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天然キノコ

「香り松茸、味シメジ……」


 その言葉は突然だった。

 自らの携帯をいじりながら最近のニュースを暇つぶしに確認していたカエンは、顔を上げて先ほどの言葉の主であるブーマーが何やら思い悩んでいる様子である事に気づく。


「んあっ? どうしたんだよブーマー。藪から棒に」

「香り松茸で、味はシメジだよな?」


 突然同意を求められ、思わず目をパチクリとさせるカエン。


「良く言うわねぇ。確かにそういった評判は人間さん達の間であるわねー」


 彼女の代わりにムスカリアが同意する。

 満足気にブーマーが頷く様子を眺めながら、彼女の言葉を頭の中で反芻するカエン。

 確かに"香り松茸、味シメジ"とはよく言われる言葉だ。

 キノコの中で一番香り高い物が『松茸』。一番味わい深い物が『シメジ』と言う意味合いの言葉だ。

 ちなみに、ここで言う『シメジ』とは『ホンシメジ』の事なのだが……。

 脇道にそれた薀蓄(うんちく)を思い出しながら、視線をブーマーに戻すカエン。

 はたしてどの様な意図があって質問したのだろうか?


「三つ目はなんだよ?」

「「えっ!?」」


 思わずマヌケな声を上げてしまうカエン。どうやらムスカリアもこの問いは予想していなかったらしく、同じくぽかんと口を開けて呆れた表情を見せている。


「三つ目はなんだって聞いてるんだよ!!」

「さ、さぁ……知らないよ」


 三つ目など聞いたことが無い。

 キノコの事に関してはある程度知識を有している自負があるが、カエンは三つ目の事など聞いた事も無かった。

 そもそも三つ目等あるのだろうか?

 ムスカリアに視線で尋ねるが、困った表情で首を左右に振るだけだ。

 どうやら三つ目とやらは存在しないらしい。


「ごろが悪いだろうが! 大体"猛毒キノコ御三家"とか、"三大誤食キノコ"とかあるのになんでこれだけ三つ目がないんだよ! こういう小さな事を疎かにするからキノコ全体の知名度が低くなるんだろうが!」

「いや、アタシに言われても……」


 確かに三つあった方が体裁は良いだろう。

 だが既に"香り松茸、味シメジ"の言葉だけで韻を踏んでおり、ある種完成している。

 そこに一つ付け加えたとしても蛇足にならないだろうか?

