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アイドルキノコ

 ――『キノコの娘』


 世界中に数多く存在するキノコ。

 そのキノコがもし可愛らしい女の子になっているとしたらどうだろうか?

 ほとんどの人は知らないが、実は彼女達はひっそりと存在している。

 それがキノコの娘。

 可愛らしく、人々に愛され、中には毒を持ち、それでも人を魅了して止まない。

 これは、そんな彼女達のほのぼのとした日常を描いた物語。

 今日はどんな出来事が彼女達を待っているのだろうか?

 秘密のヴェールに包まれたキノコの娘。

 彼女達の優雅な日常を、そっと覗いてみようと思う。


   *   *   *


 人里から離れた深い森の中、そのとある場所。

 人が滅多に立ち入らないこの場所では、その恵まれた環境もあってか沢山のキノコの娘が日々を楽しく過ごしている。

 彼女達は基本的に穏やかだ。

 争いを好まず、森の生き物達と共存している。

 木々も、動物も、空も大地も彼女達の友達。

 たまに見かける人間も彼女達にとっては大切な友人だ。

 誰もが愛し、そして愛される。

 それがキノコの娘達。


 そんなキノコの娘がここにも一人。

 短い白髪に赤と白が美しいゴシックロリータ調のドレス。

 手には赤に白の水玉が特徴的な日傘を持っている。

 彼女の名前はアマニタ・ムスカリア。

 毒キノコである『ベニテングダケ』のキノコの娘だ。


 切り株のイスに座っていたムスカリアは、んんっと大きく伸びをして何をするでもなく穏やかな表情で遠くを眺める。

 木漏れ日が優しく照らす中、森の片隅にある小さなその場所がムスカリアの特等席。

 彼女はそこで一人寛いでいる。

 切り株で出来たイスとテーブル。

 硬い木の実の殻用いたカップには朝露のドリンクが注がれている。

 若葉の皿には木苺のデザート。

 小さなお茶会は人に知られる事もなく静かに開催されている。


 朝露を飲み、木漏れ日を一身に受ける。

 彼女の特徴でもある赤が日光を受け鮮やかに映えていた。

 小鳥たちのさえずりが森の隅々に響き渡り、大小様々な動物達の息遣いがあらゆるところから感じられる。

 森は生命力に溢れ、優しさと暖かさで包まれている。

 『ベニテングダケ』のキノコの娘であるムスカリアは、毒キノコには似つかわない柔和な笑みを浮かべ、幸せそうに森と共にゆったり流れゆく時間を楽しんでいた。


「やっほー。ムスカ」

「あら、カエンちゃん。こんにちわぁ」


 静かなお茶会に来客が現れたのは、ちょうどムスカリアが一人に退屈し始めた頃だ。

 やってきたのは燃えるような真紅の髪と黒と赤のヘヴィメタファッションに身を包むキノコの娘。

 彼女は火焔カエン。

 猛毒キノコである『カエンダケ』のキノコの娘だ。

 もっとも、その見た目と毒キノコには似つかぬ性格をしており、根は非常に穏やかで健気である。

 その為穏やかな気性のムスカリアとも非常に気が合うらしく、こうして時間があれば頻繁に互いを訪問していた。


「ご一緒してもいいかい?」

「ええ、もちろんよぉ。ちょうどお話するお相手が欲しかったの」

「それはよかった」


 突然の来訪を気にする事なく、ニコニコと柔らかな笑みで切り株のイスを勧めるムスカリア。

 カエンも勝手知ったる様子でイスに座ると、ニカリと屈託の無い笑顔を浮かべる。

 そうして始まるのは二人のキノコの娘によるお茶会。


 さぁ、今日はどんな話題を持ちだそうか?

 新しくお友達になったキノコの娘について?

 最近生まれた動物の子供の可愛らしさ?

 それとも最近偶然出会った人間の事?

 話題は尽きる事はない。

 どれもこれもが平和で穏やかなものだ。

 それがキノコの娘の日常。

 彼女達の幸せで楽しい日々だ。


 もちろん、彼女達とて毎日順風満帆に過ごしているとは言い切れない。

 時にトラブルや問題だって発生する事がある。


「大変だーーーっ!!」


 その事実を証明するかの様に遠くより助けを求める声がやってくる。

 あわあわと慌てながら駆け寄ってくるのは、琥珀色の美しい髪を持つ一人のキノコの娘だ。

 顔色悪くふるふると常に震えているのは彼女が有毒キノコである『シビレタケモドキ』のキノコの娘だからだろうか?

