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二年生の文化祭

 合宿が終わって、夏休みも後半。

 宿題の残りを片付けていて、合宿中に丹羽さんと交わした話がふと浮かぶ。

『名前ってのは、親の願いとか色んなモンがこもっているから』  

 私の名前が”ゆうり”なのも、何かが込められているのだろうか。


「ねえ、お母さん。私の名前って、どうしてつけたの?」

「なぁに? 宿題?」

 夕食のカレー作りを手伝いながら、母に聞いてみた。

「宿題じゃないけど……なんとなく?」

「あ、人参溶けるから、大きめに切ってね」

 オヤ、みじんに刻みかけてた。危ない危ない。

「由梨の名前は、死んだお祖母ちゃんがつけたのよ」

「お祖母ちゃんが?」

「そう。お母さんは、理由までは聞かなかったけどね、頑なに”由梨(ゆうり)”って」

 『ゆうりちゃんは、お歌上手だねぇ』そう言って目を細めていた祖母の顔が浮かぶ。私が十歳の時に亡くなった、父方の祖母。私に音楽を習わせてくれたお祖母ちゃん。

 名前の由来を聞ける日は、永遠に来ないけど。

 ごめんね。お祖母ちゃん。ゆ”う”りの名前、粗末に扱って。


 にじんだ気がする涙は。

 きっと母が横で切っているタマネギのせい。 



 夏休みが終わり、今年も近隣のトップを切るように文化祭の日が来た。

 私のクラスは、お饅頭屋さん。茶道部の子が二人もいるので、煎茶の入れ方を事前特訓して、当日に備えた。お饅頭は普通に仕入れるんだから、”おいしいお茶と一緒にどうぞ”って言うのを、ちょっとしたウリに。


 店番まで、あと三十分。その前に浴衣に着替えるために同じ当番の梅ちゃんと、更衣室になっている柔道場へ向かおうと荷物を手に教室を出た。


「ゆり。マサ、見なかったか?」

 隣の教室から、ジンくんが現れた。

「教室じゃないの?」

「んー、午前中は軽音のほうで動いてるらしくって」

 ああ、なるほど。今年も何様な割り当てで、クラスの活動してるんだ。

「俺、今から裏方だから、教室から離れられないんだ。どっかで見たら、来てくれって言っておいて」

「私も今から着替えて店番だから、会えるかわからないけど」

「だったら、いいや」

「ごめんね」

 いいって、とヒラヒラ手を振りながらジンくんが教室に入っていく。私達も昇降口へ降りるため、階段に向かった。



 昇降口から出ようとしたところで知り合いの顔を見つけた。

「真紀!」

「ゆりちゃんだー、久しぶりー」

 蔵塚南に行った中学の頃の友人が、友達と来ていた。

 お友達は、ショートカットで私くらいの身長の子だけど。足、長ーい。ジーンズを履いている腰の高さが違う。長距離走の選手だった真紀と並んで居る姿が、『あぁ、陸上部だな』って思わせる雰囲気のある子だった。

