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キノコの天ぷら

 ブーマー、カエン、ムスカリアの三人は数多くいるキノコの娘の中でも非常に仲が良い。

 なんだかんだで気が合う三人は誰からともなく集合し、いつの間にか集まっている事が多い。

 本日も同じ状況だ。

 ムスカリアがお気に入りの切り株椅子で休憩していると、いつの間にかブーマーとカエンが集まり、取り留めもない話を始める。

 だが、この三人が集合して本当に取り留めもない話が始まるはずもない。


「はぁ、天ぷらになりてぇ……」


 唐突に、しかしポツリと呟かれた言葉。

 その主はブーマーだ。どこから拝借してきたのか、木の実で出来たクッキーをもしゃもしゃと頬張りながら悩ましげに机に突っ伏している。


「はぁ? 天ぷら?」


 カエンは驚きの声をあげ、続いてムスカリアと目を合わせる。

 またブーマー特有の奇天烈な行動なのだろうが、天ぷらになりたいとはいつも以上に意味が分からなかった。


「天ぷらになりてぇよぉ。アタイ、まじで天ぷらになりてぇんだよぉ」

「いや、無理だろ」

「私達、毒キノコですものねぇ。ちょっと難しいわぁ」


 カエンとムスカリアは間髪容れずブーマーの望みを否定する。

 そう、彼女達が驚いた理由がこれだ。

 ブーマーは毒キノコだ。

 天ぷらになるなんて以ての外。その様な事、彼女なら重々承知のはず。

 にもかかわらず天ぷらになりたいと主張する。

 突然の妄言にカエン達も困惑するばかりだ。


「天ぷらになりてぇんだよぉ。どうにかして天ぷらになる方法ないかな?」


 カエン達の忠告もどこ吹く風。

 ブーマーは相変わらずのマイペースでボンヤリと空を眺め、何やら考えを巡らせている。

 このままでは実際に行動に移しかねない。

 ブーマーが天ぷらになって料亭に潜り込んだ際に巻き起こされる事件、その後の報道。キノコ界に走る風評被害。キノコ農家の廃業。

 自分達にとって看過できない未来を止める為、何より見つからの友人が起こそうとしている間違いを正す為。

 カエンとムスカリアは珍しく強い口調でブーマーをたしなめる。


「いやいやいや。絶対ダメだぞブーマー。こればっかりは譲れない。アタシ達は本当に危険なんだ。間違って食べでもしたら大変な事になる。ただでさえ毎年毒キノコを誤食して死ぬ人が大勢いるんだ。そういう紛らわしい真似は絶対許さないぞ」