 カエンは頭の中様々な考えがぐるぐると巡る。

 もちろん一番大切な事はこれから起こるであろうブーマーの奇行をどうやって止めるかだ。

 事実とか正論とかは二の次だった。


「もういい、アタイが自分で決める」


 だがカエンの奮闘虚しく、時間切れとなる。

 これから起こるであろうトラブルに、忌々しげに眉をひそめるカエン。

 ムスカリアも同様に困惑している。

 そうこうしている内にブーマーから本日のお題が切りだされてしまう。


「そうだな――"肌触り"だ」


「はぁ?」

「き、奇抜ねぇ……」


 ドヤ顔で言い放つブーマー。分かるだろ? とでも言いたげだ。

 もちろん二人共一切理解できていない。

 ただ一点分かることは。今回のポイントが"肌触り"であるという点のみだ。


「香り松茸、味シメジ……そして肌触り! 肌触りが良いキノコを探そう! それしか無い!」

「肌触りのどこに需要があるんだよ……」


 香りは分かる。重要だ。

 香り深い食べ物はそれだけでも食すに値し、味覚とは違った感動を与えてくれる。

 味は分かる。もちろん重要だ。

 食の楽しみとは味であり、味とはまた食そのものでもある。

 美味しくなければ食べるに値しない。ならば最高の味を持つキノコが評価されるのは当然だろう。


 だが"肌触り"はどうだろうか? "食感"ですらない。

 ブーマーの事だ。食感を間違えて肌触りと言っている事は万が一にもないだろう。

 ならば肌触り。

 一般には絶対理解できないが、ブーマーは香りと味同様に肌触りが重要だと認識しているのだ。

 そう、彼女の思考を理解しようとする事がそもそも無謀な挑戦だ。


「……えっ? このキノコ、柔軟剤使ってないんですか!?」

「使ってたら怖いわ!」


 ご覧の通り、理解できない説明を始めるブーマー。

 とりあえず突っ込んだカエンですら、よく意味がわかっていなかった。


「ほらな?」

「何がだよ! ってかどこから柔軟剤が出てきたんだよ!」


 ブーマーはドヤ顔で同意を求めている。

 カエンは何が何やら分からない中、半ば義務感で突っ込んでいた。


「とにかく、肌触りには未知のパワーが秘められているんだよ! アタイ達キノコの娘に必要なのは! 肌触りの良いキノコなんだよ!」

「んなもんいるわけねぇだろ!」

「諦めんなよ! やるまえから諦めんなよ! アタイは探す。大地の果て、海の果て、そして宇宙の果てに行くことになろうとも! 肌触りの良いキノコを探すぞ!」

「宇宙にはキノコないぞ」


 どんどん話が壮大になっていく。

 この通り、一般に理解し難いブーマーの琴線に触れることは事態の肥大化を意味する。

 いつの間にか話が大きくなって、方方に迷惑をかけるのだ。


「宇宙の果て、やがて一掴みのキノコを見つけたアタイの前に宇宙人が現れる。そして最後にソイツはこう言うんだ。……あなた方が今までに得た仲間、乗り越えてきた試練、冒険。それこそが、本物の――肌触りの良いキノコです。ってな」

「もはやキノコの概念超越してるじゃねぇか」


 肌触りの良いキノコを求めて繰り広げられる一大スペクタルショー。

 ブーマーの脳内では既にシリーズ物の小説が出来そうな程に話が膨らんでいた。


「そうねぇ、でも落ち着いてブーマーちゃん。意外と近くにいるかもしれないわよ?」

「ほへっ?」


 ブーマーのターゲットが種子島宇宙センターにロックオンされようとしていたその時。

 驚いた事にブーマーの話に乗ってきたのは、先ほどまで静かに話を聞いていたムスカリアだった。

 珍しく呆けた表情でムスカリアを見つめるブーマー。

 カエンですらその意図が掴めず眉をひそめている。

 ムスカリアはイタズラが成功した子供の様に、くすくすと笑う。


「私知ってるの。――肌触りの良いキノコの娘」


 ふるふる震えながらコテンと首をかしげるにブーマーに、ムスカリアは意味深にウィンクをして見せた。


   *   *   *


「じゃじゃーん。やってきたぜ。アタイがっ!」

「あっ! ブーマーじゃない! どうしたの? 珍しいわね!」


『ブナシメジ』のキノコの娘であるマルモは、ブーマー達による突然の来訪にもかかわらず、ニコニコと屈託の無い笑顔で歓迎した。


 ヒプシー・マルモ。

 瞳の色は淡いグレー。白のタンクトップとズボン、そして無造作に付いたヒラヒラが特徴的な茶色のスカートを履いている。

 お嬢様気質な所が玉に瑕だが、明るく誰にでも好かれるキノコの娘だ。


 手をパタパタ振りながら快く向かえてくれるマルモ。

 カエンは彼女をじぃっと見つめると、興味深げにつぶやく。


「んー。マルモか。お前が肌触りかー」

「へっ? 意味分かんないんだけど……」


 開口一番の肌触り呼ばわり。

 日頃からブーマー達と一緒にいるせいかどうにも常識が崩壊しているカエン。

 マルモは突然の事で話についていけないのか、不思議そうにカエン達を眺めている。


「そうだな。アタシもよく意味がわからん。どういう事だムスカ?」

「マルモちゃんはねぇ~。学名の「marmoreus」が『大理石の様な』って意味を持っているのよ。語源となった傘の模様はまさに大理石そのものだし。それって肌触りとっても素敵じゃないかな~って」


