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9/22

サクラサク 春

 あっという間に、私たちも卒業の日を迎えた。


 今のところ、バレー部で進路が決まっているのが、推薦で学園町の外大へ行くジンくんだけ。英語コースの特別枠推薦だとか。

 保くんは関東のほうの、将くんは東隣の県のそれぞれ公立大学の結果を待っている。私と、亮くんも楠姫城市の学園町の大学の結果待ち。あ、亮くんと同じところを目指している まっくんもか。

 教室で友達と別れを惜しんで、校門前で待っていた後輩たちとも別れを惜しんで。


 二年前の桐生さんと同じように、亮くんが後輩たちに話しかける。

「また、試合、見に行くから、がんばれよ」

 って。

 妙子(タエ)ちゃんが、目を真っ赤にしながらお花を配る。一輪花束のカーネーション。去年も一昨年も、これは私の仕事だったんだって思うと、”卒業”をしみじみと実感する

「タエ、ありがとうな。大変だろうけど、コイツらのこと、よろしくな」

 保くんの言葉に、何度もうなずくタエちゃん。その肩をやさしく保くんが叩く。


 それを先輩後輩関係なく、みんなが黙って見守る。


 いい仲間と出会えた、三年間だった。



 新しい春は、どんな出会いが待っているのだろう。



 ドキドキしながら見に行った合格発表。

 自分の番号を見つけて、思わず天を仰ぐ。よかった。受かった。

 駅の公衆電話から、待っているだろう母に連絡を入れる。

 〔あらあら、まあまあ〕

 と、喜んでいるんだか驚いているんだか判らない返事を聞いて。

 〔このまま学校行って、先生に報告してくる〕

 〔あら、そう? 晩御飯、お祝いにするから、寄り道してないで帰ってきなさいね〕

 〔あー、だったら。ハンバーグがいいな〕

 〔ええ? お赤飯にハンバーグ?〕

 〔お赤飯無くってもいいから。ハンバーグ〕

 幼稚園児みたいにおねだりをする私に、母はハイハイとおざなりに返事をして。

 〔気をつけて、行ってらっしゃい〕

 そう、電話を締めくくった。



 久しぶりに乗るバスに揺られて、高校を目指す。

 バスを降りて、三年間歩いた道を歩く。ここを歩くのは……最後になるかもしれないのかな?

 先輩たちみたいに、文化祭とかに来たらいいのか。


 三年前の高校の入学式の日には、たしか見事な桜吹雪だった高校への道。今年の桜は入学式まで持つのかな、なんて考えながら歩いていると、後ろから呼ぶ声がした。

 立ち止まって待つ私に

「ゆりも、報告か?」

「うん。亮くんも?」

 追いついてきて、にこっと笑ってうなずく亮くん。亮くんたちの受けた大学も、今日が発表の日。

 これなら、聞いても大丈夫かな?

