プロローグ3 そうして世界は
邪神を倒した魔王と勇者、そして亜人と人類。
しかし喜びは少なかった。
邪神を倒したその日、勇者として戦った少女は、深い眠りについた。
邪神との戦いは熾烈を極めたが、少女が息絶えるような傷も呪いも受けてはいない。
だが、少女はもう呼びかけには答えなかった。
邪神が倒され、少女が眠りについた日の夜、魔王の前に女神が現れた。
ひどく狼狽した様子の女神は、魔王に泣きながら語りかける。
人類が奴隷制度を布いていた頃、世界のバランスが崩れかけていた。
どうにかしてバランスを保っていたが、その狂いは日に日に大きくなっていった。
魔王が現れ、そのバランスが僅かに保たれたが、局地的には更に大きくバランスが崩れ、その局地とは邪神が生まれた地。
バランスとは簡単に言えば信仰の善と悪。
その局地のバランスを取るべく、勇者を神託し、バランスを保とうとした。
バランスの崩れた自分には、無条件で勇者を勇者たらしめる能力を授けることが出来ず、その命を代償に勇者たる力としていた。
本来なら、魔王を打ち倒すか、魔王と共に世界を変えた時点でバランスは保たれ、少女はもとの生活に戻れるはずだった。
しかし、追い詰められた人類の、僅かな人類の欲望は凄まじく邪神を生まれさせてしまった。
そして少女は自身の後先のことなど考えず邪神を打倒したのだ。
もっと私に力があれば、もう力のない私が勇者を信託しなければ。
そう言って女神は俯いた。
長い沈黙。
そこまで黙って話を聞いていた魔王は、顎を右手でさすりながら口を開く。
すまん、俺はどうやらバカなようで難しい話はよくわからん。
ひとつだけ、教えてくれ。
お前はあの少女を無理矢理勇者にしたのか?
女神は勢いよく首を振る。
いいえ、あの娘には全て話していたわ。
ならば。
俺にはお前を責める謂れはない。
それに勇者もあれほど安らかに眠っているのだ、お前を責める気持ちなぞ芥子粒程もないだろう。
さて、それでお前の要件はそうだけなのか?
女神は静かに首を振る。
いいえ、まずは貴方に知っておいて欲しかった。
私が如何に無力なのかを。勇者が何故邪神を倒した後、眠ってしまったのかを。
そして聴いて欲しかった。これから話すお願いを。
---端的に言えば、勇者は死んではいない。けれどそれはなんの希望でもない。
私の中の善の力が弱まっているせいで、邪神を滅ぼすまでには至らず、そこを邪神に漬け込まれ、邪神に魂を乗っ取られかけている。
それを勇者は逆手にとって、自分の魂ごと封印している状態なのです。
正直このままでいれば、邪神は永遠に封印できる。しかし、少女もまた輪廻転生の輪から外れ、永遠に邪神を封印する器となってしまう。
そこで魔王である貴方にお願いがあるのです。
世界の各地にいくつか信仰の強い土地があります。そこで勇者の中の邪神の力を封印していって欲しい。
邪神の力全てを封印することができれば、勇者も眼を覚ますことができるはずだ。
だけど、封印するための私の力は今とても弱っている。勇者が眠りについたことで人々の不安は大きくなり純粋な善の信仰が集まらなくなったからだ。
勇者の資質を有する少女でさえ、信託による力だけでは十分でなく、魂を削ることになった。
魔王たる貴方が現在神託を託せる唯一の存在ではあるが、勇者以上に魂を削ることになる。
はっきり言えば、貴方が命を削って危険な邪神封印をしても、得られるのは勇者が目覚め数年生きれるかどうかという結果しか得られない。
魔王は数瞬すら迷うこともなく、静かに頷いた。
それから数年、魔王は何人かの仲間達と少しずつ邪神の魂を封印していった。
しかしおそらく次が最後の封印になるだろうと歩みだしたところで、前のめりに倒れてしまった。
最後の封印は仲間たちが少しずつ魂を削り、封印することができた。
最初から魂を削る話を聞いていれば、そう魔王の腹心だった男は嘆いたが、魔王は誰一人犠牲にしたくなかったのだ。
目覚める勇者にも病死したと伝えて欲しいと頼んでいた。
そうして世界は、やっと救われたのだ。