初めてのステージ
そろそろステージの時間だと、三人で野外ステージに向かった。
学食棟裏の小グラウンドに、ステージが設けられていた。
へぇー。結構集まっているもんだ。
盛り上がっている客席を後ろから見渡すけど、空いている席なんてなさそう。
小グラウンドから学食へと続く石段の手すりにもたれて、ステージを見る。
一年生から順に行われるステージで、今出ているのは、どうやら一年生みたい。だったら、もう少し先かな。
立っているのにそろそろ疲れた頃。
〈 さて、皆さんおまちかね、去年の一番人気。ジンとリョウがパワーアップして登場だ 〉
司会がマイクで叫ぶ。やれやれ。やっと出てきた。
観客の騒ぐ、すっごい声。一番人気もあながち嘘じゃないみたい。
ステージに三人が出てきた。センターにヴォーカルのジンくん。向かって右手にキーボードの亮くん。左がギターのまっくん。
まっくんと亮くんが、目と目で合図をしてイントロが始まる。
おおー。確かに、ジンくんいい声してるわ。部室で何度か聞いた鼻歌は、歌詞がのり、声に張りが出ることで、まったく違うものに聞こえた。
そして。
まっくんがステージで演奏するところを、初めてちゃんと見た。
アンサンブルの発表会は一緒にステージに乗ったし、個人の発表会は次に出番を控えた自分のことでいっぱいで。演奏する まっくんなんて、ほとんど見ていなかった。
全身で、音を感じて楽しんでいる。まさに”音楽”を体現したような表情、姿勢、動き。
小学校に通うことを忘れるほどの音楽馬鹿。それほどに音楽に焦がれる彼だからこそ、音楽の神様は彼を愛した。
まっくんて……すごく格好いい。
音楽に愛されなかった私は、その姿に心を奪われた。
演奏していた彼の姿に半分意識をのっとられて、ぼーんやりしているうちに文化祭が終わった。
翌週、生徒会が私たちの学年に引き継がれ、部長会からの推薦とやらで亮くんが執行部に入った。
中学校の頃もやっていたって、聞くし。好きなんだろうと思っていたけど。
「ね、亮くん。疲れてるみたいじゃない?」
生徒会の会議で亮くんが抜けている部活で、休憩中の二年生たちに話を振る。
「そうかな?」
「んー。疲れてるって言うか。文化祭以来、荒れてる感じはあるな」
汗を拭きながら、保くんとジンくんが言う。
「あー。確かに。スパイクの精度おちてるな」
「だろ? 闇雲に撃ってる」
「疲れているんじゃなくって?」
「疲れもあるのかな? ボールに当り散らしている感じ」
なるほど。八つ当たり、か。
ジンくんと将くんの言葉に、納得しているところに亮くんが会議から戻ってきた。
疲れなんだか、八つ当たりなんだか判らない状況に、心当たりが無いことも無くって。
文化祭のステージは、去年以上の反響だった。真紀たちが来ていたように、事前にあっちこっちで話題になっていて、わざわざ見に来ていた他校生が結構いたらしい。
で、つり目のまっくんや大魔神なジンくんに比べて、当たりが柔らかそうに”見える”亮くんに、自校・他校問わず次々と女の子がアプローチを企てる。
それを断るのに一苦労している亮くんは、私たちの前では、心底うんざりした顔で『今はそんな気になれないし、余裕も無い』とか言っている。
そして、
「悪い、ゆり。ちょっと隠れ蓑にさせて」
両手で拝むようにされたのが、部活の帰り道。まっくんも一緒だった日のこと。
一部で流れているらしい私との噂を利用して、”彼女”の存在を断る理由にしたいって。
うーん。どうしよう。
「私の名前を出すのは”無し”ね」
「うん。それは約束する。『彼女がいるから』だけで断るから。ゆりのことを好きな奴に誤解させたら、悪いし」
そんな物好き、いるか?