 彼女の名前はシロシベ・キューベンシス。

 "ブーマー"の愛称で呼ばれる、少し変わっているが大切な友人だった。


 はぁ、はぁと息を切らせるブーマー。

 『ベニテングダケ』のムスカリアと『カエンダケ』のカエンは思わずお互いを見合う。

 どんなトラブルが起きたのだろうか?

 もしかして大変な事?

 一抹の不安がムスカリアとカエンを襲う。

 だがそんな不安も些細な事だ。

 何故なら彼女達は今まで多くのトラブルを解決してきた。

 それは同じキノコの娘の協力もあったし、森の仲間の協力もあった。

 時には人間が助けてくれた事もある。


 彼女達――キノコの娘には沢山の仲間がいる。

 沢山の助けてくれる人がいる。

 ならばトラブルを恐れる必要は無い。

 彼女達に解決出来なかった事なんて無いのだから。

 戸惑いも過ぎ去り、ムスカとカエンに宿るのは頼もしい笑みだ。

 まずは話を聞いてみないと始まらない。さっそくブーマーを落ち着かせる。

 頃合いを見計らってトラブルの内容を尋ねるムスカリア。ブーマーも落ち着きを取り戻したのか息を整えている。

 時間にして一分程度だろうか?

 やがて彼女はゴクリと息を呑み――。


「日経平均株価が軒並み下落して、キノコ農家への影響が必至なんだよ!!」


「「あ、はい」」


 完全にメルヘン的な世界観が醸しだされていた平和な森。静かなる新緑の大地に経済界の洗礼が突如雷鳴の如く訪れる。

 本日付の経済新聞を切り株のテーブルに力強く広げたブーマー。鼻息荒く本日の株価下落幅を伝える彼女に、カエン達はただ小さく返事をすることしか出来なかった。


 ―――…

 ――…

 ―…


「申し訳が立たねぇよ……。このままじゃぁアタイ、キノコ農家の人達に申し訳が立たねぇよ!」


 切り株で出来たテーブルは今やブーマーによって広げられた経済情報誌によって完全に覆い尽くされている。

 ダンッと自らの苦渋を吐き出すかの様にテーブルを荒々しく叩くブーマー。

 ムスカリアとカエンはその様子を無表情で眺めている。


「立たねぇよ……。立つかな? 若干その気配あるけど……、やっぱ立たねぇ! ギリ立たねぇ!」


 立つかな? 立たないかな?

 先ほどからブツブツと同じ台詞を繰り返しながら経済新聞に赤チェックを入れるブーマー。

 耳の上に載せられた赤ペンがやけに様になっている。

 このままでは埒が明かない。

 どうせ話が進展する事もないだろう。

 自らの友人がおよそ理解できない凶行をしがちな人物である事を思い出したムスカリアとカエンは、いやいやながらも経済情報誌の山の上で泣き崩れるブーマーへと声をかける。


「いや……別に関係ないだろ?」

「そ、そうよ……多分大丈夫だと思うわよ?」


 彼女達の言葉は至極まっとうなものだ。

 キノコの娘に日経平均株価は関係ない。森で日々を過ごす彼女達には国内経済や為替、株の動き等の経済情報は無縁の物だ。

 だがしかし。

 残念な事に正論を伝える事が正しいとは限らない。

 特に、頭のネジが全部外れて絶賛旅行中のブーマーの様な人物にとっては……。


「なぁ……。なんでそんな呑気なんだ! キノコ農家の人達が飢え苦しみ、今まさに首を括ろうとしているこの東京砂漠。そんなディストピアジャパンにお前らはなんの感慨も抱かないのか!? お前らの血は何色なんだ!?」

「東京砂漠関係ねーし、日本はディストピアでもねーよ」

「それに私達って、ほら、キノコでしょ? 血とか流れてないわよ」

「は、話にならない、ゆとり教育だ。ゆとり教育が産んだ、ゆとりキノコだ。ゆとりあるキノコだよお前らは……」


 あわわ、とまるで自分が正しいかの様にカエン達の言葉にドン引きするブーマー。

 意味がわからない主張にムスカリアとカエンも辟易としている。

 もちろん、ブーマーが彼女達の言葉に耳を貸すことは無い。

 唯我独尊。それがブーマーだった。


「そもそもムスカの言う通りアタシ達はキノコの娘なんだから、人間の経済とか関係ないだろ? それにその位でダメになるほどキノコ農家の人達もやわじゃないさ」


 カエンは根気よくブーマの説得を続ける。

 普通なら呆れて適当に聞き流すところだが、生来の穏やかで健気な性格がそれを良しととしなかった。


「ほ、ほんとうに……?」


 献身的な言葉は不可能と思われたブーマーの説得に明るい兆しを見せ始める。

 涙ながらにキノコ農家の困窮と政府による支援の必要性を訴えていたブーマーは、縋る様にカエンを見つめて彼女の言葉を心の中で反芻している。


「そうよそうよ。それに日経平均株価をよーく見てごらんなさい。確かに今週は7ポイントの下落だけど、月間推移でみればむしろ上げ幅だわ。上昇トレンドで加熱した市場が一旦落ち着いたと捉えるのが市場アナリスト的に正しい見方よ」


