夢のキノコ
小鳥が挨拶を交わし、木々の隙間より穏やかな風が流れてくる昼下がり。
カエンとムスカリアを前にキノコ農家のオーナー制度ビジネスを紹介していたブーマーは、突如思いついたように疑問を口にする。
「なぁ、アイドルってどうやればなれるんだ?」
「「えっ!?」」
先ほどまで元本保証型のオーナー制度について熱心に語っていたブーマー。
突然切り替わる話題にムスカリアとカエンもついていけない。
今度はどの様なスイッチが入ったのだろうか?
訝しむ二人を他所に、心底不思議そうな表情を見せるブーマーは再度同じ言葉を口にする。
「アイドルって……どうやればなれるんだ?」
「いや、待て待て待て。なんでそれをブーマーが聞くんだよ。むしろアタシ達が聞きたいよ」
カエンの言葉はもっともだ。
先日の出来事以降何かにつけてはアイドルアイドルと煩いブーマーだったが、彼女の言葉を正しく受け止めるならその実アイドルについて何も知らなかった事になる。
散々振り回された日々はなんだったのだろうか?
もはや諦めの境地に達してはいるが、それでも納得のいかないものは納得がいかない。
カエンとムスカリアは困惑を隠し切れない様子でブーマーを見つめる。
「分かんねぇ! アタイ。分かんねぇよ! もうファンの皆様がアタイ達に何を求めてるのか分かんねぇよ!」
「とりあえず何も求めてないと思うけどな」
カエンの言うとおりだ。
そもそも彼女はキノコの娘だ。アイドルではない。
ファンの人がいたとしても望む事は決してアイドル的なものではないだろう。
カエンはその事をブーマーに理解して欲しかったが、どう考えても無駄な努力だった。
「うーん。でもそうねぇ。それがファンの人の要望に沿っているか保証はできないけど……。アイドルと言えば、歌と踊りかしら? 後は容姿?」
ムスカリアが助け舟を出す。
適当に相手をしてやらないとブーマーはすぐにへそを曲げてしまう。
それはそれで面倒な事になるので適当に話を合わせる事にしているのだ。
長年の付き合いの中で培った、ムスカリアなりの処世術だった。
「容姿は既にクリアしているとして、後は歌と踊りか……」
「アタシはブーマーのその自信が分からねぇよ……」
さも当然の様に自らの容姿に太鼓判を押すブーマー。
清々しい程のナルシストぶりにカエンも若干引き気味に頬をひくつかせている。
打って変わってムスカリアは思わせぶりな表情を見せていた。
彼女はブーマーの言葉と態度から、事態の進展を感じ取ったのだ。
「ふふふ。何やら思いついた様ね、ブーマーちゃん」
「ああ、その通りだ。ムスカ……いや、大佐! アタイは思いついたぞ! 踊りと言えばあの人がいるじゃねぇか!!」
「ちょっと待ってブーマーちゃん。その愛称はどうかと思うの」
先ほどまで優雅に微笑みを浮かべていたムスカリアは一転して真顔になって注意する。
流石に今後その愛称になるのだけは避けたかった。
だが、今のブーマーの耳には届かない。
「そう。踊りに関しては右に出るものが居ない! キノコ界きっての踊り手! 『舞茸』のキノコの娘! 舞茸パイセンだ!!」
バーンっと盛大な音がなりそうな勢いで高らかに宣言するブーマー。
水楢 舞……。
『舞茸』のキノコの娘である彼女はキノコの娘きっての舞の踊り手だ。
類まれなる才能を持ちポジティブな性格にもかかわらず、こと踊りに関しては若干恥ずかしがり屋な為、二人きりの時にしか舞を披露してくれない変わった娘である。
だが、その踊りは見るだけで体調が良くなり免疫力向上やストレス解消といった能力がある為、多くの者達が彼女に助けられている。
そんな皆に愛されるキノコの娘、舞。
カエンはブーマーが舞の名前を上げた目的に関してある種の納得をしつつつも、その珍妙な呼び名に疑問の声をあげずにいられない。
「舞茸パイセン? なんでパイセンなんだよ」
パイセンとは先輩の砕けた呼び名だ。
舞の踊りの腕は認めつつも、何故彼女がパイセン呼ばわりされないといけないのか?