まぁ、仕方ないな。人助け、ということで。
「じゃぁ、どうぞ、隠れ蓑に使って」
「サンキュ」
助かった、って顔で亮くんが笑う。
「マサも、いいかな?」
「何で、そこで、まっくんに許可をとるのよ」
「由梨がOKなら、俺は別に」
チラッと、目線だけをよこすようにして、まっくんが私の顔を見ながら返事をする。
相変わらず、訳のわからない まっくんにイライラするけど。ベつに、まっくんとの間に”何か”があるわけじゃなし。
まっくんの返事を聞いた亮くんは、片手で拝むようなしぐさをした。
そんな亮くんに、まっくんとジンくんが苦笑いをしていた。
亮くんが”彼女”の存在を明らかにしたことで、付き合っているのかと、一時期私の周りもうるさくなったけど。ごまかしながら、やり過ごしているうちに静かになった。
年が明ける頃には、亮くんの周囲も静かになったようだった。そのまま、互いに噂の自然消滅を図る。
学年が上がって、とうとう三年生。
今年の一年生も、五人とマネージャーが一人。だけど。
「うわ。本当に、催眠術師の弟がいる」
一年生の初練習の日。練習の合間の休憩時間に、新人マネージャーの妙子ちゃんと一緒にお茶の入ったヤカンを運動場に持って行った私は、つい言ってしまった。
この年、切れ長の目をした一年生、桐生さんの弟が入部してきた。
入部届けを見た亮くんから、前もって聞いたときは半信半疑だったけど。本当だったんだ。
さて、今年の問題児は誰だろう。
その疑問は、あっさりと解決した。
亮くんぐらいの身長の、生田 一樹くん。彼が、コートに入ると亮くんが、イラついたような声を出す。
「ボールから目を離すな! 俺のほうからボールが飛ぶわけじゃねぇぞ」
「こら! ワンプレーごとにこっち見んじゃねぇって、言ってるだろうが!」
コートサイドで見ている亮くんの顔色を伺うように、チラチラと見る生田くん。
ある日、亮くんがついにキレた。
「何度おんなじことを言わせる。いちいち、こっち気にすんじゃねぇ!」
それを取り成すように、ジンくんが亮くんの肩を叩きながら言った。
「しょうがないだろ、”いちき《一樹》”なんだから。いち”いち、気”になるんだよ」
よく通る声がその言葉を体育館に響かせる。はた、っとみんなの動きが止まり。ボールのバウンドする音だけが空しく響く。
一瞬の間のあと、笑い出したのはトラくんだった。
「ジンさん、”いちき”って。それ、滅茶苦茶」
おなかを抱えて笑うトラくんに、二年生が釣られたように笑い出して。
「生田。お前の呼び名は、『イチ』な」
将くんがクスクス笑いながら言う。キレていたはずの亮くんが、苦笑しながらうなずく。
問題児のあだ名が、『イチ』に決まった。
それからイチくんの癖を直しつつ、最後の総体に向けた練習が続く。
梅雨、の時期の試合の日だった。
その日も朝から雨が降り続いていて。試合中の市民体育館の屋根もパラパラと音を立てていた。
「ジン!」
着地したはずのジンくんが、大きな音を立てて床に転がった。亮くんや将くんの叫ぶ声が響く。
ジンくんがコートの中で右膝を抱えるように、うずくまっていた。あわただしくタイムがとられて、先生たちがジンくんの周りを取り囲む。
輪から抜けた保くんになにやら言われたらしい。桐生さんの弟のトモくんが、観客席の最前列で見ている私のすぐ下まで走ってきた。
「ゆりさん、ジンさんの荷物をお願いします」
「判った」
返事をして、みんなの荷物が置いてある座席に戻る。丹羽さんにうるさく言われていたから、みんな脱いだジャージとかはきちんとスポーツバッグに入れてある。”JIN”とネームの入ったバッグとシューズケース、それから靴を持ってフロアに下りる。
そのまま、ジンくんは体育館に備え付けられていた車椅子で、奥野先生に付き添われて病院へと向かった。
週明け、ジンくんは松葉杖で登校してきた。
「再起不能、ってことみたい」
松葉杖をはさんだまま、左手で頬を掻くようにしながらジンくんがボソっと言った。放課後の部室、着替える前に臨時のミーティング。
「ジンくん、座って」
「あ、うん」
張りの無い声でうなずいたジンくんが、いすに座る。邪魔になりそうな杖を受け取る。保くんが、ショックを受けたような顔で、
「再起不能って、お前……」
って言うのに、んー、と、ちょっと考えるようにしたジンくんは
「手術、受けるかって話も無くはないんだけど。そこまでバレーをするかって言われるとさ」
な、亮。と、亮くんに同意を求める。みんなの視線を受けて、亮くんが難しい顔をする。
「手術で治るもんなのか?」
「治るけどさ、総体には間に合わない」
アイタタタ。
「だから、実業団に入るとか大学で続けるとかなら、完全に治すけど。俺自身が、高校までって思っているから、必要ないなって。日常には影響ないみたいだし」
「必要ない、か」
咎めるような、保くんの視線にほのかに笑ってみせて。
「ごめんな。一足先に引退する」
そう言ってジンくんは、みんなに頭を下げた。
みんなが着替える間、廊下に出て。同じように外に出たジンくんと少しだけ話をした。
「バレー、やめちゃうんだ」
「ん。亮とマサと、俺の中学のときの同級生の四人で、大学に入ったらバンドやろうなって、言ってるんだ。だから、ここでお終い」
薄暗い廊下の壁にもたれるようにしながら、両手をぱっと広げてみせるジンくん。
音楽の神様。
音楽をするために
こんな生け贄が
必 要 な ん で す か