 ここぞとばかりに援護の言葉を告げるのはムスカリアだ。

 カエン同様穏やかな性格を持つ彼女は、荒唐無稽なブーマーの主張とは言え彼女が嘆き悲しんでいる事を見逃す事はできなかった。

 暇だからと戯れに在宅取得した、『ファイナンシャルプランナー』の資格が初めて役に立った瞬間だった。


「も、もしかして。立つのか? その……申し訳が?」


 涙をはらはらと流しながらカエンとムスカリアを交互に見つめるブーマー。

 二人はいまだに不安げなブーマーに向け満面の笑みでその妄執を拭い去る。


「まぁ、気にするほどのことじゃねぇって事だな!」

「ブーマーちゃんは心配症ねぇ」


 顔を俯かせふるふると震えるブーマー。

 その震えははたして彼女の性質から来るものか……。

 ゴシゴシと涙を拭い、バッと勢い良くあげられたその顔には先ほどまでの悲壮感は一切ない。

 まるではるか遠く、空の上で光り輝く太陽の様に眩しい笑顔だ。


「立つんだ! 申し訳が立つんだ!! よかった! 立たなかったらどうしようかと思った! 本当、立ってよかった!」

「その無闇矢鱈と立つ立たないにこだわるのやめてくれね?」


 ブーマーは細かい所にこだわる娘だった。


「でも、これで一件落着ね! ブーマーちゃんの杞憂に終わって良かったわぁ」

「まぁそういう事だな。世は事もなしってやつだ!」


 パンッと小さな音が鳴る。

 ムスカリアとカエンがハイタッチした音だ。

 今日の問題はこれで解決。

 まるでそう言わんばかりにお互いを見つめ、微笑み合う二人。

 これがキノコの娘の日常。

 なんだかんだ言っても平和で楽しい毎日。

 さぁ、後は楽しいお喋りの時間だ。

 ブーマーも交えればさぞや楽しい物になるだろう。

 どちらともなく、ブーマーに向けて手を差し出すムスカリアとカエン。

 後はブーマーがハイタッチしてこれで終わり。

 二人はブーマーに向け、視線で合図を送る。

 彼女は何やら少し逡巡した様子を見せていたが、やがてはにかみながら二人の手に向け自らの手を差し出そうとし……。



 パァン――と甲高い音が平和な森に鳴り響く。



「だが! アタイはまだ納得していない!」


「「ええーっ……」」


 ブーマーは怒りの表情で二人の手を叩いた。

 カエンとムスカリアの想像以上に、ブーマーという娘は面倒臭いキノコだった。


 ダンッと机の上に飛び乗るブーマー。

 まるで演説台で聴衆に言い聞かせるかの様に、大げさな身振り手振りで己の主張を始める。


「キノコ農家がここまで経済状況に左右されるのも偏にキノコの地位が低いからだ。キノコに無限の金を生み出すほどの需要があれば、キノコ農家の人達は世の理不尽を嘆きながら首を吊る事もねぇんだよ。全ては人気が無いのが悪い!」