謎は尽きない。
「そりゃあもう、踊りの師匠だからだよ! アタイ達にはあの人しかいないんだ! 早速レッスンを受けに行くぞ! ついて来い! 大佐! パズー!」
勢い良く立ち上がり、いつものごとくムスカリアとカエンを引きずり駆け出すブーマー。
ムスカリアとカエンの了解ははなから取る気がない。
「カエンちゃんはパズーなのね……」
「あいつ自分がシータって言いはるつもりだぞ……」
今日も今日とて二人が面倒事に巻き込まれるのは確定の様だ。
否、本日はそれが二人ではなく三人になるだろう。
ため息を尽き、暗い気持ちになるムスカリアとカエン。
二人は今頃何も知らずに踊りの練習をしているであろう舞に、心からの同情の念を送った。
* * *
「こーんにーちわー! パイセン! 舞茸パイセン居ますかー!?」
巨大なミズナラの古木の前で、ブーマーは大声で叫ぶ。
幹の外周は10メートルはあろうか?
一目見ただけその大きさに圧倒される。
この場所こそが舞の住居。樹齢千年を超える大木には樹の根元にくり抜かれたような穴があり、そこが彼女が住んでいるのだ。
「えっと、私の事かな……? こんにちは。皆してどうしたの?」
「やっほー。舞ちゃん」
「舞さんどーも。いやぁ、なんかね。ブーマーの奴が踊りを教えて欲しいって暴れだしてさ……」
幹の穴からひょっこりと顔を出した娘は、ブーマー達の姿を見つけると人好きのしそうな笑みを浮かべ、軽快な足取りでピョンピョンと樹の根を飛び越えてくる。
灰褐色の髪と服。
裏地が白となっており不規則に分岐している為、特徴的な装いとなっている。
彼女こそが目的の人物。水楢舞。『舞茸』のキノコの娘だ。
「パイセン聞いてくれ! 私達もアイドルになりたいんだ! パイセンみたいな偉大なスーパーレアアイドルに! ちやほやされたいんだよ! 重課金される様なアイドルになりたいんだよ!!」
「ど、どういう経緯でそうなったの?」
開口一番壮大な夢をぶちまけて、盛大に舞に縋りつくブーマー。
舞とてブーマーの友人だ。こうなった彼女の話が要領を得ないことはよく知っている。
おいおいと泣きわめくブーマーを片手であやしながら、困ったようにムスカリアとカエンに助けを求める。
「いやね。話せば長くなるんだけど聞いてよ舞さん……」
きっと舞さん苦労するだろうな。
もはや確定された出来事とも言える未来。カエンはなんとか舞の負担が小さくなる様、誠心誠意ことの詳細を説明するのだった。
―――…
――…
―…
「えっ!? それってキノコ農家の人達一切関係無いんじゃない?」
「いや、そうなんだけどね」
「考えても無駄よ舞ちゃん~」
ミズナラの古木にある舞の自宅。
四人ではやや狭いその部屋の中で、舞はカエンよりブーマーが持ちだしたアイドル計画について説明を受け当然の疑問を返す。
キノコ農家の困窮から経済格差の問題。知名度を上げることによるキノコ需要の増進。そして果たされるキノコ農家の救済。
故のアイドル化計画。
端的に説明すればブーマーの計画はこうだ。
もちろん、おおよそ理解できる事ではない。
舞とて同じだ。
なんとかその頓珍漢な主張を改めさせる事は出来ないかと説得を試みる。
「ね、ねぇブーマーさん。その、踊りを覚えたいって意気込みは素敵だと思うの。……けどね。でもいくら貴方が頑張ってもキノコ農家の人達は救われないと思うわ。今は興奮してるからそういう突拍子も無い考えが出てくるけど、もう少し冷静に――」
「キノコ農家は関係無いだろうがっ!!」
「ごめんなさいっ!!」
だが、脆くもその試みは敗れ去る。
ブーマーに正論が通じると思ったのが舞の敗因だ。
ムスカリアとカエンが既に通った道であった。
「キノコとか、農家とか! そういうのは関係ないだろうがパイセン! どうしたんだよパイセン! あの日、アイドルグループの武道館ライブを見ながら、『私達もいつかあの舞台に立とうね!』って約束したパイセンはどこに行ったんだよ! 諦めるなよ!」
「あ、あのねブーマーさん。私、武道館どころか千代田区にすら行った事が……」
「東京23区は関係ないだろうがっ! 今は武道館ライブの話だ!」
「ご、ごめんなさいっ!!」
ブーマーの中ではすでに舞を交えた感動的なストーリーが出来上がっている。
彼女の中で過去何があったのかわからないが、どうやら舞は大切な約束を武道館で交わしたらしい。
もちろん混じりけ無しのブーマーによる作り話の為、舞がついていけないのも当然だ。
「舞さんってば押しに弱いなー」
「誰だってそうなると思うわぁ」
矛先が自分達に向いていない事を理解している外野は呑気なものだ。
うんうんと頷きながら、舞の不幸を冷静に評価している。
舞は一向に役立たない友人達に恨めしげな視線を送る。
だが助けは来ない。
この世は弱肉強食。それはキノコ界でも一緒だ。
静かな森という幻想は消え去り、現れたるは自然界の掟。
ここは生と死をかけた戦場なのだ。
簡単に説明すると、舞は見捨てられたのだった。
「とりあえずだ! パイセンには踊りを教えて欲しいんだが、その前にアイドルとしての心得を教えて欲しい!」
「えっ? アイドルとしての心得……?」
先程から、うー、うー、と恨めしげな声をあげていた舞だったが、ブーマによる突然の提案で風向きが変わる。
アイドルの心得とはどういう意味だろうか?
