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冬の訪れ

 まっくんとジンくんたちとの間で、どんな話があったのかは知らないけれど。

 あれ以来。時々まっくんは、部活の終わる頃合いに部室に顔を出すようになった。


 着替えの関係で、私が部室に入れない間、部室棟の横にある洗い場で使い終わったコップだのヤカンだのを洗う。まっくんは手伝うでもなく横に突っ立って、ジンくんたちの着替えを待っていたりする。


「中村さ、何でマネージャー始めたの?」

「別にいいじゃない。なんだって」

 あの日、『ゆうりちゃん』と呼ばれたのが勘違いだったように、まっくんは元通り『中村』と呼ぶ。

 なんだか、残念な気がしたり……いやいや。してない、してない。


 心の中によぎった、妙な想いを頭を振って追い出す。


「ゆり、みんな部室か?」

 気を取り直して、最後のコップをすすいだところで、頭の上から声がした。 

 顔を上げると。あ、桐生さんと、丹羽さん。

「はい。丁度、着替えているところです」

 そろそろ、下校時刻が近いのに。三年生がこんなところに居るなんて。

「今日は、どうしたんですか?」

「英語の補習授業」

 丹羽さんが、うーんと伸びをするようにしながら答えてくれた。 

「放課後ずーっと、英語聞いてたら、頭おかしくなってきた」

「ジンって、化けモンだな。あれ、毎日やってるんだろ? 英語コースって」

 桐生さんのぼやきに、丹羽さんが笑って答える。”化けモン”って……ひどいなぁ。二人とも。

「洗い終わったの、持って行ってやるよ」

 桐生さんはそう言うと、コップ入った洗いかごを手にスタスタと、部室に向かって歩き始める。

「ごめんな、ゆり。逢引の邪魔をして」

「誰が、どこが、逢引ですか!」

 桐生さんについて行きかけて振り返った丹羽さんの、見当はずれの言葉に噛み付くと、ゲタゲタ笑われた。


「また、”ゆり”」

 ボソッと落ちてきた言葉に、ヤカンを洗っていた手を止める。

「何で、そこにこだわるの?」

「だって。お前、自分で言っただろうが」

 はぁ?

「『私は、”ゆ・う・り”なの』って」

「いつよ、それ?」

「音楽教室の初日に、先生が読み間違えたとき」

 うーん? そんなことあったっけ?

「何年前の話よ」

「かれこれ……」

「ああー、もういいから。数えなくっても」

「そうか?」

「いいの。で、それを律儀に守っているわけ? 私自身がなんとも思ってないのに?」

「律儀って言うかさ。あのときの”う”の音程が絶妙で」

 ああー。また、訳のわからないことを……。 

「ラのフラットよりもうちょっとだけ低いんだよな。でも、ソじゃないんだ」

 この、音楽馬鹿。ドとレの区別の付かない私に対するいやみか、それは。

 ちょっと、頭にきて水道の蛇口をひねる。


 洗い終わったヤカンと、スポンジや洗剤のかごを手に部室に戻る私の後を、まっくんが黙って付いてくる。

 口を開くと腹が立ったりイライラするけど、黙っていられるのも居心地悪い。

 ああー、もう。


 部室の戸をノックする。

「ゆぅりです。開けてもいいですか?」

 なんだろ。

 理由もわからないまま。微妙に”ゆうり”と名乗った私がいた。



 期末試験が近づいてきた、十一月の半ばの土曜日。

 南隣の市にある笠嶺高校へと練習試合に行った。

 うちの部の顧問の先生は、結構なお年で技術的な指導は滅多にしないし、部活動に顔を出すことも少ないけど。昔は、高校バレー界では有名な先生だったそうで、練習試合の伝手はあっちこっちにあるらしい。


「ジンって、こっちから通ってるんだよな?」

「家は、まだこの先ですよ。今日は俺、このまま直帰してもいいですか?」

 サラリーマンみたいなことを言ってるジンくんは、全県学区の英語コースなので市外から通学しているって、この日初めて知った。

 通学にかかる時間をなんとも無い顔で話すジンくんに、亮くんが驚いているけど。私だって、電車とバスを乗り継いで同じくらい時間がかかっているし、まっくんなんて私よりさらに三駅向こうだし。

「電車二駅の、亮くんが近すぎるだけでしょ?」

「そうか? 俺の中学の同級生なんか、『ランニング通学だ』って乗り物使わずに蔵塚南に通ってるぞ」

「へぇー。私も中学校のときの友達が蔵塚南行ってるわ」

 そうか、あっちこっちの中学校から生徒が集まるって、そういうことか。

 なんだか、人と人とが織物のように交わるイメージが浮かぶ。

 亮くんの同級生と、私の友達も。どこかで知り合っていたりするのかな。



 初めて訪れた学校の校門を過ぎたところで、ジンくんが足を止めた。それにあわせるように、亮くんも。

 