 もはやここまでテンションの上がったブーマーを落ち着かせる事は不可能だろう。

 そう判断した二人は必要最低限の相槌でこの事態を切り抜ける事を決意する。

 平和だの、森の友達だの、穏やかな時間だの言ったところで彼女達にも心がある。

 こんな面倒事に巻き込まれてなお根気よく間違いを言い聞かせてやるほど、彼女達は人間――キノコができていなかった。


「分かるか!? ひいてはアタイ達、Daughters(ドーター) Of(オブ) KINOKO(キノコ)の知名度が低いのが問題なんだよ!」

「キノコの娘って言えよ。なんで英語なんだよ……」

「しかも微妙に間違ってるわぁ」


 突っ込みに気合が入っていない。

 この問題に対する二人のスタンスが透けて見える。

 事実カエンは今晩の夕飯の事を考えていたし、ムスカリアは新しく取得する資格の事に思いを馳せていた。


「そこでお前らに質問だ。アタイ達はなんで知名度が無い? 人間に知ってもらえない根本理由は何だ!?」

「う、うーん?」

「難しい問題ねぇ……」


 突如質問を突きつけられ戸惑う二人。

 話半分に聞いていた為、咄嗟に良い答えが出てこない。

 それでなくても難しい問いであり、そもそも正しい答えでブーマーが納得するとも思えない。

 うんうんと悩む二人。

 とりあえず答えておかないとブーマーがまた理解できない癇癪を起こす可能性があった。

 どうしたものか。悩む二人であったが、その様子をブーマーがどうとらえたのかもういいとばかりに答えを叫ぶ。


「アイドルっぽさが足りないからだよ!!」


 バーンっと効果音が付きそうな程の声量と自信によってもたらされた答え。

 近場の木々からギャーギャーと鳥達が不機嫌な声を上げて飛び立っていく。

 だがしかし、アイドルとはどの様な意図があるのだろうか?

 まったく話が見えてこないムスカリアとカエンは不思議そうにお互いの顔を見つめ合いながら眉をひそめている。


「アイドルっぽさ?」

「人間さんからの人気って事でいいのかしら?」


 コクリと頷くブーマー。人差し指をピンと立てて説明を始める。


「知名度と人気は切っても切れない関係にある。知名度を上げるには人気が必要だ。そして人気を上げるには魅力が必要だ! 故にアイドル!」


 ブーマーの目的はどうやらキノコ農家の救済からキノコの娘の知名度上昇にシフトしたらしい。

 どういった思考経路でその結論に至ったか、ムスカリアとカエンが理解する暇を与える事無くブーマーの独白は続く。


「つまり。ボーナスや給料を全力で貢ぎたいって、生活費削りたいって、イベントの時は全力で応援したいって! そういう気持ちにさせる魅力が圧倒的に足りないんだ! アタイ達には!」


「いや、そこまではいらねーよ」

「流石に生活費は削って欲しくないわぁ……」


 アイドルには金がつきまとう。

 アイドルは金であり、金とはアイドルである。

 億万の金を稼ぐだけの実力があれば、自ずと知名度はついてくる。

 ブーマーの理論は大凡その様な感じだ。

 もちろん、世間一般に理解できる類のものではない。


「キミらは下積みだ。トップアイドルを目指して大空に羽ばたこうとしている雛なんだよ!」

「なんだよトップアイドルって……」

「じゃあトップキノコだ!」

「余計にわからないわぁ……」


 二人は既に呆れ顔だ。

 話がどんどん明後日の方向に飛んでいき、もはやムスカリアとカエンの理解の範疇を超えている。

 もっとも、ブーマー本人も半分程度は自分の言っている事が理解できていない。その事実を知らない二人はある意味幸せなのかもしれない。


「とりあえず、どうすれば人気を稼げるか。今から媚びに媚びた台詞をアタイがお手本として見せてやるから刮目せよ! して下さい!」


 先ほどまで威張り散らしていたにもかかわらず、今度は土下座せん勢いで自らの演技を確認する事を要求してくるブーマー。

 普通なら適当に相槌を打つ所だが、二人とも興味があったのか快く返事を返す。


「よし。おほんっ――」


 小さな咳一つ。

 両手を胸の前で組み、何やらいたいけなポーズを取り始めるブーマー。

 隠すことの出来ない興味を持ってムスカリアとカエンはお手本とやらをを待つ。

 彼女が演じるアイドルとはどの様なものなのだろうか?