「合格、だよ、ね?」

「ああ。春からもマサと一緒の大学に通える。ジンの外大も隣だし」

「そうか、よかった。まっくんとは向こうで、会った?」

「いや。けど受かったって、ジンに連絡が入れてあったから」

「わざわざ?」

「どっちが落ちてたら、気まずいからよ。ジンを中継に報告しようぜって」

 なるほど。確かに気まずいわ。ジンくんは、一足先に合格してるから、良いとしても。


「じゃぁ、あとはジンくんの同級生が合格してたら、バンド始められるんだね」

「誰って?」

「ジンくんが、ケ……大学に入ったら、一緒にバンドやるって言ってた子」

 おっと。危ない。

 ”怪我の時”って言いかけて、慌ててごまかす。

「ああ、あいつも合格だって」

 春から、音楽漬けの生活になるんだ、って、うれしそうに言っている。

 そっかぁ。きっと音楽の神様が、守ってくれたんだね。 

「亮くんも『バレーは高校まで』だしね」

「ジンのあの声はさ、世の中に出さなきゃ。俺の優先順位は、バレーよりもそっちが上」

 これは……音楽馬鹿って言うより、ジンくんのファンだな。


 そんなことをしゃべりながら校門をくぐったところで、まっくんに会った。

「由梨、どうだった?」

「出会いがしらに、訊く? 私が落ちていたら、どうする気よ」

「いや、受かった顔だろ。それは、どう見ても」

 な? と、まっくんは亮くんに同意を求めるけど、

「いや、微妙。俺、ここまで訊けずに来たし」

 さらっと、否定されてる。

「ほら。まっくんにデリカシーって日本語は無いわけ?」

「デリカシーは日本語じゃないだろ?」

「ああー。もう。どうだっていいじゃない!」

「で、受かった顔だろ? ダメだった時の顔じゃない」

 何を判ったみたいなことを言っているのよ。

 照れくさいような腹立ちが半分に、”判ってくれている”うれしさが……いやいや。ないから。絶対そんなこと、ない。

「はいはい、正解です。合格しました」

 投げやりに答えると、

「ほら、見ろ」 

 って笑う。


 サクラ、サク。

 まっくんたちと、ご近所の大学の学生になれた。

 並木にサクラの咲く春からも、

 みんな、よろしく。



 進学先の大学は、実習とかで遅くなることを考えると、通うには微妙に遠くって。

 春休みに、部屋を探して一人暮らしをはじめることになった。

 高校までが近かった亮くんや、市外から通っていたジンくんはとてもじゃないけど通えないって、彼らもそれぞれ部屋を借りるらしい。

 まっくんは、かろうじて通えるからって、自宅からの通学。



 一人暮らしをはじめて、二ヶ月。

 学校にも慣れて、友達もできた。夏の入り口の頃。

 すこーし里心がついたのを見計らったように電話が鳴った。

〔もしもし〕

〔由梨?〕

〔そうだけど〕

 誰よ、って。まっくん、しか居ないか。

 大学では、”由梨(ゆうり)”って名乗っているのに。やっぱりみんなが呼ぶのは”ゆり”。だから、ちゃんと”う”の音を入れた呼び方をする友人は、彼しかいない。

〔どうしたの?〕

〔どうしてる?〕

 どうも、こうも。勉強してるわよ。毎日。

〔まっくんは?〕

〔俺? 俺は、毎日音楽やってる。バイトもしてるけど〕

 でしょうね。相変わらず、音楽馬鹿なんだ。

〔で、何?〕

 電話番号は確か、引っ越してすぐの頃。道で会ったときに教えたけど。あれっきり、一度もかけてこなかったのに、どういう風の吹き回しかしら。

〔リョウが、同窓会やろうぜって〕

〔はぁ? 同窓会って……入学からまだ二ヶ月ほどなのに?〕

〔それは、そうなんだけど〕

 『えーっと、なんだったっけ』って、まっくんの言葉にコソコソと電話の向こうで言っているのは、亮くん?

〔まっくん?〕

〔あ、なに?〕

〔今、どこからかけてるわけ?〕

〔リョウの部屋〕

〔亮くんに代わって〕

 『リョウ、代わって』『それぐらい、話しつけろよ』

 押さえていないらしい受話器から、会話が聞こえる。ジンくんらしい低い笑い声もする。

〔もしもし〕

 笑いを含んだような声で亮くんが、電話に出る。

〔何やってるの、っていうか。何、いったい〕

〔単に、一度飲みに行かねぇ? ってお誘い〕

〔そう言えばいいじゃない〕

〔ゆりは忙しいだろうから、って、マサが抵抗するから。なら、同窓会ってことにしようぜってな〕

 何で、まっくんがそこで抵抗するかな。

 ホント。訳、わからない

〔私は、かまわないわよ〕

〔もう一人、バンドの仲間も連れて行くから〕

〔はいはい〕

 待ち合わせの時間と場所を決めて、電話を切った。



 約束の土曜日、駅前で私は回れ右をしそうになった。


 何、アレ。

 見慣れた三人が。

 異様に明るい髪色になってるし。

 さらに、三人と負けない身長の金髪の男の子まで。

 うわー。嫌だなー。コレと飲みに行くわけ?