 そうだ、客引きをしておこう。

「真紀、二年四組でお饅頭屋しているから、来てね」

「うん、行くー。もうちょっとお腹すいたら行くー」

 バンザイをするように両手を挙げた真紀が答えて、隣のお友達が目を丸くしている。

 真紀ったら、相変わらずマイペースっていうか。お友達の意見を聞きなよ。

 じゃあ、また後でね。と、真紀に手を振って。

 横で待ってくれていた梅ちゃんと、体育館横の柔道場へと向かった。


 校門前を通りすぎて、柔道場へと上がる。初めて入ったけど。畳って、こんなビニールみたいなんだ。

 家にある畳とは色も材質も違う畳が、なんだか新鮮。

 家から持ってきた、浴衣を広げて。先週、母に教えてもらったのを思い出しながら、浴衣を着る。


「ゆりの彼氏って、山岸君じゃなかったの?」

「はぁ? なんで、亮くん?」

「いやー、そんな噂がチラホラと」

 一生懸命、腰紐を結んでいる所で、梅ちゃんが爆弾発言をしてくれた。あまりに驚いて、結びかけていた紐が手から逃げる。

 あー。やり直しだ。

「別に、誰とも付き合ってないし。いきなり、なんで?」

 着付けをやり直しながら、梅ちゃんに尋ねる。

 ええっと。腰骨に確か、ココの部分を合わせて……。

「さっき、今田君がゆりのことを名前で呼んでたから、実は”そう”だったのかなぁって」

 綺麗に帯を結び終えた梅ちゃんが、脱いだ制服をたたみながら言い訳をする。

「名前で呼ぶのは、うちの部全員だよ。一年生も『ゆりさん』だし」

「ふぅん?」

 なんとか、腰紐を結んで。帯にかかる。

 彼氏、ねぇ。去年、桐生さんにスルーっと躱され続けて以来、好きな男子も別にいないし。

 って、思った所でなぜか。まっくんのつり目がよぎった。


 柔道場を出た所で、ギターを手にした まっくんを見かけた。

 おおー。ラッキー。ジンくんの頼まれごとが片付きそう。

 まっくんは私の呼びかけに振り返ると、一緒にいた黒木くんと一緒にこっちへやってきた。

「うわ、中村が浴衣って、似合わねぇ」

 薄笑いを浮かべた黒木くんが、失礼なことを言う。自分で見てもね、変な感じだと思うけど。

「似合わないって言うより、見慣れないだけだろ」

 そう言って、まっくんが私と梅ちゃんを見比べる。

 なんだか、照れる。そんなに、シゲシゲ見ないでよ。

 プイッと視線をはずした私に、まっくんが笑いながら言った。

「由梨、おまえ。死人になってる」

「はぁ?」

「着物のあわせが逆」

 だから、見ているほうに違和感があるんだろって、言いながら自分の胸元をトントンと立てた親指で指し示す。

 自分でも、梅ちゃんと見比べて……本当だ。左前だ。

「梅ちゃん、直してからいくから先に行っておいて」

「わかった。早く直しておいでね」

「ごめんね」

 昇降口に向かう梅ちゃんに手を振ってから、ジンくんの頼まれごとを まっくんに伝える。

「ああ、昼飯の相談かな」

 そうつぶやきながら、サンキュと、手を上げる まっくん。

 二、三歩体育館に向かって歩きかけて、振り向くと

「野外ステージ、今年は見ろよ。二時過ぎに出る予定だから」

 そう言って、完全にこっちに背中を向けた。


 『誰が、行くもんですか』

 憎まれ口を叩きかけて……。

 言葉を飲み込んだ。


 早く、浴衣を直さなくっちゃ。 



 急いで教室に戻ると、丁度、真紀とお友達が来たところだった。

「ゆりちゃーん。お勧めはなに?」

 おいでおいで、をする真紀のテーブルにメニューを運んで、

「大福と、みたらし、かな。あ、お茶がね茶道部監修で、お勧め」

「それ、お饅頭屋さんのおすすめじゃなーい」

 ぶーぶー、と言いながら真紀がみたらし、お友達が大福を注文してくれた。あと、”お勧め”のお茶も。

 お昼前の時間だからか、少々、お客は少なめで。品物を運んだついでにちょっとだけ、おしゃべり。

「今年は、どうしたの? 文化祭に来るなんて」

「夏休みに、宏美ちゃんに逢ってねー。なんか、すごい子がステージに出るから、見に来なーって」

 足の速さに似合わない、ゆっくりとした口調でしゃべりながら、真紀がお茶を飲む。

 すごい子って……多分ジンくんたちのことだ。

「去年、”一番人気”だったってー」

 やっぱり。

「ゆりちゃん、知ってる?」

「うん。今年は、二時過ぎに出るって聞いたかな」

「ふうん。ゆりちゃんが知ってるなら、本当にすごいんだ」

「なによー。それ」

「えー。だって……」

 真紀は、笑ってごまかしながら、みたらし団子の串にかぶりつく。その横で、お友達も微笑んでいる。

 なにやら、考えながらお団子を飲み込んで

「あやちゃん、時間遅くなるけど見て行っていい?」

「うん。私、真紀ちゃんと違って、ここから近いし。真紀ちゃん、それがお目当てでしょ?」

「えへへ。さすが、あやちゃん」

 うれしそうに笑いながら、真紀が最後のひとつを口に運ぶ。  

 先に食べ終わった”あやちゃん”が、

「お茶、おいしかったです。ごちそうさま」

 と、私の顔を見てにっこり笑った。



 店番を終わらせて、制服に着替える。

 浴衣とはいえ、着物。着慣れなくって肩が凝った。

 そのまま、梅ちゃんと学食へ向かって。途中で出会った宏美と佳織の四人で昼食を済ませた。


 さらに、まっくんの言う”二時”まであっちこっちの模擬店を冷やかして時間をつぶす。途中で、森本くんと出会った佳織が別行動になる。

「あの二人、付き合ってるのかな?」

「梅ちゃん、今日はそんな話題ばっかり」

 どうしたんだろ?

「うーん。ちょっと、ね」

 歯切れ悪く、梅ちゃんが目をそらす。

「恋の悩み、ですかな?」

 冗談めかした宏美の言葉に、梅ちゃんが赤くなる。

 うわー。佳織の次は梅ちゃんが。

「それなら、このお姉さんにお任せを」

 宏美が私の肩を叩く。

「誰が、お姉さんよ。任されるような経験してないわよ」

「またまた。山岸君といい雰囲気って言うじゃない」

 どうして、誰も彼も。私と亮くんをくっつけたがる。

 頭イタ、と額を押さえたところで、また。午前中に見た まっくんの姿がよぎる。立てた親指で、胸元をトントンって。様になってたよなぁ。


「うわ、ゆりまで」

「私まで何?」

 変な声を上げて、私の顔を覗き込む宏美に眉をひそめる。

「”恋する乙女ー”な表情で、うっとりしてたけど? 誰のことを考えてたのかな?」

「誰が。いい加減なことを言わないで」


 恋する乙女、なんかじゃない。


 まっくん相手になんて。 

 冗談じゃないわ。

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