「――1時です。もう、司令官ったら! お昼ごはんはさっき食べたばっかりでしょ!」


「おい馬鹿やめろ」


 カエンは間髪容れずにブーマーの暴挙を静止する。

 身を乗り出してブーマーの口に手を当て、それ以上余計な事を言わない様に必至の形相で頭のネジが外れたキノコを拘束している。


「どこから突っ込んでいいかわからないわぁ……」

「ぷっは! 萌えるだろ?」


 カエンの拘束を無理やり外し、成し遂げた者特有の満足気な表情でニヤリと笑うブーマー。悪びれた様子は一切ない。


「燃えるわ。盛大に炎上するわ」

「とりあえず司令官はやめましょうねぇ、ブーマーちゃん」


 冷や汗をかきながらそろりそろりと注意するムスカリア。

 彼女とて余計な藪をつつく趣味はない。その注意は細心の慎重さをもって行われている。


「あ、これは司令官って言っても"キノコ狩り部隊総司令官"の略だから。変に勘違いしないでくれます?」

「むしろどういう経緯でその総司令官が出てくるんだよ!」


 だからと言ってブーマーが反省するとは限らない。

 このキノコの娘は徹頭徹尾こうなのだ。

 頭の先から足の爪先まで。

 全てにおいてぶっ飛んでいる。それがブーマーというキノコだった。


「とにかく! お手本は見せた! 後は背中追いかけて! 盗め! アイドルとしてのあり方を盗みまくれ! ただし法律違反は勘弁な!」

「いや、別にアイドルになりたいわけでもないんだけど……」


 ムスカリアが己の保身の為にひたすら影に徹している最中。

 返事がないのを不満に思ったのか、ブーマーのターゲットはカエンに移る。

 彼女はなんとしてもカエンをアイドルに仕立てあげたかった。

 もちろん、ブーマーは自分自身を既にトップアイドルであると認識しているので、この行為は仲間を得るため以外の何物でもない。

 もっとも、カエンにとってはいい迷惑だったが……。


「お前なら出来るよカエン。トップアイドルにさ! アタイを信じろ!」

「でもアタシがアイドルになってもなぁ……」

「お前はまだ自分の可能性に気がついていない、カエン! お前はアイドルの素質がある! なれるんだよ! お前もアイドルに!」


 必至の形相でカエンを説得するブーマー。

 カエンはその容姿に反比例して根が純情な娘だ。

 ネジが飛んでいるブーマーとは言え、そこまでアイドルに向いていると言われれば次第に本気になってきてしまう。


「うう、そこまで言われると。でも、アタシでもカワイイって言ってくれる人――いる、かな?」


 もじもじと両指を胸の前でいじりながら、上目遣いに尋ねるカエン。

 普段の快活な様子とは裏腹に、今は恥ずかしげに頬を染めてまんざらでもない様子だ。

 意外なギャップに空気となっていたムスカリアまでもが思わず微笑んでしまう。

 だが。


「…………」

「…………」


 ブーマーは、ぼーっとした表情で近くを飛ぶチョウチョを眺めていた。


「…………」

「…………」


 ブーマーがぷるぷる震えだす。視線はチョウチョに釘付けだ。


「…………」

「…………おい」


 遂にブーマーは満面の笑みでチョウチョを追いかけていく。

 森の奥へとフェードアウトするブーマー。

 彼女の代わりか、今度はカエンがぷるぷると震えだす。


「だ、大丈夫! カエンちゃんカワイイわよ! ファンの人沢山つくわぁ!」


 ガバっと立ち上がり慌てた様子でカエンのフォローに入るムスカリア。

 そのフォローが逆に無慈悲な刃となってカエンの心にえぐり込む。


「やめろよそういうの! 辛いだろ!」

「だ、だってブーマーちゃんがここまで華麗にテンション切り替えてくるとは思わなかったの! 何か言わなきゃって! このままじゃカエンちゃんが耐えられないって! 心を閉ざしちゃうって!」

「なんかアタシが可哀想な子みたいだろ!?」

「そ、そんな事ないよぅ」


 カエンは既に涙目だ。

 普段快活で、見た目だけで言えば近づきがたい雰囲気があるカエン。

 そんな彼女が涙目で凹んでいる。

 めったにお目にかかれないその出来事に、何故かムスカリアの心の中でゾクゾクとした感情が沸き起こってくる。

 もちろんムスカリアはその事を口に出す様な事は無い。

 彼女は空気が読めるキノコだ。

 友人が涙目になっているのを喜ぶドSのどこが空気を読めるのか? という疑問が湧いててくるが、そもそも彼女は毒キノコなので致し方ない事だった。


「煩いぞひよっこ共が! 芸の一つも出来ねぇ癖にぴーぴーさえずりやがって! ついてこい! トップキノコ目指して! レッスン開始するぞ!」


 そしてやってくるはチョウチョとの追いかけっこに飽きたブーマー。

 彼女の中では既にムスカリアとカエンがアイドルを目指す事は確定事項らしい。


「「嫌な予感しかしない……」」


 大きなため息をつき、己を待ち受ける未来に絶望する二人。

 テンションが最高潮に達したブーマーによって引きずられる様に森の奥へと駆けてゆく。

 これもまたキノコの娘達の日常。

 他愛のない交流の一つだ。

 もっとも、これから様々な面倒事の解決を求められるムスカリアとカエンの二人にとってはたまったものではないが……。


 駆け抜ける三人を森の木々がそっと見守る。

 こうして、毒キノコ三人娘によるトップアイドルを目指す長い道のりが始まったのであった。

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