彼女の困惑は表情に出ていたのだろう。ブーマーは大きく頷くと舞の為に詳しい説明を開始する。
「そう。アイドルとしての心得だ。情けないことに、アタイと違ってここにいるムスカとカエンは素人さんなんだよ。着の身着のままで芸能界入りしたひよっこどころか卵なんだ。そんな奴によぉ。芸能界の厳しさ、そしてアイドルの気高さを教えてやって欲しいんだパイセン! この通りだ!」
「え、えっと……」
ババっと突然土下座を初めてしまうブーマー。
突然の凶行に舞の混乱も増していく。
何故か頭をこれでもかとこすりつけながら「命ばかりは、命ばかりはっ!」と謎の命乞いを始めるブーマーに、既に舞の頭はパンク寸前だ。
「適当でいいよパイセン」
「そうねぇ。それっぽく話を合わせておけばいいわぁ、パイセンちゃん~」
「パイセンって呼ばないで!」
ムスカリアとカエンは当てにならない。
いつの間に取り出したのか、舞が後で食べようと思っていた木の実のクッキーをもぐもぐと美味しそうに食べている。
このお詫びは必ずしてもらう。
視線で二人にそう訴えかけながら、とりあえず土下座するブーマーを助け起こす。
一応の落ち着きを見せたブーマー。
差し当たって必要な事は彼女の要望に答える事だろう。
これ以上面倒事を起こされたくない舞は慎重に慎重を重ね、己の心の中でよく吟味しながら彼女の願いに対する答えを用意する。
「えっとね。じゃあまずは何から話そうかしら? アイドルの心意気よね? 私が思う心意気は――やっぱり夢かな?」
「「「夢?」」」
ブーマーどころかムスカリアやカエンまでもが一斉に驚きの声を上げる。
一糸乱れず重なったその言葉に、なんだかんだ言っても彼女達三人が仲良しである事を感じとった舞はフフフと小さく笑みをこぼす。
「そう、夢ね。私は踊り手だから厳密にはアイドルとは違うけど、どういった形にしろ芸能に携わる人って皆に夢を与える事が一番大切だと思うの」
ここではない、どこか遠くを見つめながら自らの心の内を語る舞。
ずっと踊りをやってきた彼女だ。芸を魅せる者としての矜持があるのだろう。
ムスカリアやカエンはおろか、ブーマーまでもが真剣な表情で彼女の言葉に耳を傾けている。
舞の言葉には、人の心を動かすだけの何かがあった。
「夢って大事よね。いくら芸達者でもそこに人の心を動かす何かがないと意味がないと思う。私は踊りを通じていろんな人に感動してもらいたい。夢を与えたいの」
芸能の道は厳しい。
踊りとは相手に見せるものだ。そして同時に魅せるものでなければいけない。
ただ、形だけ真似たところでそれはただの動作でしか無く、人の心になんら揺るぎを起こす事はない。
重要な事は踊りの良し悪しではない。そこに心がこもっているか、そしてそれは人に感動を与える事ができるか。
「そういう気持ちでいつも踊ってる。アイドルもそういう事が実は一番大事なんじゃないかなって――そう、思うの」
舞はそう信じて今まで踊ってきた。
それは今後もそうだろう。
この様な機会でなければ聞く事のできない、舞の踊りに対する真摯な気持ちであった。
「舞さん……」
「なんだか偉そうに語っちゃったわね。恥ずかしいわ」
ぽりぽりと頬を掻きながら、照れくさそうに目を逸らす舞。
本人は柄にもない事をしたと思っているようだが、少なくともこの場にいる娘達はその言葉に心打たれていた。
「そんな事ないよ舞さん! アタシ凄く感動したよ! やっぱり舞さんは凄いや、また今度舞さんの踊り見せてくれよ!」
「私も見たいわぁ、舞ちゃんの踊り上手ですものぉ」
「う、うん。恥ずかしいから、二人きりの時にね……」