「おーい。はらぐち」

 ジンくんがよく通る声で呼ぶ。その声に振り向く背の高い男子生徒。

 小走りに駆け寄る彼に、ジンくんと亮くんが手を振って、なにやら話し始める。

 亮くんが二学期初めの大会でレギュラーをとってからは、ジンくんと二人まとめて『大魔神コンビ』とか言われているのに。その二人と同じくらいの身長って、なんだかすごい。


 けど、二人が列を離れたことに気づいていない先輩たちはどんどん先へ行く。

 早く来ないと、はぐれちゃうよ、二人とも。

「ヤナ、大魔神たちが居ないぞ」

 タマさんがやっと、気づいた。

「どこ行った?」

「ジンくんの友達みたいで、あそこに」

 私が指差す方を見たヤナさんは、両手をメガホンにして叫んだ。

「こらー、ジン、亮。置いて行くぞー」

「今、行きまーす」

 ジンくんの声が届く。ヤナさんみたいに、手をメガホンにしてないなんて。どれだけ通るのよ、あの声。

 半分呆れながら待っていると、二人が小走りに戻ってきた。



 練習試合はさすがに、顧問の先生も付いてきていて。相手校の先生と談笑しながら、試合を見ている。

「奥野先生、あの子二年ですか?」

「ああ、大きいでしょ。一年生ですよ」

「ほほう。これからが楽しみですね。コントロールがよくなれば、結構いいところまで行くんじゃないですか?」

「引退した三年のセッターと組ませてやりたかったが、年の差はどうにもなりませんわ」

「高校スポーツの定め、ですね」

 そんなことを話していたと思うと、

「柳井。東海林と、杉原を一度交代させてみるか」

「そうですね」

 先週の突き指が完治してなくって、今日はベンチに居るキャプテンのヤナさんが先生の指示に従って、交代を告げる。保くんがコートに入って、代わりにジョージさんが出る。

「東海林は今田、柳井は杉原をチェックしておいてくれるか。弱点をつぶせるようにな」

「ジンは、コントロールでしょ?」

 汗を拭きながらジョージさんが笑う。その手元にお茶を渡す。

 サンキュ、と手刀を切ってジョージさんが受け取る。

「大分、マシになってきてるんですけどね」

 ヤナさんが言っている横で、ジンくんの打ったスパイクがあっさり相手に返される。


「コラー! ジン。もっと狙って打て!」

 見ていた二年生の川村(カワ)さんが、怒鳴る。

「はい!」

 こっちを見ないまま、ジンくんの返事が返る。その間もプレーは続いてて……今度は、亮くんが打つ。

 小気味いい音と共に、無人のスペースにボールが刺さる。

「亮は逆に、いいところ狙うな。いつも」

「あれで、ジンのパワーがあれば文句なしだけど。天は二物を与えないもんだな」

 華奢、では無いけれどどっちかといえば細身の亮くん。ジンくんのパワーって、無いものねだりじゃないかしら。

 先輩たちの言葉を聴きながら、ふっと見上げると、ギャラリーに五、六人の男子生徒がいた。一番大きな子は、さっきのジンくんの友達、かな?

 右手の握りこぶしを口元に当てたその子は、食い入るようにゲームを見ていた。



 期末試験、冬休み、と時は過ぎて。気が付くと、三年生は自主登校になっていた。

 桐生さんにはスルスルと逃げられ続け、まっくんは当然のように部室に顔を出す。


「自分の部活はどうなってるのよ」

「あっちはあっちで、やっている」

「友達づきあいとかもしなさいよ」

「俺の中の優先順位は、こっちが上」

 ああー。もう。

 この日は帰り道、ジンくん亮くん、まっくんの三人がお腹が空いたと立ち寄ったファストフードのお店で、私もシェイクなんか飲んでいた。     

「また、ゆりとマサが夫婦漫才してる」

 アイスコーヒーを飲みながら、ジンくんが笑う。

「いつ、これ、と夫婦になったっていうのよ」

 まっくんの顔を指差しながら、文句を言うとポテトをつまんだ亮くんが

「今の会話、そのまんま夫婦だろうが」

 げらげら笑う。

「ど・こ・が?」

「『俺の中じゃ、ゆりが一番』って」

「ジンくん、勝手に意訳しない!」

 ”こっち”は、私じゃなくって。

「音楽が一番大事、でしょうが。この、音楽馬鹿は」

「マサ、そう?」

 私の突っ込みに、ジンくんがまっくんの顔を覗く。

「ま、そういうことにしておいて。由梨ゆうりがそう言うんだから」

「ってさ」

 どうして、そう誤解を招くような言い回しをするのよ。

 それに、当たり前の顔して私の名前、『由梨』って呼び捨てだし。

 まっくんのことを、ジンくんたちは『マサ』って呼んで、まっくんは二人を『リョウ』『ジン』と呼んでいるのはどうでも良いけど。気が付いたら私の呼び方まで、『中村』から『由梨』に変わってるって、どういうことよ。

 腹立ち紛れに、シェイクを吸うけど。もう。今日のシェイク固くって、吸いにくい。

「お前、肺活量弱いな」

 まっくんが笑いながら言う。

「うるさい、文化部」

「俺、中学は水泳だったから、肺活量はそれなりにあるけど」

「あ、そ。良かったわね」

 手の温度で柔らかくしようと、温めながら言い合う。向かいの席で、アップルパイを齧っていたジンくんが

「やっぱ、どう見ても漫才だろ?」

 って、また笑う。低い笑い声が、気持ちよく響いてる。


 チラッと腕時計を見る。冬時間で完全下校が早くなったとはいえ、いつまでダベッている気かしら。

「そろそろ帰らないと、まずいか?」

「うーん」

 三人が話をするつもりでいるなら、先に帰ろうかな。遅くなると、帰り道怖いし。

 そんなことを考えながら、まっくんに生返事を返す。

「とりあえず、シェイクを飲んじゃう」

「うん」

 ズルズルと、苦労しながら私が飲んでいる間に、三人が音楽の話を始めた。どうやら、来年の文化祭に三人で組む相談らしい。


 いいなぁ。歌えるって。演奏できるって。


 十年前には、私だって……。   

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