 ムスカリアはどうやら大理石と呼ばれている事からマルモを選んだらしい。

 当の本人であるマルモも、自分の別名である大理石の肌触りが関係していると判断し、なんとか話に合わせてくる。


「えと……確かに私の名前はそういう意味あるし、私自身大理石の肌触りが好きだけど、別に私そのものが大理石って訳じゃないわよ?」

「あらぁ~。残念」


 くすくすと笑うムスカリア。

 どうにも要領が掴めない。

 ただマルモにとってムスカリア達は折角来てくれた友人だ。ここで追い返すのも気分が良いものでもない。

 たとえ一人が意味ありげにクスクス笑い、一人がチョウチョを追いかけ、最後の一人が自分同様全く話について行けてないとしてもだ。


「うーん、確かにそうだなぁ。じゃあさ、マルモー。なんか肌触りの良いキノコの娘知らないか? ブーマーが煩いんだよ」

「いや、そもそも肌触りを求める理由が分からないんだけど……」


 彼女達は何故これ程までに肌触りにこだわるのだろうか?

 カエンでさえよく分かっていないのだ。

 最初から話に参加していないマルモの混乱はいかほどばかりか……。


「香り松茸、味シメジ。んで肌触りなんだと」

「なにそれ、意味分かんない」

「全く持って同意だわ」

「じゃあ私に聞かないでよ!」


 思わず声を荒らげてしまうマルモ。

 カエンはどこ吹く風で両手を軽く上げてお手上げのポーズをしている。

 この無責任な友人をどうしてやろうか。

 思わずマルモが手を組み指をぽきぽきと鳴らし始めた時だ。

 愉快にチョウチョを追いかけていたブーマーが当然の様に二人の間に割り込んでくる。


「いや待て、アタイは見逃さねぇ。気が付いちまったよ。ムスカの言いたい事をな……」


「やっべ、ブーマーがアップしたぞ」

「あらあら、困ったわねぇ……」


 何やら意味ありげに「謎はすべて解けた!」と叫び始めるブーマー。

 カエンは明らかに表情を歪め、ムスカリアは笑みを深くする。

 一体何が分かったのだろうか?

