週末
週末の土曜日のこと。神酒は七海に誘われ、鳳町郊外に出来たショッピングモールへと買い物に行く約束をしていた。実は七海はもちろん絵里子やシンディも一緒に誘っていたが、絵里子は最近は心霊研究の一環で石着山に出かけるという彼女らしい用事で。シンディは週末はいつも美鷹市の実家に帰るということで断られ、神酒と2人での買い物となっていたのである。
「キララやシュンも誘えば良かったのに。」
「今日の買い物にシュン君は誘えないよ〜。」
「どうして?」
「だって、今日はアンダーも買うつもりでいるから。」
「あ、そうか。」
「それにキララ、最近なんだかはまっているものが出来たみたいで、付き合いが悪いのよね。」
「う〜ん、そう言えばそうだね。この前もあたしも放課後に『マック行かない?』って誘ったんだけど、『今日はやることがありますから。』って断られちゃった。」
「何に夢中になっているのかしら?」
「さあ?キララって凝り性だからね。」
2人はバスでショッピングモールに到着すると、すぐに目的の買い物には向かわず、まずはブラブラと歩き回りながら数々のお店のウィンドウショッピングを楽しむことにした。
この鳳町郊外に2年前に完成したショッピングモールは、通称【フェニックスガーデン】とも呼ばれている。位置的には鳳町の中にあるが、ちょうど隣接する三世鶏町や連雀町に面した方面に建築されていて、そちらからの買い物客もかなりの数に及んでいた。以前は鳳町にある商店街が閑古鳥の危険にさらされているということで反対運動が巻き起こった時もあったが、結局フェニックスガーデンの建設にストップをかけることは出来ず、たくさんの人々の様々な思惑を渦に巻き、堂々オープンという運びになっていたものだった。
ちなみにショッピングモールがまだ建設計画の段階にあった時、神酒や七海の家族も、商店街の人たちと一緒にショッピングモールの建設反対運動に参加していた事もあったが、いざ出来てみると思いの他便利で品数も豊富にあり、平日はともかく週末になるとよく利用している。しかし昔から慣れ親しんだ商店街の店主たちに対しては若干後ろめたい気持ちもあるので、フェニックスガーデンに行く時には、できるだけ商店街の人に会い難いルートを選ぶことにしていた。
「ねえ、せっかく来たんだから、何か食べない?」
「賛成!ミキ、何食べる?」
「そうだな〜、甘いものがいいな〜☆」
神酒の誘いに七海はすぐに賛成すると、2人は手頃なお店を探し始めた。フェニックスガーデンにある店舗は総勢500以上と言われていて、ファーストフードや喫茶的なお店も豊富に種類があり、その多さに楽しい目移りも半端では無い。しばらく2人はお腹の騒ぎ始めた虫をなだめながら、自分たちの感覚に合ったスイーツが陳列してあるお店の品定めをしていた。
そして2人はいくらか名の知られたコーヒーショップのチェーン店を見つけると中に入って行ったが、そこで神酒と七海は意外な人物に出逢うこととなった。お店の窓際の席に、少しボ〜っとしながらコーヒーを飲んでいる輝蘭の姿を見つけたのである。
輝蘭は少し大きめのコーヒーを前に、窓から見える外の景色を眺めている。その表情は景色を楽しんでいると言うよりは、ただボ〜っと眺めているという趣で、どちらかというと考え事の間の小休憩と言った感じだろうか。彼女のテーブルにはその場に似つかわしく無い厚いファイルが無造作に置かれていて、輝蘭愛用の栞が挿んである。
何か不思議な雰囲気でたたずむ彼女に、神酒と七海は少し戸惑いながらも声をかけた。
「キララ☆」
「あ、ミキさん。それにナミさんも。」
「どうしたの?キララ。こんな所でボ〜っとしちゃって。」
「いえ、ちょっと一人で考えたいことがありましたので。」
「珍しいね。こんなに騒がしい所で考え事なんて。」
「最近はこんな場所の方が、かえってほっといてもらえているようで、落ち着くんですよ。」
「ナンパとかされない?」
「よくありますよ。でも私、無視するの得意ですから。」
「・・・・・(-_-;)」
神酒と七海は輝蘭の対面に座ると、すぐにドリンクとお気に入りのスイーツを注文し、輝蘭がテーブルに置いていたファイルに注目した。ファイルの表紙には英語の走り書きで題名らしきものが書いてあるが、独特の筆記体形式でなんと書いてあるかはよく判らない。ファイルには何度も繰り返して開いた折り目が残されていて、おそらく輝蘭がよほど読み込んだものだろうということが雰囲気で伝わり、見れば見るほど重い存在感がある。それはまるで御伽噺に出てくる魔法の書物のようにも思え、神酒はそのファイルと輝蘭のつながりに興味を持った。
「キララ、この本は?」
「これですか?」
輝蘭はこのファイルを重そうに胸の高さに持ち上げると、その表紙を神酒と七海の方に向けた。
「これは、【セラエノ断章】の写しですよ?」
「セラエノ?どこかで聞いたことがあるな・・・。」
「そうかも知れませんね。これは私たちが何度も関わった、旧支配者に対する撃退法の一部が書き込まれているものですから・・・。」
輝蘭はファイルをテーブルに置くと、セラエノ断章について話し始めた。
セラエノ断章の著者は、かつてミスカトニック大学で教授の職についていたラバン・シュルズベリィ博士。博士はそのライフワークからクトゥルーの研究を続けたために、クトゥルーの眷属の脅威を受ける立場に陥ってしまった経歴がある。そこで博士はクトゥルーを初めとする旧支配者やその眷属を撃退するための方法を独自に研究・開発し、ついにそのための書物を完成させたということだった。
だがこの書はその【断章】という言葉通り、今は一部しか残ってはおらず、この書の持つ特異な危険性から閲覧も禁じられている。しかし輝蘭はこの断章の存在を知った後に、アメリカのCDC(アメリカ中央疾病対策センター)に在籍する友人の藍沢に無理に頼み込み(と言うか藍沢が勝手に無理を重ね)、遂にその一部をコピーとして手に入れていたのである。
「ミキさんは今も変わらずクトゥルーに目を付けられているようですし、私たちも他人事ではありませんからね。旧支配者に対抗出来る方法があるなら、少しはその知識を身に付けておいても損はありませんよ。」
「さすがキララ、勉強家だね。結局あたしの左手の、クトゥルーの【切り出された星の銘版】も消える気配は無いし、また関わっちゃうことがあるのかな〜?」