわけでもありませんし、今はもうあのような恐ろしい事件が起きてはいないのですから、それをどうこう言っても始まるものではありませんよね。」
「そうだよ、キララ。」
なんとなく関係がありつつも難しい話に少し閉口していた七海が、やっと話題が切り替わる兆候が見えたことに喜び、横から口を挟んだ。
「そんな難しいお話しないで、キララもあたしのお買い物に付き合ってよ☆」
「そうだよ、キララ。あたしとナミはここに遊びに来たんだけど、キララも毎日勉強で忙しいんでしょ?今日ぐらい、あたしたちと一緒に遊ばない?」
神酒と七海の提案に輝蘭はほんの短い時間だけ考えたが、すぐに表情が明るい笑顔に変わり、顔を縦に振った。
「そうですね。最近少し変な考え事ばかしていたような気がします。今日は特に用事もありませんし、ミキさんとナミさんにお付き合いさせてください♪」
そして3人はドリンクで乾杯をすると、フェニックスガーデンのショッピングエリアへ向かっていった。