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プロローグ1 たとえ魔王と呼ばれても

 かつてこの世界では大きな戦いがあったらしい。


 人類と亜人種の戦い。

 発端は人類の欲望によるもので、肥沃な大地も然ることながら亜人種特有の労働力を手に入れること、要は奴隷としての資源を手に入れること。

 亜人種個々の能力は決して人類に劣るものではなかったが、局地戦においては戦術に大きな差があった。

 亜人種達も激しく抵抗したが、亜人種達で手を組むこともなく、種族のプライドによって孤立した戦力では勝利をもぎ取ることは終に成し得なかった。

 後に云う人亜戦争である。


 俺が生まれたのは人亜大戦から何十年かが過ぎた頃だ。小さな村で、両親と暮らしていた。

 うちは亜人、エルフという種族で主に魔法で働いていた。

 村には他にも獣人やドワーフ等が住んでいて、皆優しい良い人達だった。

 人亜戦争時には協力体制を成し得なかったが、戦後少数になった亜人の部族はこうして集まり暮らしていたらしい。


 好きな子もいた。


 俺が20歳を過ぎた頃、穏やかな村に変化が訪れた。

 都会の方で奴隷として働いていた亜人達が減ってきたらしく、補充の為に奴隷商人がこの村にもやってくるようになった。


 俺は最初なにも分かっていなかった。

 彼に認められれば、都会で暮らせる。そんなふうにしか考えていなかった。


 --、甘かった。俺は何も分かっていないバカなガキだった。

 20年も生きて、人亜大戦の話も聞かされ、学んだ気でいた。

 奴隷商人をただの都会で働くためのスカウトのようなものだと思っていた。

 奴らが今回補充にきたのは、性奴隷だった・・・。


 さらに俺はバカだった。

 その奴隷商人が目を付けたのは俺が好きな子だった。

 無我夢中で奴隷商人を痛めつけてしまった。


 人亜大戦後、人と亜人の力関係ははっきりしている。

 奴隷商人がそんな目にあったのだ、間もなく人と奴隷亜人の大群がこの村を踏み潰しにくるだろう。

 村の人達を俺のせいで殺してしまう、ならばさっさと俺が首を差し出せば、村は救われるだろう。


 やっぱり俺はバカだった。

 村の人達は俺に逃げろと言った。

 好きな子を守ったのだ、その子を連れて逃げろ。

 良くやった、俺達も人なんぞの思い通りになるくらいなら此処で派手に散ってやる。

 亜人の意地を見せてやれ、人共に我らが思い通りにならなかったと思い知らせてやれ。

 我らが散ってもお前達が生き延びれば、さぞかし人共の愉快な顔が見れるだろう。

 娘を、よろしく頼む。

 そんな言葉をかけられ、俺はその子と村を離れた。


 村から一つの山を越えようとした辺りで、村が燃えている様子が見えた。

 猫耳獣人のおじさんはいつも狩りの獲物を分けてくれた。

 ドワーフのおっちゃんは家の修理等を手伝ってくれた。

 同じエルフの一家とは、村が日照りの時に一緒に雨を降らせる魔法を使った。

 優しい優しい人達の笑顔だけが浮かんでいた。


 一緒に逃げたその子には何度も両親や村を犠牲にしたことを謝った。

 その子は気丈に笑って、私達が村の分も笑顔でいることが人類への反抗なの、だからいっぱい笑って暮らしてやりましょう。そう言って俺を抱きしめてくれた。


 何年か経って、子供が生まれた。彼女に似たとても可愛い子だ。

 村を離れてから、俺達は森の中でひっそり暮らしていた。

 どこか別の人亜の村に逃げ込むことも考えたが、そこに奴隷補充以外の目的であろうと人が立ち入り、俺達を発見したら、その村に迷惑がかかる。

 だから俺達は誰にもかかわることもないように、森の中でひっそりと暮らしていた。

 日々成長する子供と愛しい妻と、穏やかな、とても幸せな日々だった。



 ・・・俺はどこまでもバカだった。

 今でも思うよ、何故ずっと傍に居なかったのか、と。

 その日俺は妻の誕生日を祝うため、住処からかなり離れた場所まで狩りに出かけていた。

 大きな兎が2匹も取れた。兎肉は妻の大好物だ。

 あの大きな目を輝かせて、きっと喜んでくれるだろう。そんなことを考えると自然と俺も笑顔になった。


 異変はすぐに気付いた。

 普段炊事で火は使う。細い細い煙が頼りなく天に伸びる様子が、普段の狩りの帰り道での俺の楽しみだった。

 どう見ても煙が違う、普段の灰色の細い煙ではない。


 あの日、村が焼き払われた日に見た、そんな禍々しい煙だ。

 俺はすぐに走り出した。

 木の根に足を取られ、小枝に体を切られ、泥だらけになりながら、張り裂けそうな心臓を押さえつけ、流れる汗は疲労じゃない、激しい動機からくる冷や汗だ。


 住処は焼き払われ、衣服もまとわず無残に転がる妻と子供の姿があった。

 近くには50人程度の軍隊がいた。

 下卑た笑いのままに剣を抜き、俺を取り囲む。


 --気が付けば、うめき声をあげのたうち回る兵士を見下ろすように立っていた。

 あまりよく覚えてはいないが、こんな奴らと妻子を同じ場所に置いておくことに嫌悪を覚えたのだろう、妻子の遺体を担いだまま小さな滝の前に佇んでいた。

 そこに二人の墓を作り、何日か何も考えられず、じっと墓を見続けていた。


 妻の言葉が脳裏に浮かぶ。

 私達が笑うことが、人への反抗なんだ、だからいっぱい笑ってやろう、と。


 俺は立ち上がった。

 俺はバカだからよくわからん。俺の行動がまた人亜に不幸を招くかも知れない。けど、こんな思いをするのはもうゴメンだ。


 奴隷となった亜人を解放する戦いを始める。

 人はなるべく殺すまい。

 奴隷にもせず、むしろ同じに扱ってやる。

 そして笑ってやるのだ。

 今、奴隷の上で、汚い笑顔を浮かべている奴らに、俺の愛した妻の反抗を叩きつけてやる。


 俺にどれだけの力があるかは分からない。

 だけど、人の軍とも戦えた。少しはなんとかなるだろう。

 他の亜人にも助けを借りよう。


 このままじゃダメだ。

 戦おう。


 たとえ、魔王と呼ばれても。

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