人前で自らの心の内を明かし、さらに賞賛の言葉を述べられて気恥ずかしさが爆発したのだろう。
舞はいつの間にか顔を真っ赤にして俯いている。
ただ、ムスカリアとカエンの希望に片手を上げながら小さく応えている所を見ると、満更でもないらしかった。
「舞茸パイセン。実はアタイ、既に人に夢を見せる事が出来るんだ……」
ここで今まで不穏な程に静かだった一人のキノコの娘がポツリとつぶやく。
ムスカリアとカエンがトラブルを予見しその表情を一瞬して曇らせる。
「えっ!? ど、どういう事、ブーマーさん」
突然の言葉に舞は驚き尋ねる。
先ほどまでの気まずさを誤魔化すと言った理由もあったのだろう。
だが、その積極的な姿勢はブーマーを調子づかせる事になる。
「アタイは罪づくりな奴だ。舞茸パイセンがあんなに必至になって実践してる事をそれと知らずにやり遂げてしまう。はは、才能って怖いな……」
ブーマーが夢を見せるとはどういう事だろうか? もしや彼女に自分の知らない才能があるのだろうか?
こと踊りに関しては舞も自分の才能を認めている。その上でおごる事なく練習も欠かした事はない。
だが、自分の才能をはるかに凌駕する存在がいるとしたら? 一切の練習をする事無く、無自覚に人々を魅了してしまうとしたら?
踊り手としのプライドが刺激され、嫉妬とも懐疑とも表現できぬ複雑な思いが舞の胸中を占める。
ブーマーの言う才能、そして見せる夢とはどういう意味だろうか?
「自分の意志とは関係無しに、夢を……」
「そ、それって私よりも……」
ごくり……、と舞が息を飲む。
「アタイを食った奴全員に二度と覚めない夢をな!!」
「死んでるんだよ! この毒キノコがっ!!」
ガタンッ、と机を大きく叩きながら、舞の変わりと言わんばかりにカエンが叫ぶ。
全力を込めたのか、はぁはぁと息まで荒い。
ブーマーは、そうなの? と言わんばかりにキョトンとした表情だ。
「…………マジで?」
「なんで今知りました、みたいな表情なんだよ! 完全に毒キノコだろうが!」
ブーマーは『シビレタケモドキ』のキノコの娘だ。
分類は毒キノコで食用には適さない。間違って食べてしまうと大変危険だ。
他ならぬ自分の事にもかかわらず、呑気に呆けているブーマーにカエンも少々苛立ってしまい、つい声を荒げる。
「あっ……ごめん。そうだよな。アタイは毒キノコだよな。食べてもらうなんて、おこがましいよな……」
頭を垂れながら、蚊の鳴くような声でつぶやくブーマー。
もう少し文句を言ってやろうと口を開きかけたカエンを止めたのは、もっともこの場に似つかわしくないものだった。
その瞬間、カエンは己の失策を理解する。
普段奇抜な言動が目立つブーマーとは言え、その中身は自分達と一緒のキノコの娘だ。
悲しみや苦しみと言った感情が無いわけではない。
酷い言葉には当然ショックを受ける。
思わぬところでブーマーを傷つけてしまったカエンは、どうして良いかわからずオロオロ動揺するばかりだ。
「うっ、えっと、えっと……」
「こらっ! カエンちゃん!」
「今のは良くないわね、カエンさん。誰だって毒キノコに生まれたくて生まれた訳じゃないのよ」
「ご、ごめん!」
ムスカリアとカエンに注意され、さらに慌てるカエン。
ブーマーは相変わらず俯いており、いつもの底抜けに騒がしい様子など微塵も感じさせない。
「いいんだよパイセン、ムスカ。アタイだってわかってるよ。他ならぬ自分の事だからさ……。でもさ、時々思うんだ。普通のキノコだったらって……」
彼女が自分の出生に対してどの様に思っているのか……。
ぽつりぽつりと語られるその言葉にカエンの罪悪感もどんどん膨れ上がる。
自分だって毒キノコだ。同じ言葉を投げつけられたらどれだけショックを受けるだろうか。