「ゆり、こっち」

 目ざとく見つけられて、ジンくんのよく通る声に呼ばれる。

 あーあ。逃げそびれた。

「久しぶり。別人かと思った」

「そんなわけ、あるかよ。大魔神だぜ」

「リョウ。何度言わせる。俺は”ダイマ”じゃなくって”今田”」

「あれ。ジンくん、亮くんのこと」

「ん。リョウって呼ぶことにしたから」

 なんか、形から入っているって感じ。髪といい、呼び方といい。


「で、こいつが新メンバーな」

 そう言って、亮くんが横に立つ男の子に寄りかかる。

「サクって呼んでやって」

 ジンくんの紹介に、サクくんが軽く頭を下げた。

「よろしく。ジンくんたちの高校の同級生で、中村 由梨(ゆうり)です」

 まっくんの視線を意識しながら、強調するように名乗る。

 チラッと見たまっくんのつり目が、満足そうに笑った気がした。

「こちらこそ、よろしく。原口 朔矢です」

 そう言って笑った、サクくんの目じりに笑いジワが寄った。  


 予約を入れておいたという居酒屋チェーンへ向かった。ぐるっと背の高い男の子に囲まれて道を歩くって、部活の帰り道を思い出して、なんだか懐かしくなる。

 適当にメニューを選んで、ビールで乾杯をする。

 うぇー。苦い。大学で飲み会もするし、合コンの経験も、二、三度有るけど。ビールのこの苦さは、まだ慣れない。

「由梨、飲めないなら他のに変えろ」

 横から、まっくんが口を出す。

 変えろって軽く言ってくれるけどね。他に飲めるのなんて、ソフトドリンクだけじゃない。日本酒はおじさんみたいだし、カクテルはよく知らないし。ウィスキーなんて問題外。

「いーや。せっかく”飲み”に来たんだから」

 ふん、ってそっぽを向いてビールを口に運ぶ。やっぱり苦い。


 近況や学校の話をしながら、食べて飲んで。

「へぇ。ゆりさんって、看護大学の学生なんだ」

 サクくんが、焼き鳥を手に話しかけてくる。ほーら、やっぱり”ゆり”じゃない。

「そう、小学生の頃から看護婦さんになりたかったから」

「そんな前からとは……知らなかったな」

 私の向かいに座ったジンくんも、焼き鳥に手を伸ばす。

「でも、マネージャーだし。人の世話するのは好きなんじゃねぇの?」

 うーん。好きか嫌いかで言うと、嫌いではないけど。マネージャーになった動機が不純だし。

 亮くんの言葉に素直にうなずけずに、ビールグラスに口をつけてごまかす。

 ごまかせた、かな?

 そっとグラスのふちから目を上げて、斜め向かいに座る亮くんを見ると、妙な顔をしていた。

「何? 亮くん?」

「いや、別に」

 なんでもない、って頭を振る亮くん。

「看護の勉強だったら、血を見たりとかもあるんじゃねぇの? ゆりさん、平気なほう?」

「まだ、そんな授業ないし。別に、気にならないと思うけど」

 サクくんの質問に答えながら、笑ってしまった。

「あれ? 俺、変なこと言ったっけ」

「いや。合コンとか行ったら、看護学生だったらきっと優しい子がくると思ってた、みたいな反応が多くって。『血が平気?』って、サクくくんの」

 あれ?

「『サクくくん』、って。由梨、お前酔ってるだろ」

「酔ってない。”く”が続いて言いにくかっただけでしょ」

 どうしても、私からお酒を取り上げたいのか、まっくん。おいしくなくっても、離すもんですか。

 両手でビールグラスを握って、まっくんを睨む。

「ゆりさん。言い難かったら、無理に”君”つけなくっていいから」

 まっくんとの睨みあいを遮るように、サクくんが言う。  

「サクくんだって、私のこと呼び捨てじゃないから、嫌」

「彼女でもない女の子は、呼び捨てにしねぇの。俺は」 

 へぇー。なんか、意外なことを聞いた気がする。見た目にそぐわず、サクくんって硬派なのかも。

「ふーん」

 亮くんのさらに向こう、私から見て対角に座るサクくんを見る。”サクくん”が、言いにくいのは本当だし。

「じゃあ、サクちゃん」

「OK、サクちゃんで」

 ええー、”あり”なの? 酔っ払いの戯言だよ?


 本当に、いいのかな? 

未成年者の飲酒は法律違反です

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