「そうねぇ。ここはブーマーちゃんには諦めてもらうしか無いわねぇ。言いたいことはカエンちゃんがぜーんぶ言ってくれたけど、やっぱりそういうのは良くないと思うわぁ」


 毒キノコは非常に危険な存在だ。

 食べるどころか、触れるだけで害をもたらす種類があるそれは、正しい知識を持って接しなければいけない。

 本人達も人間や動物に害を与えたくて毒を持っている訳ではないのだ。

 そして、出来るならば正しい知識を有して毒キノコとして接して欲しい。

 彼女達の願いはこの一点に尽きる。

 もちろん、人間達だって毒キノコによる被害を防ぎたいと思っているし、実際関係者はいつも毒キノコの危険性に関する周知と啓蒙に明け暮れている。

 それでも、それでも毎年悲しい事故が起きる。

 その事実は、他の誰よりも彼女たち毒キノコの心を蝕んでいる。

 カエンとムスカリアが語気を荒らげ、珍しく強い口調でブーマーを牽制するのも無理からぬ事だった。


「いや、でもワンチャンいけるんじゃね?」

「いけねぇよ。ゼロチャンだ」


 だからといってブーマーが話を聞くかどうかは別問題だ。


「と言いつつ、追加のビールを頼んでみたらぁ~!?」

「いけねぇよ! 大学生の飲み会みたいなノリはやめろ! 勢いで誤魔化しても無理なもんは無理なんだよ! 教授にチクって謹慎処分にするぞ!」


 ブーマーは常人に理解できない思考で動いている。

 彼女がそうだと言ったらそうなのだ。倫理観や正義感と言った感情はひとまず放置されてしまう。


「決め付けんなよ! そういう決め付けが科学の進歩を阻んでいるって何度言えば分かるんだ! 物は試しって言うだろうが! 何事も挑戦しなくちゃ始まらねぇだろうが!」

「挑戦して死んだ奴がいるからお前はいま毒キノコって言われてるんだよ!」

「死んだとか死ななかったとか、そういう小さな尺度で語るなよ! 人類という種の単位で見ればむしろ少数。人の生死は新しい時代へサイクルの一つだろうが!」

「スケールでっかくしても死ぬもんは死ぬんだよ!」


 座っていた椅子から立ち上がり叫ぶカエン。

 ブーマーは意固地になっている。

 正論を言われたところで彼女の心を動かす事は叶わない。


「うあー! 天ぷらになりたい! アタイは天ぷらになりたいんだ!」


 自分の望みが盛大に否定された事に気を悪くしたのか、椅子から転げ落ちて地面でジタバタと暴れ始めてしまう。


「ダメダメダメ! 今回はマジで止めるからな!」


 普段ならここで妥協点を出すか適当に話をあわせるカエンだが、今回ばかりは例外だ。

 流石に見過ごせないのか心を鬼にしてブーマーを睨みつけている。


「ねぇねぇ、ブーマーちゃん。どうして天ぷらになりたいのかしらぁ?」


 カエンとブーマー。

 お互い頭に血が登っており、このままではいつまでいっても平行線であると判断したのだろう。

 狙ったかの様なタイミングでムスカリアが割って入る。

 その口調はカエンと違い穏やかで慈愛に満ちたものだ。

 暖かな眼差しを向けられてブーマーの気持ちもいくらか落ち着いたのだろう。ややゴキゲンな表情が戻った彼女は、素早く立ち上がると両手を腰に据えて偉そうに語り始める。


「いや、アタイが天ぷらになりたいんじゃなくて、てんぷらがアタイになりたいんだよ。むしろアタイは言い寄られて満更でもないけどちょっぴり困惑している感じ」

「いいからサッサと言え。話が進まないだろう」


 カエンがぶっきらぼうにちゃちゃを入れる。

 腕を組みふてくされるカエン。ムスカリアに小さく窘められ、バツが悪そうな表情で縮こまる彼女を横目で見ながら、ブーマーは事の発端を説明する。


「実はさ。この前アタイ家で録画した旅番組見てたんだけどさ。それでキノコの天ぷらを食べてたの。んでそれがすげぇウマそうで! アタイも天ぷらになりたいって思ったわけだ!」


 キラキラとした表情で自らの思いを語るブーマー。

 先日地上波放送で全く同じ番組を見ていた事を思い出したカエンは、ああなるほどと内心納得する。

 熟練のレポーターとナレーターが織りなす演出は見るだけで食欲をそそり、すぐにでもどこか食堂へと走り出したくなる魅力を放っていた。

 深夜にも関わらず思わずコンビニに走ってしまったカエンは、多少は仕方ないと溜飲を下げる。

 自制心の強いカエンですらそうだったのだ。わがままで、ある種の純粋さを持つブーマーがどうなるかなど火を見るより明らかだった。


「まぁ、なんというか短絡的だけど、分からないでもないなぁ」

「確かに、採れたてのキノコで作った天ぷらって本当に美味しいものねぇ。私も見てたけど、次の日は思わず天ぷら食べちゃったわぁ」


 どうやらカエン同様、ムスカリアもその番組を見ていたらしい。

 奇しくも全員同じ番組を見て、同じ感想を抱いていた事になる。

 偶然の一致による妙な連帯感を感じるカエン。少しばかり友人との距離が縮まった気がして思わず顔がほころぶ。

 その思いはブーマーも同様だった。


「そうだろそうだろ! やっぱりアタイの気持ちわかってくれるか! 採れたてのキノコに天ぷら粉を付けて、透き通るような油でカリッと揚げるんだ! そして熱々の内に口の中にヒョイ! さくさくっとした衣に包まれたキノコの香りが口の中でふんわりと広がるんだぜ! たまらんだろう!」


