高校生って
夏休み前。県の総体を最後に桐生さんたち三年生は、引退をした。
桐生さんの試合の組み立ても、丹羽さんの攻撃も歯が立たない相手に負けて。
夏休みはその悔しさをバネに、新しいチームが作られる。
二年生が八人一年生が四人のメンバーで、新しいチームのレギュラーにジンくんが入った。
「ノーコンをもうチョイ直せたら、来期のエースになれるやつだ」
って、新キャプテンの柳井さん。ひどすぎるコントロールは、そこそこ直ってきたみたい。
「他の奴も負けんな。って、俺もか」
ポジション取られないようにしないと。ってエースのタマさんが笑う。
補習のついでに体育館を覗いた、丹羽さんや松本さんが
「亮、将。センターとってやれ。保、キリが抜けた分、セッターも狙えるからな」
なんて、更にあおるから、
「ピヨさん、ひっでぇ。俺にレギュラーから外れろって?」
二年のセッターの東海林さんがブーイングをする。
夏休みの終盤、市の北部にある鈴ノ森高校へと練習試合に行った帰り道。
先輩たちの後ろにくっついて、ぞろぞろと夕方前の道を駅へと向かう。
「なあ、あれって確か、サッカー部の……」
将くんが指差すほうを、信号待ちの間にみんなで見ると、佳織、だ。一緒にいるのが確か……
「五組の森本、だな」
「それとマネージャー、だよな、ゆり?」
保くんと亮くんが言うのにうなずく。
「付き合ってんのかな」
行儀悪く、ペットボトルのスポーツ飲料を飲む合間に言ったのがジンくん。
「どうなんだろ? そんな話出たことないし」
そう答えたところで、新たな動きが。
「おい、手つないだぞ」
ひゅーっと、道路のこっち側で私たち同級生が低く歓声を上げているとも知らず、仲良く歩く佳織と森本くん。
うわうわうわ。
なんか、”見ちゃった”って感じ。友達が彼氏といるところなんて。
そうか。高校生って。”そう”なんだ。
軽い、カルチャーショックを受けた、気がした。
二学期になった。
近隣の学校のトップを切るように、私たちの学校、柳原西の文化祭が行われる。
うちのクラスの出し物は、ヨーヨーつりやスーパーボールすくいの、いわゆる縁日?
一時間ずつ順番に店番を担当するので、私は午後の一時からの当番。まっくんが言っていたステージを見に行きたい子が多くってスコーンと希望者が少ない時間帯。お客さんもきっと、ステージを見に行ってて暇だろうし。別にステージを見たいわけでもないし。
まっくんは、軽音部のステージと野外ステージの掛け持ちの合間を縫っての裏方担当。一時間続けての店番ができないから、空いている時間を細切れで裏方って、何様よ。
早めにお昼を食べて、じゃんけんで負けて一緒の当番になった子たちと、『ひまー』って言いながら、店番をした。
二時をちょっとすぎたころ、
「ごめーん。遅くなって。代わるわ」
やっと、宏美たち二時からの当番が戻ってきた。
「おっそーい。待ちくたびれた」
ぶーぶー言ってやると、頬を紅潮させた宏美が
「ごめん、って。でも、すごかったのよ。ジンとリョウが」
「??」
「バレー部の今田君? だっけ。英語コースの大きな子」
「ああ、ジンくん。と、誰って?」
「ジンとリョウって言ってたよ。本人たちは。今田君とよく一緒にいる大きな子。なんていうか、色の薄ーい子」
ジンくんといるって言ったら、亮くんかな。一年生のうちでもあの二人、仲がいいし。
店はまだまだ、ひまなので、そのままおしゃべり。
「で、何がすごいって?」
「歌よ、歌。もう、しびれるような声してるのね。ジンって。英語の歌詞もメッチャうまいし」
そういえば夏休み前に、亮くんが『歌わないと勿体ない』ってジンくんを誘ってた。乗せられんだ、ジンくん。
ぱらぱらとお客さんが来だしたので、店番の邪魔をしないように教室を出る。
どこに行こうかな? ステージはまだ続いているみたいで、かすかに音が聞こえている。一緒の当番だった子達は、見に行くって行っちゃったけど、興味ないし。
あ、そうだ。桐生さんのクラス。駄菓子を売っているって言ってたけど、まだ残っているかな?
ふらふらーと三年生の教室を目指して歩く。
「お、ゆり。どこ行くんだ?」
「あ、桐生さん」
うわーい。ラッキー。
一人で歩いている桐生さんと遭遇しちゃった。
「桐生さんのクラスの、駄菓子まだ残ってますか?」
「残るわけ無いだろ? もう、二時過ぎだぜ」
と言って切れ長の目を細めるように笑う。
「あー。残念」
「出遅れたな。またのご来店をお待ちしてます」
頭を軽く叩かれた。
「また、って。桐生さん来年は無いじゃないですか」
そう、突っ込んで。はっとした。
そうか。あと半年したら、桐生さんとは会えないんだ。
夏に見た、佳織と森本くんの姿がよぎる。
もしも、桐生さんに告白とかしたら……私も桐生さんとあんなふうに歩いたりできるの?