カエンはブーマーをまっすぐ見つめる。
そうして、勢い良く頭を下げ謝罪の言葉を述べる。
「本当にごめんなブーマー。ちょっと言葉が過ぎた。そんなつもりじゃなかったんだ。本当に悪かったよ……」
「そう思うんならこれから言葉に気をつけろよ、この毒キノコがっ!!」
間髪容れずに帰ってきたのはブーマーの罵声。
いつのまにやら俯いた顔は天に向かって上げられており、蔑む様にカエンを見下ろしている。
カエンは自らの頬につつ……と流れる物を感じた。
「ぐっ! 泣かない。アタシは泣かないからなっ……!」
「ほらほら、涙拭きなさぁい」
「そう言えばカエンさんも毒キノコだったわね……」
ぐしぐしと涙を拭きながらムスカリアに慰められるカエン。
ブーマーはまるで反省しておらず、それどころか「毒キノコなんてマジ生きてる価値ないわ」等とのたまう始末である。
舞は対照的な二人を眺めながら「やっぱりメンタル強いといろいろ便利だなぁ」と場違いな事を考えていた。
「まぁ、パイセンのお陰でアイドルに必要な事が何か分かった訳だ。後はアタイ達がそれを忘れずに邁進すればいいわけだな!」
かき混ぜにかき混ぜた後に、したり顔でシメに入るブーマー。
厚顔無恥極まりない態度に全員呆れてしまうが、それ以前にこのまま彼女の言うとおりアイドルを目指して良いのか? という不安が膨れ上がってくる。
「心意気はともかく、私は踊りとか苦手だわぁ」
「アタシも歌とかはちょとなぁ……」
そもそも二人とも半ば惰性でここまで来たようなものだ。
本当にアイドルをする気など初めから無い。
それどころか発案者であるブーマーですら本当にアイドルをする気があるのか定かでない。
体中からありありと拒否のオーラを出す二人。見かねた舞はなんとか二人が開放されないかと助け舟を出す。
「うーん、ちょっと気になるんだけど。ブーマーさんはどうしてアイドルになりたいの? 何か理由があるのかしら?」
「えっ? まぁ、一応あるにはあるんだけどな……」
もしブーマーがアイドルを目指す事に何か重要な秘密があるのだったら?
それを知れば彼女がここまで必死になる理由も分かる。
その理由が分かれば、また違った解決方法――つまり自分やムスカリア、カエンが巻き添えにならない方法を見つかるはずだ。
その様な意図を持っての質問だったが、対するブーマーは急に言葉を濁し始める。
「気になるわ。どうしてアイドルなの? 教えて頂戴」
「えっ!? そ、そんなの恥ずかしくて言えるわけねーだろ!」
途端にあわあわと慌てだすブーマー。
その様子に演技臭さは感じられない。
心の中で小さく微笑む舞。どうやらこんな身近な所に解決の糸口は隠されていたらしかった。
「私も気になるわぁ。ねぇ、教えてブーマーちゃん」
「そ、その、えっと……」
「あ、アタシも気になるなー」
「ううう……」
舞の意図を察したのか、ムスカリアとカエンからも援護の言葉が飛んでくる。
先ほどとは打って変わって、きゃいきゃいとした休憩時間の女子校の様な空気が室内を満たす。
まるで女子会だ。
このメンバーでこんなほのぼのとした事が出来るとは思わなかった舞は、このチャンスを逃すまいとブーマーへ最後のスパートをかける。
「早く、早く。ブーマーさん」
「その……」
「「「うんうん!」」」
恥ずかしそうに上目遣いで見つめてくるブーマー。
普段の言動から敬遠される彼女だが、こうしてみると非常に可愛らしい。
これならば確かにアイドルと言っても差し支えないだろう。
さぁ、どんな理由だろうか?
もしかして、もしかしてだが、好きな人に振り向いてもらう為だったらどうしようか?
