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進級

 桐生さんとの間に、何事も起こせないまま。卒業式の日が来た。


 先輩たちは、進路が決まった人もいれば、合格発表待ちの人もいる。実業団への道を選ぶんだろうと、私たち一年生が勝手に思い込んでいた桐生さんも丹羽さんも進学らしい。考えてみれば、当然か。受験英語の補習授業受けてたんだし。

「ピヨはバレーボールで特待の話もあったらしいけど、バイオの勉強がしたいからって、そっちに行くし」

 っていうのが、松本さんから聞いた話。そうか、丹羽さん理数コースだ。ジンくんと同じ全県学区の。

「キリは、身長がな……」

「マツ、勝手に話を作るな。俺は中学の頃から、リハビリの仕事に就きたかったんだ」 

 ネコの子をつかむように、松本さんの首筋を後ろから握りながら、桐生さんが訂正をする。桐生さんは、市内の医療系短大の発表待ち。 

「身長が足りないのは、事実だけどな。最初っから決めていたから。バレーボールはこれでおしまい」

 って笑っているけど。もったいないなぁ。もう、見れないんだ。

「そうは言っても、また試合とかは見に行くし」

 切れ長の目を細めるように、私たちを見渡す。

「ゆりも含めた全員が、俺にとってはかわいい”後輩”だからな。期待してるぞ」

 そう言った桐生さんと、最後に目があった。


 その目で、悟った。


 私は、告白すら”させてもらえなかった”んだと。

 今まで何度も何度も。気づいたときにはそらされていた話は、わざとだったんだ。


 一度、地面に落とした視線を上げる。


 最後に見た、桐生さんは。

 体育館で初めて見た時と同じ笑顔で、先輩たちと笑いあっていた。



 四月になって、クラス替え。

 進路に応じたクラスになる。

 体調を崩した小学生のとき。何度も通った小児科でお世話になった看護婦さんたちに憧れて、将来の目標を看護大学において勉強をする私は、生物重視の理数系クラス。

 県下随一の偏差値を誇る理数コースや、国公立理系を目指す理数系クラスとは若干異なるカリキュラムで授業が進む。

 まっくんは数学重視の文系って、これまたよくわからない選択をしたのでクラスが離れた。


 部活のほうも、一年生が入ってきて。

 今年の一年は五人。

「なんていうか……小粒だな」

 タマさんが、練習中の一年生を見ながら言う。ジョージさんの上げるトスを順番に打っているけど。確かに、なんだかかわいらしい。

「ジンと比べるからだろうが」

 球拾いをしながら、三年生の廣田(ヒロ)さんが突っ込む。

「アレと比べりゃ、俺らだってかわいいもんだ」

「いや、かわいくないから」

 そう言って笑いあうヒロさんと、カワさん。確かに。ヒロさん、うっすらとヒゲはえてるし。


「こんなの、無理です」

 お、文句が出た。ネットのこっちで、練習していた二年生の手が止まる。

 ネットの向こう側で、一年生の一番小柄な子、村田 虎太郎(こたろう)くんがヤナさんになにやら訴えている。

 ヤナさんが、丁寧に言い聞かせて、それでもどこか納得していない顔の村田くん。


 それからも、何か事あるごとに先輩に反発する村田くん。見ていて、ハラハラする。私たちの学年が、全くそんなことが無かったせいかもしれないけれど。


「俺たちのときは、完全に桐生さんが抑えていたから」

 休憩の時間に、そんな種明かしをしたのが将くん。

「桐生さんが?」

「あれは、催眠術だよな」

 亮くんの言葉に、他の三人がうなずく。

「『亮。ひとつだけ、いいか?』って言われたら、『嫌です』なんて、言えるかよ」

「言えない、言えない」

 保くんが、お茶のお代わりをしながら首を振る。

「そうでなくっても、ジンがあれだけ変わるのを見てるからな」

 将くんの言葉に、ジンくんが、俺? って、自分を指差す。

「この人について行ったら、どこまで行けるだろって」

「だよな。去年の、あのとんでもねぇジンのスパイクを見てたらな」

「とんでもなかったかな?」

 首をかしげるジンくん。この図体で、どうしてそんなかわいい仕草が似合うのか、いつ見ても不思議だ。

「入部一週間で、姿勢が変わってよ。そっからさらに一週間ほどで、殺人スパイクだぜ。どんだけ、お前改造されたと思ってる」

「改ー造ー、改造ー。改造人間ジンー」

 亮くんの尻馬に乗るように、保くんが節をつけて歌う。

 その横で、ジンくんと将くんが

「俺は、特撮ヒーローじゃないぞ」

「知ってるよ、大魔神」

「俺は、ダイマじゃなくって、イマダだって」

 二人で、じゃれあう。

 笑いながら、飲み終わったコップを集めていると、ヤナさんから休憩終了の合図が出た。



 気が付くと、いつの間にか村田くんはみんなから『トラ』と呼ばれるようになっていた。確かに八重歯で、どこか猛獣っぽいけど。あの体格は、『子トラ』だと思う。

 でも、変なの。ジョージさんといい、ジンくんといい、今回のトラくんもだけど、この部はたまに妙な渾名の人がいる。本人が嫌がってないみたいだけど。そういえば、丹羽さんは『ピヨ』だった。