 一人流れに乗れないマルモはただただ困惑するばかりだった。

 そしてその迂闊な態度が彼女の隙となってしまう。


「へっ? それはなーに? ――ってきゃあっ!!」


 驚いたことに、突然ブーマーがマルモの胸にタッチしたのだ。


「ふむふむやはり……」

「ちょっと! どこ触ってんのよ!」


 突然の凶行に顔を真っ赤にしてブーマーを押しのけ両手で胸をガードするマルモ。

 ブーマーは静かに瞳を閉じ、いまだ自らの右手に残る感触を確かめている。

 マルモが再度文句を言おうと口を開きかける。

 だが一瞬早く、ブーマーの瞳がカッと開かれた。


「まさに大理石の肌触り!!」

「ぶん殴るわよ、ブーマー!!」


 マルモの胸は残念ながら豊かでは無かった。

 そしてまさしく、大理石を彷彿とさせる肌触りであった。


「ああ、なるほどね。分かる、分かる」


 カラカラと笑いながらカエンが同意する。

 その視線はマルモの大理石に向けられている。

 仲の良い友人と思っていたカエンによる突然の裏切り。マルモも負けじと普段思っていた言葉、決して言わなかった言葉を口にする。


「カエンも同意しないでよ! 貴方もこちら側! 持たざる者でしょ!」


 視線が一箇所に集中する。

 それはカエンの胸だ。

 小さく、慎ましやかで、そして何よりも貧しい。

 ああ、何たることか。大理石がここにも存在していたのだ。


「持たざる者言うな! マルモよりはマシだよ!」

「五十歩百歩よ! 仲間だと思っていたのに! 同じ貧乳属だと思っていたのに!」

「そういう分類で仲間認定するのやめてくれます!?」


 ギャーギャーと言い争うマルモとカエン。

 持たざる物同士の醜い争いがそこには存在していた。


「おい大理石ども、静かにしろ。森のお友達が怯えるだろう。あまりの胸の無さに」

「「ぐぬぬぬぬ」」


 ブーマーによる残酷なまでに鋭い言葉のナイフ。

 大理石の中に存在する心に小さくないダメージを受けながら、気丈にもブーマーを睨みつける二人。

 ちなみに、ブーマーはそれなりにある。残念ながら大理石ではなかった。


「そうよぅ。女の子があんまり大声出しちゃいけないわぁ」


 深い笑みを湛えながら、まるで裁定者の様に二人を諌めたのはムスカリアだった。

 カエンは彼女の笑顔を訝しげに見つめていたが、視線を少しばかり下に向けるとハッとした表情で怒りを再燃させる。


「ちっ……そういう事かよムスカ!」

「えっ、急にどうしたのカエン?」


 怒りの矛先が先ほどまで口論をしていた自分から何故か穏やかに事を見守っていたムスカに移った事に驚いたマルモは、思わず先ほどの怒りを忘れカエンの腕をつかむ。

 カエンは今にも飛びかかりそうで、そうしなければならないほどに怒り心頭だった。


「ムスカはな、わざとアタシ達をここに呼んだんだ!」

「へっ、どういう事?」

「あいつの胸を見ろ! 富める者の象徴を! ブルジョワジーなバストを!」

「うっ……」


 悠久なる大地に天高くそびえる豊かなる双子山。

 零れ落ちんばかりに膨らんだ胸は、これ見よがしにその存在を主張している。

 つまり……ムスカリアは巨乳だった。


「くそっ! もっと気をつけるべきだった。奴は貴族。豊かさの象徴である雄々しき二山を胸に抱えるおっぱい貴族なんだよ! おっぱいキノコなんだよ!」

「おっぱいキノコの意味がわからないわカエン!」


 自分以上に興奮するものを見ると、意外と冷静になれるものだ。

 数分前までは自らの胸に課せられた運命に対して世を呪わんばかりに叫んでいたマルモだったが、自分以上に騒ぎ暴れるカエンを見た事によって落ち着くことができた。

 簡単に説明すると。カエンの暴走にドン引きしていたのだ。


「と、とりあえず落ち着きましょう、カエン。確かに私達は持たざる者だけど、貧者としてのプライドまで捨ててはいけないわ。貧しくても、心だけは気高くないと……」

「これが落ち着いてられるか!」

「ひゃうっ!」

「あいつらは……あいつらはいつだってそうだ! 貧しい者達の事なんて一切考えちゃいねぇ。アタシ達の事なんて虫程度にしか考えてねぇのさ! それがアイツラの本性だ! どうせ今夜も六本木ヒルズに帰って、最上階からガウン羽織りつつワイン片手に下々の者を見下すんだろうさ! そのたわわに実った二つの果実でな!」

「ひ、被害妄想がすぎるわね……。流石にドン引きよ……」


 諌めるマルモとは裏腹にカエンの怒りは加速していく。

 まるで『カエンダケ』の色の様に怒りで顔を真っ赤に染め上げたカエンは、今までその大理石の胸に押し留めていた不平不満を一気に噴出させた。


「さっきからなんだ悠長に! どうしたんだよマルモ! 馬鹿にされてるんだぞ! 大理石のプライドは無いのかよ!?」

「大理石になった覚えは無いわよカエン!!」

「覚えは無くてもなってるのが大理石だろうが! そのまま真っすぐ下を見てみろ。アタシ達の瞳に何が映る? ――大地だろうがっ!!」

「ほんと、うっさいわね!!」


 自らの胸の大きさはよく理解している。マルモはここで下を向く愚を犯す事はなかった。

 万が一下を向いた場合、訪れるのは後悔と悲しみだけだ。

 悔しげに視線を空に向けるマルモ。遠くに見える雲の様に悠々と生きていければどれだけ幸せだったろうか?