「あ、の」
「あ、そうだ。保に会ったら、頼まれてた本、部室に置いておくって言っといて」
じゃぁ、頼むな。
片手を挙げるように、教室に入っていく桐生さん。
三年生の教室の中まで追いかけていって、告白なんてできるはずも無かった。
タイムリミットみたいなものを意識してしまった文化祭から、桐生さんの姿を見かけるたびに何とか二人になる努力をしてみるのに。
するっと、用事を言いつけられたり、気が付いたらムダ話で終わったり。
立ち去る桐生さんの後姿に、何度、地団太を踏む思いをしたか。
「中村、何やってるんだ?」
ある日、また逃げられた桐生さんを恨めしく見送っているところに、まっくんが来合わせた。
何で、こんなタイミングで来るのよ。
「なんだっていいでしょ」
「まあ、いいけどさ」
いいんだったら、放っておいてよ。
そろそろ、みんな着替え終わって練習を始めた頃。私も着替えて、お茶を作る準備をしなきゃ。
まっくんに背中を向けて、階段を降りようとしたところを呼び止められた。
「なあ、中村って男バレのマネージャーだよな?」
「そうだけど?」
「ジンとリョウってバレー部だろ? 一度、会って話がしたいんだけど」
「勝手に会えばいいじゃない」
私を巻き込まないでよ。亮くんを”リョウ”って呼ぶってことは、文化祭のステージがらみでしょうが。
あの日、私が見なかったステージは宏美が言うようにすごかったらしくって。話したことも無い女子からも『ジンを紹介して』だの、『リョウって、付き合ってる子いるのかな』だの。うっとおしいったら、ありゃしない。
ジンくんは自分でも『ジンって呼んで』って言っているみたいだけど、亮くんは、”リョウ”とは名乗ってないのに。付き合うのどうのの前に、ちゃんと名前ぐらい知ろうよ。
大体ね。私は、自分のことでいっぱいなの!!
って、声を大にして言いたいわ。
「勝手に会えばいいのは解ってるけどさ。中村にもいて欲しいっていうか」
「なにそれ」
もう。まっくんって、言いたい事がわかりにくい。
あ、昔っからそうか。
「ジンたちと、来年ステージ立てたらいいなって思っているんだけど。そこに、中村も入ったらもっといいかなって」
「あ・の・ね。何で、私が」
「ゆうりちゃん、聴音はメチャメチャだったけど。歌うのは上手だったから」
何で、ここで”ゆうりちゃん”。
頭、痛い。
「ジンとハモったら、きっとすごくいいと思う」
「ムリ」
「なんで。あれだけ歌えたら、他のパートに引っ張られないだろ?」
「ムリはムリ」
「ゆうりちゃん!」
「歌えないの!!」
言わせないでよ。
視界がぼやける。こんな状態で階段を下りたら危ないのは解っているのに。
そろそろと、階段を下りる。後ろから腕をつかまれた。
「歌えないって、何で?」
「体が、音楽を受け付けないの!」
あーあ。言っちゃった。
「歌ったり、演奏したりしたら、気分が悪くなって。ひどいと吐くの!」
「何で、そんな……」
「あんたのせいよ!」
「俺?」
つかんだ手の力が緩んだ隙に、振りほどくようにして腕の自由を取り戻す。
そのまま部室まで、一目散に進んだ。
時々、こぼれる涙を拭きながら。
体育館での練習を終えて、後片付けをして。
着替えのために、みんなより一足先に部室に向かう。
部室棟の薄暗い廊下、バレー部の部屋の前に大きな人影が立っている。
「練習、済んだのか」
さっきの今で、どうしてこんなところに居るのかな?
ホント、まっくんって解らない。
「終わったら、何?」
「さっきはごめん」
「それは、何に対する”ごめん”なわけ?」
「ええっと……」
「自分でも解ってないくせに、謝らないでくれる? 余計に腹が立つわ」
「うん、ごめん」
ああ、もう。だから!!
「ゆり? どうした?」
保くんが帰ってきた。
「あれ? もう片付け終わったの?」
「いや、ジョージさんが絆創膏くれって」
「え、怪我?」
「なんか、柱がささくれてたっぽくって」
小脇に抱えていたファーストエイドの箱から、消毒液と絆創膏を出す。
「そろそろ、終わりそうよね」
「うーん、まあな」
さて、ひとっ走りと、つぶやくと保くんは軽快に走り出した。
元気だなぁ。あれだけ練習して、まだ走れるか。
後姿を見送る私の背後から、まっくんの咎めるような声がする。
「”ゆり”、じゃないだろ?」
「まだ、そんなことを言ってるの?」
「そんなこと、じゃないだろ? 自分の名前、大事にしろよ」
「あんたには、関係ない。ああ、ジンくんたちも、そろそろ帰ってくるだろうから、話がしたいんだったら、今からすれば?」
そう言って、部室のドアの鍵を開ける。
ああ、もう。この鍵、固くって開けにくい。なんだって、いまどき南京錠なんか使っているのよ。
鍵に八つ当たりをしながら、引き戸を開ける。
音を立てて、戸を閉めて。
ため息が出た。