 片手で箸を持つ所作を真似しながら、器用に空想の天ぷらを食べてみせるブーマー。

 まるであの時の番組レポーターの様だ。

 埋もれたはずの記憶が蘇り、カエンの胃を刺激してやまない。

 なんだか楽しくなってきたカエン。

 興奮気味にブーマーが語る天ぷらの素晴らしさに同意する。


「ああ、たしかに! ああはいったけど、実はアタシも興味あるんだブーマー。天ぷら、いいよなー。天つゆつけてサクサクっと! 天丼とかも美味しいかもしれない!」


 満面の笑みではしゃぐカエン。

 もう頭のなかには天ぷらしか無い。ブーマーもきっと同じだろう。

 今三人は同じ思いを共有している。天ぷらを通じて三人の仲は最高潮に高まっている。

 カエンはそう信じていた。

 そのはずだった。



「ああ? お前今なんつった?」



 ブーマーが突然キレた。

 先ほどまでのゴキゲンな様子をどこに置いてきたのか、今の彼女は怒り心頭といった様子で、今にも爆発しそうだ。

 柔らかな笑みを浮かべながら二人のやりとりを見守っていたムスカリアも、今は瞳を丸くしている。

 なによりも困惑したのはカエンだ。

 急な事態についていけず、じんわりと瞳に涙を浮かべてしまう。


「えっ? な、何がだよ……」

「『実はアタシも興味ある』。――かしら? ブーマーちゃん」


「違う違う。その後だよ! なんて言ったんだよ!?」


 一向に話についていけないカエン。ムスカリアも同様だ。

 先ほどの言葉のどこにブーマーを憤慨させる要素があったのだろうか?

 二人は自分達の発言を一字一句慎重に思い出しながら、ブーマーと言うニトログリセリンに火を付けた単語を洗いなおす。

 だが、どれだけ考えても答えは出てこなかった。


「いや、えっと。何だよ。何急に怒ってるんだよ?」


 ついに音を上げて直接尋ねるカエン。

 なんだか負けた気分になるが、このままブーマーを放置して火に油を注ぐ事だけは避けたかった。

 相変わらず怒り心頭のブーマーは、ふぅと大きく深呼吸をする。

 まるで暴れ狂う怒りを無理やり抑え込むかの如き様子に、カエンも思わず引き気味になる。


「カエン……。お前さっき"天つゆ"って言ったよな」

「お、おう」

「確かに言ったわねぇ~」


 静かな問い。

 まるで自分が重罪人であるかの様な気持ちになり、何故か居心地の悪さを感じてしまうカエン。

"天つゆ"の何が悪かったのだろうか?

 ゴクリ……と、カエンが喉を鳴らす音がやけに大きく響き……。



「そこは塩だろうがっ!!!」


((うわぁ。この人、塩厨だ……))