 マルモの頬を、一筋の光が流れ落ちていった。


「アイツら頭おかしいんじゃね?」

「仕方ないのよブーマーちゃん。貧しいと考えまでさもしくなっちゃうの、あたかもその胸の様にね~」


 マルモとは対照的に、首を下に向け地面を確認するムスカリア。

 当然何も見えない。富める者の特権だ。

 優雅なる貴族とは裏腹に、貧しきカエンは怒りを更に燃やす。


「やってやる! 大理石の意地を見せてやる! 皆が平等に胸の大きさを享受できる理想社会を築くんだ! おい同志マルモ! アタシ達は仲間だよな! 永久不滅のエターナルフレンドだよな!?」

「ちょっとやめてカエン! いろんな意味で同類と思われたくない!」

「日和ってるんじゃねぇマルモ! もうアタシは限界だ! 武器を取れ! 自己批判しろ! 革命だ! キノコ界を赤色に染め上げてやる!」


 余程腹にすえかねていたのだろうか?

 それとも密かに気にしていたのだろうか?

 カエンの怒りはもはや同じ大理石であるマルモにすら止める事ができない程膨れ上がっている。

 その様子をどこか別世界の出来事の様に眺めながら、ブーマーはドン引きしながらムスカの背後に隠れる。


「なぁ、ムスカ。アタイ怖い。あの人達正気じゃない。絶対薬やってる。危ないキノコやってるわ……」

「仕方ないわねぇ。任せて頂戴~」


 遂に双子山が動く。

 わざと体躯を上下に揺らすようにスキップしながらカエンとマルモが言い争っている場所へ歩みゆくムスカリア。

 ぽよんぽよんと豊かさの象徴が揺れる気配を敏感に感じ取ったのか、バッとと振り向いたカエンはギョッとした表情でファイティングポーズを取りムスカリアを牽制する。


「なっ、なんだムスカ! やるのか! アタシは屈しないぞ! おっぱいなんかに負けてたまるか!」


 一触即発の空気。二人が接触し、あわや暴力沙汰になろうかと思われたその時。


「ふふふ。ほぉら――」


 ムスカリアは突然カエンの手を取り、自らの胸へと押し付けた。


「――かっは!」

「カ、カエン!?」


 まるで呼吸困難に陥った者の様にビクリと痙攣し、肺からこれでもかと空気を吐き出すカエン。

 そのまま虚ろな瞳でドサリと倒れこんでしまう。

 自らの友人に起こった突然の異変。マルモは慌ててカエンへと駆け寄ると首筋を触り脈を確認する。


「し、死んでる……」

「貧しき者の末路ね。貴きものに逆らうからこうなるのよぉ~」


 貧者は地に伏し、富めるものが高らかに笑う。

 神が定めた法の如き圧倒的な戦力差がそこにはあった。

 そう……カエンは貧しさのあまり、真の富に耐えられなかった。

 故に、魂が自ら死を選んだのだ。


「なんでそんな位で死ぬのよ……」


 ぴくぴくと震えながら「おっぱい怖い、おっぱい怖い」と呟くカエン。

 なんだかんだで自らの友人が無事な事に安堵したマルモは、とりあえず一番煩いキノコが黙った事で一息つく。

 後はカエンが復活したら丁重にお取引願おう。これ以上胸にかんするあれこれの話をするべきではない。

 只の訪問と思っていたにもかかわらず予想外に心的ダメージを受けてしまったマルモは、一番の元凶であるムスカリアを恨めしげに眺める。


 終始余裕の笑みを浮かべているムスカリア。

 彼女の胸に何か思う所があったのか、ブーマーが不思議そうにその雄々しき二山に手を伸ばす。


「ほうほう、ふむふむ」

「あらあら、ブーマーちゃんったら~」


 ふわりと沈み込むブーマーの手。

 優しく包み込むその感触はまさに貴族。ブーマーがこれまでの人生で触れたどの様なものよりも柔らかく、そして温かかった。


「じゅ、じゅうなん――」

「天然よぉ~」


 ふんわりとブーマーを抱きしめ、その富を分け与えるかの様に彼女の顔を埋めてしまうムスカリア。

 ぷはっと窒息気味に顔を上げたブーマーは、キラキラとまるで憧れのスターを見つめる子供の様な視線をムスカリアに向ける。


「柔軟剤使ってないんですか!?」

