時奈の日常 type2
「硯ちゃんと好きな男性のタイプ、嫌いな男性のタイプ、どうでもいい男性のタイプについて、語り合っていたよ」
私は夕食の席で、両親に学校でのことを話していた。
「時奈のタイプはどんなの? お母さんに教えて?」
お母さんは頬杖をつきながら、ごはんを頬張る。お母さんの名前は東雲萌夏だ。お椀のまわりにはごはん粒がパラパラと散らばっていた。行儀悪いな、お母さん。お父さんは気にならないのかな? 私も行儀がいいとはいえないけれど、お母さんよりはマシだ。
「好きな男性のタイプはかっこよくて尚且つ頭が良い人。嫌いな男性のタイプは滑舌が悪い人。何を言っているのか全然わからないし。どうでもいい男性のタイプは地味で、滑舌も頭も普通の人だよ」
「ずるる……どうでもいい……ずるる……男性のタイプが……ずるる……一番条件多いんだ」
お母さんは音をたててお茶を啜っている。喋るか、啜るかどっちかにして。
「そうだね。好きな男性は二つ、嫌いな男性は一つ、どうでもいい男性は三つ。お母さんの言うとおり、どうでもいい男性が一番条件多いんだよね」
どうでもいいのに、なぜか一番条件が多いのだ。
「硯ちゃんのタイプも教えてくれる?」
お母さんは次はサラダを食べ始めた。どうでもいいけど、こぼしすぎだよ、お母さん。それをなんともほほ笑ましい表情で眺める、お父さん。
「硯ちゃんの好きなタイプは面白い人。嫌いなタイプはつまらないのに、俺、面白いやろ? って言ってくる人。どうでもいいタイプは恋愛について、無駄に熱く語ってくる人って言ってたよ」
私もつまらないのに、面白いやろ? って言われたら、イラッとする。尚且つドヤ顔されたら、顔面に拳をめり込ませたくなる。
「お母さんもつまらないのに、俺、面白いやろ? って言ってくる人は嫌いだな。中学生の時、お母さんに好意を持っていた男子が、そういうタイプだったから、鼻をへし折って一気に嫌われたことを思い出したよ」
鼻をへし折られたってことは、その男子って鼻歪んでるのかな。
「ねぇ、お母さん。何人の鼻をへし折ったの?」
お母さんに質問してみた。
「うん? えっと、十人くらいかな。一クラスに一人はそういうタイプいたし」
ということは十クラスあったってことか。一クラスに一人って多いのか、少ないのか分からない。
「お母さんは十人の被害者を出したんだね」
ごはんをサラダで包んで、頬張る。このシャリシャリ感がいい……って私も行儀悪いのかもしれない。
「被害者はお母さんの方なんだけど」
喋りながら味噌汁を飲んだために、お母さんは味噌汁をこぼしている。
「どうして?」
どう考えても被害者は鼻をへし折られた十人だ。
「その十人はお母さんをわざわざ引き止めてまで、つまらないことを言ってきた上にドヤ顔してきたんだよ。つまらないことを言われるためだけにお母さんは引き止められたんだ。時間を無駄に消費されたお母さんの方が被害者で、その十人が加害者だよ」
なるほど、そう言われれば、確かにお母さんの方が被害者に思えてくる。笑えることならまだしも、つまらないことを聞くためだけに引き止められるなんて、たまったものじゃない。それを言われたお母さんは可哀相だ。
「今の話を聞くと、お母さんが被害者で、十人が加害者だね」
最後の一口となったごはんを頬張る。
「でしょ? お母さんは可哀相なヒロインだったんだよ。主人公らしき男子は一人もいなかったけど。脇役ならたくさんいたけど。というか脇役しかいなかった」
そりゃそうだ。現実に主役を張れるような男子はそうそういない。メインヒロインを務められるような女子もそうそういない。
「その学校でヒロインと言えるような女子はお母さんだけだったろうね。まあ、悲劇のヒロインだけどね」
娘の私がいうのもなんだけど、お母さんはきれいだ。
「嬉しいこと言ってくれるね。時奈の学校には、主人公やヒロインと言えるような者はいたりする?」
お母さんが質問してくる。
「そうだね。主人公はいないけど、ヒロインと言えるような者は私と硯ちゃんかな」
ヒロインが二人いるだけでも上等だろう。
「時奈と硯ちゃんは可愛いからねぇ」
お母さんは笑う。やっぱ、きれいだな。
「ところでお父さん、まだひとこともしゃべってないよね」
私は視線をお父さんに向けた。
「時奈と萌夏が会話している姿を眺めているだけで満足だ。それだけで食欲がそそる。これで、三杯目だしな」
いつの間にお父さんは三杯目に突入していたんだろう。お母さんと会話していて、まったく気付かなかった。お父さんは学校で、きっと脇役だったんだろう。
「それでお母さんはどんな男性がタイプなの?」
「そうだなぁ、存在感があってお喋りの上手な人かな」
と言いながらまたも味噌汁がこぼれてるよ、お母さん。
「それってまったくお父さんとは逆のタイプじゃない?」
私が言うと、
「そうね。現実は見えなくてちょうどいいのかもね」
そう言って笑いながら、お母さんはその盲目の目をお父さんのいる方向に向けた。
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