 激昂するブーマー。

 スーッと一気に冷静になるカエン、ムスカリア。

 天ぷらには塩しか認めず、さらにはその主張を他人にまで強制する――。

 ブーマーは所謂『塩厨』と呼ばれる人種だった。


「あのさ……。そういうのって本人が好きな方でいいんじゃね?」

「そうねぇ。私もカエンちゃんに賛成だわぁ」


 控えめに意見を述べるカエンとムスカリア。

 塩厨を下手に刺激してはいけない。脳まで塩で凝り固まったこの人種はほんの小さな事ですぐに騒ぎ出すのだ。

 端的に述べて、面倒臭かった。


「はぁ、これだから素人さんは困るわ。典型的な貧乏舌だな」


 馬鹿にしたように――事実馬鹿にしながらブーマーは侮蔑の視線を投げかける。

 塩厨の話を真に受けてはいけない。

 その対処法を理解しつつも、こうまで言われては流石に捨て置けないと二人は機嫌を悪くする。


「いや、どこに問題があるんだよ?」

「そうよぉ。好きな方をつけて食べればいいのよぉ」


「ったく、テンション下がったわ。お前ら全然食について分かってないな。普段何食べたらそんなお安い舌になるわけ?」


 塩以外の調味料を決して認めないブーマー。

 天ぷらをつゆで食べる事は彼女の中で相当愚かしい行為らしい。

 好みの否定は愚か、人格の否定にまで走りだす彼女に二人は投げやりに応える。


「いや、アタシらキノコだから大地の栄養とか水分とかそういう感じじゃね?」

「そうねぇ。後は木の栄養を貰ったりするわねぇ~」


「ジャンクフードじゃねぇか!!」

「「なんでっ!?」」


 キノコの娘が普段何を食べるか? と問われれば何でも食べると答える他ない。

 だが、キノコとしての本来の食べ物は先に述べた通りである。

 基本的に彼女達は大地の恵みによって支えられているのだ。


 にも関わらず大地の恵みを盛大に貶すブーマー。

 どの様な思考回路を持ってすれば大地の恵みをジャンクフード呼ばわり出来るのであろうか?

 ブーマーと言うキノコが、基本的に自分達では理解できない思考回路を持っている事を再認識させられた二人は、口をはさむ余裕も与えられずただ聞き手に回る。


「そんないつでも手軽に食べられる物なんてジャンクフードに決まってるだろうが! ああ、分かったよ。分かっちまったよ。やっぱりアタイとお前達は住む世界が違うわ。うわー。これ以上話しかけないでくれますー? 貧乏菌が伝染るのでー!」


「バリアー!」と叫びながら両手でバッテンを作るブーマー。

 小学生じみた行為が今の二人には余計癪に障った。


「むぅ、そういうブーマちゃんはさぞかし普段美味しいものを食べているんでしょうね? 是非とも私達に教えて欲しいわぁ」

「そうだそうだ! 普段何食べてるか言ってみろ! さぁ言え! ほら言え!」


 大地の恵みがジャンクフードであるのなら、ブーマーが言う本物の"料理"とはいかほどのものだろうか?

 嫌味半分。興味半分と言った所だろう。

 思った言葉をそのまま吐き出す二人。

 三人の言い争いは、すでに只の口喧嘩と変わらぬ様相を呈してきていた。


「え、えっと。ちょ、ちょっとまて……ちょっとだけ!」


 だが、予想外に慌てるブーマー。

 どうやら彼女の食通宣言は完全に口だけだったらしい。

 勢いだけは最上級の奇天烈な友人が見せた小さな隙。カエンとムスカリアはそれを見逃す事無く、先ほどまでの鬱憤を晴らすかの様に攻め立てる。


「いいや待てない! 早く!」

「すぐに聞かせて欲しいわぁ~」


 二人からグイグイ攻められ、勢いを落とすブーマー。

 今まさに形成が逆転した。

 はたして彼女普段はどの様な"料理"を口にしているのか。

 何か言わないといけないと感じたのか、不安げな表情を浮かべながらもブーマーが口を開く。



「…………ザ、ザギンでシースーとか?」

「お前絶対食べた事無いだろう!!」



 今時めずらしいザギン発言。

 銀座で寿司の業界用語なのだが……。

 もはや業界人ですら古すぎ――否、ダサすぎて使ってない表現を持ち出すブーマー。

 彼女の中における高級料理に関する印象は、残念な事にバブル時代から脱却できていなかった。


「た、食べた事あるし! シースーどころかシーズーも食べたことあるしっ!」

「食うんじゃねぇよ! シーズー可愛そうだろうがっ!」

「シーズー食べるキノコとかもはやB級ホラー映画だわぁ……」


 可愛らしいシーズーを容赦なく食べるキノコ。

 キャンキャンとシーズーの断末魔が聞こえてきそうだ。

 あまりにグロテスクな光景を思わず想像してしまったムスカリアは顔を青ざめさせると、ブンブンと脳内の空想を振り払うように首を左右に振り、無理やり話題を変える。


「と、とにかく! ブーマーちゃんが形から入るのが大好きで、飲み屋で一見さんっぽい人がいたらやたらと絡んで薀蓄(うんちく)を語りだす。そんな面倒くさい常連気取りな自称食通である事は分かったわぁ~」