「ふふふ、柔軟剤使わずにこの柔らかさよ~」

「すげぇ! ふんわり柔らかだ! 大理石とは大違いだ!」

「ご堪能あれ~」


 きゃいきゃいと仲良く盛り上がるムスカリアとブーマー。

 先ほどまで言い争っていたマルモとカエンとは大違いだ。

 やはり胸が貧しいと心まで貧しくなってしまうのだろうか? すべての理由を自らの大理石に押し付けながら、悲しみに打ちひしがれるマルモ。

 彼女のそばでモゾリと動く影がある。


「なぁ、マルモ」

「あっ、生き返ったのね……」


 先ほどまで生死の境を彷徨っていたカエンが復活する。

 パンパンと自らの服に付いた汚れを落としながら、どこか達観した――そう、悟りにもにた境地で穏やかに微笑む。


「アタシらも、柔軟剤使ったら天然になれるかな?」

「なれないわよ! 諦めなさいよ!」


 カエンは泣いていた。声なく泣いていた。

 はらはらと涙をこぼしながら、なお気丈に笑みを浮かべている。

 そして沈黙を保ったままマルモに向けてスッと手を差し出す。

 これからもずっと友達だよな?

 口に出さずとも伝わってくるその想い。

 半ば投げやりにその手を握りながら、マルモは違う意味で泣きそうになった。


 ―――…

 ――…

 ―…


「よし、じゃあ肌触りはムスカに決定だな! コレでスッキリしたぜ!」


 散々ムスカリアの富を堪能したブーマー。

 珍しく屈託のない笑顔を浮かべながら、ムスカリアを一番肌触りの良いキノコと認定する。

 ムスカリアも満更ではない様子だ。頬に手を当てながら「あらあらぁ」と恥ずかしがっている」

 反面マルモはげっそりとやせ細っていた。

 もちろん見た目ではなく、精神的な物だ。


「ああ、それでいいよ。アタシにはもうマルモしかいないよ……。仲良くしてよマルモぉー」

「ちょ、ちょっと! くっつかないでカエン! ――って胸に向かって話しかけんな! 本体はそこじゃない!」


 だがそれもここまで。ようやく話が終わりそうだ。

 帰ったらとりあえず一人でゆっくりと眠る事を決めたマルモは、最後の力を振り絞って絡んでくるカエンを引き離しにかかる。


「二人きりの大理石だろー。見捨てないでくれよー」

「離しなさいよカエン! ええい、鬱陶しい!」


「おい、二人だと……?」


 カエンがマルモに抱きつき、マルモが精一杯カエンを押し離そうとしていた時だ。

 彼女の言葉に何やら思う所があったのか、ブーマーがポツリと呟いた。


「探すぞ! カエン、マルモ!」

「えっ? えっ?」


 突然の言葉に何が何やらわからないマルモ。

 ただ、何か良くない事が起ころうとしているのだけは確実だった。


「残り一人の大理石を探すぞ! 三人いないと始まらねぇ!」


 この瞬間。マルモの顔は面白いように真っ青になる。


「いいこと言ったブーマー! 確かに二人だと寂しいと思っていたんだ! 探すぞマルモ! 最後の大理石を! 宇宙の果てまで!」


 ブーマーが煽り、カエンの偏執的なまでの大理石に対するこだわりが再燃してしまう。

 慌てて逃げ出そうとするマルモだったが、時すでに遅し。

 気がついた時には両側からガッチリとブーマーとカエンの二人に拘束されていた。

 助けを求めるべく慌ててムスカリアに視線で訴えるマルモ。

 だが彼女の願いむなしく、ムスカリアは穏やかに笑いながら手をパタパタと振るだけだった。


「ちょ、まって! 無理! 無理! そ、そうだ! 門限があるの! 門限が! 後今日はいろいろ忙しくて――ちょ、私は行かない! 行かないってば! 私を一緒に混ぜないでよ! そんな三人組は嫌ぁぁぁ!!」


「ふっふっふ。下々の者は大変ねぇ~」


 強引に拘束され、どこかへと勢い良く連れて行かれるマルモ。

 遠くから聞こえてくる彼女の叫びをうっとりと聞きながら、ムスカリは本日一番の笑顔を浮かべた。

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