 学年が変わっても相変わらず、時々まっくんは部室に顔を出していた。

 当たり前のような顔で、バレー部の面々と一緒に下校して、帰る方向が一緒になる私と二人でバスに乗る。

「文化祭の準備、すすんでる?」

「まあ、ぼちぼちかな」

「練習なんかも、してるの」

「当たり前だろ。ぶっつけ本番なんて、”ゆうりちゃん”じゃあるまいし」

 うわ、まだ根に持ってるか。この、陰険つり目。

「怒るなよ」

「怒るわよ。大体、誰のせいで」

「俺だって言いたいんだろ。俺が何したよ」

「まっくんが上手すぎるのが、悪い」

「お前……それ、完全に言いがかりだろう」

 呆れたような顔で笑う まっくんを睨みあげる。

「はいはい。わかったよ。俺が悪うございました」

「わかればいいのよ」

 ふん、と腰に両手を当てて威張って見せたとき、バスが急にブレーキをかけた。よろけたところを まっくんが支えてくれた。

 うわ。男の子、だ。

 片手でつり革、もう片手に私の体重を支える まっくん。

「大丈夫か? 由梨」

「ウン。アリガト」

 急にドキドキして。片言で答えてしまった。


 男子だらけの部活で、男子なんて見慣れているはずなのに。



 今年も、三年生の引退の季節が来た。

 ”猛獣使い”タマさんが、梅雨の頃にトラくんを飼い慣らすことに成功した。一年生が落ち着いてからの引継ぎに、こっそり安堵のため息をつく。

 成績のほうは、ジンくんがエースに成長してきてて、全国まであと三つ勝てば……ってところだった。去年、先生が言っていたみたいに、桐生さんとジンくんが組むことができていれば、全国の壁、越えられたのかな。


 新キャプテンが、亮くん。エースがジンくん。セッターに保くんでセンターが亮くんと将くん。人数が少ないから、小粒だといわれる一年生も、トラくんと、斉藤(アキ)くんがレギュラーに入る。トラくんが来期のセッター、アキくんがエース候補。



 ヤナさんから、キャプテンを引き継いだ亮くんが、夏休みの練習帰り。二年生だけの帰り道に暴露話をした。

「トラってさ、先輩たちが名前付けたじゃねぇ? アレな、”問題児”って、符号らしいぜ」

「いや、問題児は見りゃわかんだろ?」

 信号待ちに、腕のストレッチをしながら将くんが言う。見りゃ判るって……否定はしないか。猛獣だし。

「OBに対する符号なんだと。俺たちの代だと、ジンが”問題児”な」

「俺?」 

「そ。あとは、ジョージさんとか丹羽さんとか」

「あー。変な渾名の人」

 信号が変わって歩き出しながら言った私の言葉に、亮くんがピンポーン、と応じる。

「まともに名前呼ばれて無いやつが、その代の問題児」

「うわ、ひでぇ。大魔神でも大概なのに。俺、問題児だったんだ」

 スポーツドリンクを片手に、ジンくんが顔をしかめる。

「でも、何でそんなこと?」

 わざわざ、OBに知らせるんだろ?

「問題児は、上手に育てると大きく”バケる”ってよ。だから、練習や試合を見に来たOBにアピールしておくみたいだな。OBも、注意してそいつを見ると」

「ああ、だから。去年の夏合宿」

 合点がいったって顔で、両手を打ち合わせる保くん。

「社会人チームの人が、ジンに集中練習してたんだ」

「当たり」

 指鉄砲で、亮くんが保くんを撃つマネをする。

「奥野先生が、お年であんまり指導できないし、いつ転出するか判らないから、OBの力をフル活用って公立高校の知恵、らしいな」

 ほー、なるほどと、みんなが感心している中、ジンくんだけは、

「俺のどこが、問題児なんだろう?」

 って、唸っていた。



 今年の夏合宿には、丹羽さんと桐生さんが顔を出してくれた。

 コートに入って指導しているのを見ていると、なるほど。ジンくんとトラくんが集中攻撃されている。


「久しぶりだと、やっぱ体のキレが悪いわ」

 汗を拭きながら、コートから出てきた丹羽さんにお茶を渡す。コートの中では桐生さんが、ジンくんを跳ばせながら、保くんとトラくんにレクチャーをしている。


「お、サンキュ」

 ゴクゴクと音を立てて飲んでいる丹羽さんに、亮くんが言っていた”問題児”のことを尋ねてみた。

「ああ、あれは本当」

 あっさりと肯定された。

「ただな。ジンはちょっと、しくじったかなって思っている部分はあるけどな」

「失敗だったんですか?」

 お茶のお代わりを入れながら、丹羽さんを見上げる。

「俺とか、ジョージとかは苗字から来ているけどさ、ジンは下の名前だろ?」

丹羽(にわ)さんって、苗字からついた”ピヨ”だったんですか?」

 ジョージさんは、”東海林(しょうじ)”のもじりだとは思ったけど。

「苗字がニワトリの、前半分だろ? 『半人前の”ニワ”トリが、ピヨピヨうるせぇ』って、ピヨ。俺も、トラみたいに反抗的だったから」

「それは……」

「ジョージは、落ち着きがなくってな。あるだろ、落ち着きのないサルが出てくる外国の絵本」

 ああ、黄色い絵本で、たしかに『ジョージ』。

「ジンはな。俺たちは”イマダ ジン”だって思ってたから、大魔神の”ダイ”の方にするつもりだったんだけどな。本人が”ダイマ”には逆らうし、アイツの持ち物に”HITOSHI”って名前が書いてあったしで。だったらって、”ジン”にしたけどな」

 本人が納得しているなら、いいと思うけど。 

「名前ってのは、親の願いとか色んなモン含むからって、俺も最近聞いて。ジンの親も多分、何かを込めて”ひとし”にしたんだろうなって思ったら、まずかったかなってな」

 ごっそうさん、と、空になったコップを私の手に置いて。丹羽さんは再びコートに意識を向けたみたいだった。


 『お前、”ゆうり”だろうが』

 練習を見ていて、なぜか。まっくんの声が聞こえた気がした。

”看護師”に呼称が統一される以前、”看護婦””看護士”時代のお話です。

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