「何気に酷いなオイ……」

「ぐぬぬぬぬ! 食通だし! アタイ本物の食通だし!」


 すでに先ほどのやりとりで杜撰(ずさん)なメッキは完膚なきまでに剥がれ落ちた。

 ブーマーは食通気取りの庶民だ。

 本物の食通ならばそれをひけらかすような事は決してしない。

 他人に偉そうに説教をする時点で底はしれていた。

 彼女の食に対する姿勢が適当であることを漸く確認したカエンは、この不毛な会話を終わらせるべく本題の確認に入る。


「はいはい。それで、事の本題は天ぷらになりたいのか? それとも天ぷらは塩って主張を通したいのか? どっちなんだ?」

「は? 毒キノコのアタイが天ぷらになったら食べた人が大変だろうが。冗談でもそういう不謹慎なネタ挟むなよ。いくら温厚なアタイでもマジで怒るぞ?」

「そうか、凄いなブーマー。じゃあ問題は『天ぷらにはつゆか塩か』に関してなんだな。それでいいな?」


 紆余曲折。

 結局、ブーマーの主張は『天ぷらには塩』という一点に落ち着いたらしい。

 彼女が天ぷらになりたいという当初の主張はすでに空の彼方へと飛び去っている。

 自分の発言は数分経てば一切忘れる。

 小鳥以下の脳みそを持つキノコの娘。それがブーマーだった。


「アタイは塩しか認めねぇからな!」


 余程塩にこだわりがあるのか、その鼻っ柱を根本からへし折られてハリボテの食通である事を見抜かれたブーマーだったが、途端に勢いを取り戻し騒ぎ出す。

 話の流れが間違いなくスタート地点に戻った事を感じたカエン。

 辟易とした様子で彼女が話題を打ち切ろうとしたその時、カエンはムスカリアが珍しくいたずらを思いついた子供の様な表情を見せている事に気がついた。


「――じゃあ"変わり塩"はブーマーちゃんの中でどういう位置づけなのぉ?」


「「へ??」」


 突然知らぬ単語を出すムスカリア。

 なんちゃって食通のブーマーは当然。そしてカエンまでもが疑問の声を上げる。


「変わり塩? 初めて聞いた。なぁムスカ。それってどういう物なんだ?」


"変わり塩"とはどの様な物だろうか?

 自分の記憶では思い当たる物がないカエンは、早速ムスカリアに尋ねる。

 だが彼女は意味深な笑みを浮かべて人差し指を口元にあて、「ひ・み・つ」と答えるだけだ。


「大丈夫よぉ。ブーマーちゃんがちゃあんと答えてくれるから。なんて言ったって、食通だもの。ねぇ、ブーマーちゃん」

「えっ! ア、アタイ!?」

「知ってるでしょ? 変わり塩。もちろん知らないとは言わさないわよ。ザギンの料亭なら一般的よぉ」


 思わせぶりな態度でブーマーを煽るムスカリア。

 当然ブーマーが変わり塩を知るはずない。どんどん狼狽え慌てる彼女にムスカリアの笑みはいっそう深くなる。


「う、ううむ。か、変わり塩……。カ、カワルィースィオー」

「外人っぽく言ってもだめよぉ」


 ブーマーは完全に混乱している。

 その様を楽しく眺めながら、だが自分も知らない物の為なんとか答えを探ろうと記憶を漁るカエン。


「なぁ、もしかしてそれって……」


 その熱意が実ったのか。彼女の中で一つ思い当たる存在が浮かび上がる。


"変わり塩”