舞の妄想力がマックスになり、少女らしさ溢れる空想が頭の中を満たす。
「アタイ、――現金が欲しいのっ!!」
「「「…………」」」
そして満たされた空想は一瞬で掻き消えた。
「もう! 何言わせるんだよ! 恥ずかしくて顔が真っ赤だよー!」
ゆでダコの様に顔を赤くし、頬に手を当てながらイヤイヤと恥ずかしがるブーマー。
「ほ、他の皆にはナイショだぞ!? バレたらお嫁にいけない!」
片手を腰に、もう片手で人差し指をピンと立ててまるで言い聞かせるように友人達を牽制する。
反面、舞達は完璧な無表情だった。
「なんで乙女チックなんだよ……」
「欲望しかないわねぇ、忠実だわぁ」
「そ、そんな事言っちゃダメよ。ブーマーさんにも何か理由があるんだと思うわ! ね、ねぇブーマーさん。どうしてお金が欲しいの? やむを得ない事情があるんでしょ? 私に教えて?」
掻き消えた少女チックな妄想を掻き集め、なんとか再起を図る舞。
このままでは終われなかった。
なにかあるはず。こんなオチはあんまりだ。きっと恥ずかしがっているだけだ!
現実を直視できないキノコは無謀な挑戦を行う。
「え? ブランド物のバッグ買い漁りたいだけだけど?」
「…………」
最後の希望は無残にも打ち砕かれる。
ブーマーはブランド物に目がないだけだった。
「後スマホを新機種が出る度に買い換えたい」
「そ、そう……。素敵な目標ね」
そして新しい物にも目が無かった。
ブーマーを最後まで信じた舞は、人を見る目が完全に欠落していた。
「シーズン毎に買い換えるなんて贅沢だわぁ」
「アタシなんてまだパカパカ携帯なんだけど……」
自分達の携帯を取り出しならが、ほれほれと見せ合うカエン達。
ブーマーが最新機種のスマートフォンを見せびらかし、カエンとムスカリアが羨まし気な声を上げる。
人里はなれた深い森の中、平和を体現したかの様なキノコの娘達が住むこの場所に突如現れるハイテク機器。
経済界による豊かさという名の侵略は、こんな所にまで押し寄せていた。
「頭痛がしてきたわ……」
「真剣に話を聞くからそうなるんだよパイセン」
「そうよぉパイセンちゃん。話半分が適量だわぁ」
「だからパイセンって呼ばないで!」
舞はここに来てようやく理解する。
この奇想天外なブーマーと曲がりなりにも一緒に行動しているのだ。ムスカリアやカエンが普通の筈がない。
自分が愚かだった。話半分――否。話を最初から聞いてはダメだったのだ。
自らの心労と引き換えに真理を得た舞は話のシメに入る。
このままダラダラと話を続けても胃に穴が開くだけだ。
「はぁ、はぁ……。ま、まぁ動機はとりあえず置いといて。頑張れば夢が叶うと思うわ。それに、踊りが踊れるって素晴らしいじゃない。えっと、その……アイドルも素敵だと思うし。お金は重要よね、うん」
「パイセン……」
ブーマーが感極まった様子で舞を見つめる。
当然の如くその視線を無視しながら、舞は自分の言葉を強引に続ける。
「私は大勢の前で踊るのが苦手で一人づつのレッスンになっちゃうかもしれないけど……それでも精一杯の事はする。頑張りましょうブーマーさん。ムスカリアさん。カエンさん。私、皆を応援するわ!」
とりあえず、場当たり的な言葉を述べる舞。
彼女はこの場さえ凌げればどうでも良かった。何故ならレッスンは一対一。ムスカリアとカエンは初めからやる気が無いのでどうとでも言い包める事ができるし、ブーマーはそもそも次に会うまで覚えていないだろう。
「ありがとうパイセン。アタイ頑張るよ。一生懸命頑張るよ。そして、そして――」
舞の両手を握り、ブンブンと上下に振るブーマー。
形ばかりの笑顔を返す舞。とりあえずアイドルになりたいと言っているのだ。否定する理由も無い。
「絶対に『歌って踊って食べられる立派なトップキノコ』になるよ!!」
「「「食べちゃダメ!!!」」」
前言を一瞬で撤回し、ムスカリア達と一緒にブーマーを止める舞。
否定する理由は割りと簡単にあった。
「毒キノコだからって差別すんじゃねぇよオラぁぁ!!」
暴れるブーマー。止めるムスカリアとカエン。
舞はその様子を、暗澹たる思いで眺める。
結局その数日後、案の定アイドル業に飽きたブーマーは「普通のキノコの娘」に戻る宣言を行う。
舞がいらぬ気苦労をするだけの一日であった。