 それは付け塩の一種で、抹茶、柚子、胡麻などのアクセントとなる素材を混ぜ合わせた物だ。

 塩の辛味だけで無く、違った風味を得られる事から天ぷらには良く好まれ提供される調味料である。

 以前何かに折に食した記憶があったカエンは、名前を知らずとも恐らくあれが"変わり塩"だったのだろうと当たりをつけてこっそりムスカリアに正解を確認する。


「――正解。ブーマーちゃんには秘密よぉ」

「もちろん!」


 小さくウィンクをし、くすくす笑うムスカリア。

 自分の予想が当たったことに満足したカエンも機嫌を良くし、いまだうんうんと唸るブーマーへと視線を移す。


「さぁ、答えてブーマーちゃん!!」


 ムスカリアによる最終宣告。

 もはや退路は無し。

 ブーマーはどの様にしてこの場を切り抜けるのだろうか?

 カエンは小さな期待と大きなイタズラ心を持って事の成り行きを見守る。


「…………」

「ブーマーちゃん?」


 打って変わって俯いたまま黙りこくるブーマー。

 その変わり様に不審に思ったムスカリアが思わず顔を覗きこんでしまう。

 ムスカリアの視線が俯いたブーマーの視線と交わろうとした瞬間。


「塩とかつゆとか! そういうの関係ねぇだろうが!!」

「「ええー……」」


 バッと顔を上げたブーマーは盛大に誤魔化しにかかった。

 あまりにも強引な逃げ。

 もはや自分の負けですと宣言するも同然なその態度にムスカリアとカエンも呆れ果ててしまう。


「大体なんだよ! 塩とかつゆとか! 本質はそこじゃねぇだろう! お前らの目は節穴か!?」

「勢いでごまかそうとするなよブーマー。んで結局変わり塩の意味はわからないんだな」


 冷静にブーマーの言葉を指摘し、確認を取るカエン。

 彼女の慌てふためいた哀れな態度がカエンをどこまでも冷静にさせた。


「ああ。確かに変わり塩は分からない。分かりたくもないさ、あんなわがままな奴の事っ! でもな。本当に大事なのはそんな事じゃないだろ! 大事なのは! 本人がどう思うかだろ!?」


 どうやらブーマーもここまで来てはある程度の譲歩と敗北が必要と感じたらしい。

 自分の発言を撤回するという奇跡にも似た行動を見せる。

 これには流石のムスカリアとカエンも驚かずにはいられなかった。

 よくよく考えてみれば彼女の言葉はムスカリア達の主張を全面的に認めたも同然だったからだ。


「だから最初から言ってるじゃねぇか。塩だろうがつゆだろうが。食べる人が好きな方をつければいいって。なんであれだけ騒いだ結果が原点に戻るなんだよ」

「でもまぁ、これでブーマーちゃんも納得したしいいんじゃないかしら? 今度みんなでザギンに天ぷら食べに行きましょう。行きつけの美味しいお店があるの。もちろん一見さんお断りよぉ」


 食は形や作法、ルールで食べるものではない。

 もちろん、マナーは大事だし、他の人を不快にしないために一定の所作は必要となってくる。

 だが大切なのは本人がいかに美味しいと感じるかだ。

 心の底から美味しいと感じるのであれば、食に貴賎は存在しない。

 その点を履き違えてしまうと滑稽な人物でしか無い。それが今回のブーマーだった。

 もっとも、彼女は自らの過ちを認めた。

 意固地になって自分の主張を曲げる事ができない人物が数多く存在する世の中、それだけでも評価に値する。

 ムスカリアもカエンももはやブーマーに対してなんら思うところはない。

 後はムスカリアが提案したザギンの料亭に付いてあれやこれやと話題に花咲かせるだけだ。

 ……そのはずだった。


「いや、違う。アタイの言いたい事はそういう意味じゃねぇ」


 だがしかし、物言いがブーマーより入る。

 折角話題に決着が付いたのにこれ以上何があると言うのだろうか?

 カエンはおろかムスカリアまでもが少々不機嫌気味にブーマーを見つめる。


「は? ならどういう意味だよ。今言っただろ? 本人の気持ちが一番大事って……」

「ああ、言ったさ。確かにな。でもそれは食べる奴の事じゃねぇ。アタシの言う本人とは――」



「――天ぷらにされるキノコ本人の事だよ!」



「「あ、はい……」」


 投げやりに話を聞いていた二人は、ただそうとしか答える事が出来なかった。


「そこが一番大事だろうが! なんで主役の気持ちを蔑ろにするんだよ! 泣いてるぞ! 適温でさくさくに揚げられながらも、そのキノコ、泣いてますよ!?」


 一方ブーマーはすでに臨戦態勢。

 自らの主張が一番だと信じて止まない。彼女は誰よりもキノコに真摯でありたかった。

 キノコの事を常に考えていた。キノコの味方でありたかった。

 故に――。

 天ぷらにされるキノコの気持ちを代弁したのだ。


 二人にとっては本当にどうでもいい事だった。


「知らねぇよ……」

「どのキノコか知らないけど。でもやっぱり食べられる方も一番好みの方法で食べてくれるのが一番嬉しいんじゃないかしら?」


 もはや真剣に言葉を交わす気も起こらないのか、投げやりに呟くカエン。

 一方ムスカリアはいまだブーマーの説得を諦めていないのか、なんとか彼女に食の大切さを理解させようと無駄な努力を続ける。


「は? なに偽善ぶった事言ってるんですか? キノコが好みの方法で食べられると喜ぶだって!?」

「正論だろ? 一切隙のない」


 大きな、それは大きなため息をつくブーマー。

 やがて肩を竦め、心底相手を馬鹿にした表情で……。


「――お前らそれ、キノコの身になっても同じ事言えんの?」

「アタシ達はもともとキノコだよっ!」


 カエンは堪らず叫ぶ。

 ブーマーの話術に乗ることは何も生み出さない。それを理解しつつも突っ込みをやめられない。

 カエンも大概、ブーマーに毒されていた。


「とにかく! アタシはキノコ本人の意見を聞かねぇと納得いかねぇ! 絶対塩だ! 塩がいいに決まってる!?」


 結局、視点を変えて塩の絶対性を主張するだけのブーマー。

 カエンとムスカリアも堂々巡りの話題にそろそろ飽きてくる。


「んじゃあどうするんだよ?」

「もしかして、誰かに聞きに行くのかしらぁ?」

「舞茸パイセンだ……。ベスト天ぷらニストのパイセンならきっと納得のいく答えを出してくれるはずだ! よし、そうとなれば思ったが吉日! いまからパイセンの所に行くぞ!」


 ブーマーの次のターゲットは決まった。

 彼女もこのままでは拉致があかないと判断したのだろう。

 第三者にその答えを求めようとする。

 ここに、ターゲットとされた水楢舞の悲劇は決定した。


「えー。舞さん忙しいんじゃない?」

「そうよぉ。多分この時間は踊りの練習中よぉ?」

「知るか! 塩より大切な事なんてあるわけねぇだろうが! おら! グズグズするな!」


 無駄とは分かりつつ、大切な友人である舞の為にブーマーを止める二人。

 だが、ブーマーがここでちゃんと話を聞くようなキノコならばそもそもここまで話は大きくなっていない。

 自らの――塩の勝利を信じて疑わず鼻息荒く舞の元へ向かおうとするブーマー。


((舞さんゴメンナサイ……))


 今まさに必死で踊りの練習をしており、そう遠くない未来に悲劇に見舞われるであろう舞の事を思いながら。

 二人は心の中で最大級の謝罪をするのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

一風変わった「キノコの娘」達の日常。笑って貰えていたら幸いです。


本作品は一旦ここで完結とさせて頂きます。

反響があれば書くかもしれませんが、今の所予定は未定です。

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