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音が織る縁 中

「綾さん、お久しぶり」

「お久しぶりです、ゆりさん」

 亮くんの奥さん、綾子(あや)さんと顔をあわせるのは……彼らの結婚式以来かな。


 足が速くって、作業着を着たおかっぱの女の子。亮くんとは幼馴染。


 まっくんからそんな風に聞いていた綾さんは、ショートボブにスレンダーなモデル体型の子で。亮くんと”黙って”並んでいると、しっとりと大人びた雰囲気のカップル。

 聞いていたイメージと違う、っていうのが、数年前の初対面の感想だった。 

 口を開くと、小学生のようなやり取りを亮くんと交わすから、さらにイメージが崩れるんだけど。

 

 そろそろ、ご飯も食べ飽きたって感じの春斗と、綾さんの息子の尚太くんを邪魔にならないスペースで一緒に遊ばせながら、ビール片手におしゃべりに興じる。


「今回は、お互い、大変だったわね。特に、綾さん、産休中だったでしょ?」

「大変っていうか。亮がへこんでいるのが、うっとおしくって」

「へこんでたんだ」

「もう、ボコボコ。『JINと心中』とか言い出すし。子供産まれるっていうのに、男同士で心中しないでよって、ねぇ」

 笑い話にしながら、綾さんが言う。

「それは、確かに。うっとおしいかもね」

「でしょ?」

 そんなことを言われているって知らない亮くんが

「ゆり、綾のペースで飲んだら、潰れるぞ」

 って、余計なお世話を焼きながら横を通っていく。 

 綾さんと二人で、顔を見合わせて笑う。


 話すうちに、話題が産後ダイエットの話になった。

「綾さん。元が細いから」

「いやー。細いっていうより、必要なところに肉が無くって」

「そんなこと無いって」

「あるのよそれが。子供の頃、亮に『おとこおんな』って言われたこともあるくらい」

 亮くん、なんてことを言ってるのやら。

 ガタガタと音がして。まっくんたちが、なにやらスタッフさんたちと一緒に椅子を並べなおしている。

 何やってるんだろ? って思いながらも、『ま、いいか』って、おしゃべりの続きを。

「余分なお肉がないのは『走るのには、好都合』って、強がってたんだけど」

「綾さん、陸上?」

 亮くんが、”必死で追いかけてる”ほど足が速いって言ってたっけ。

「うん、中学・高校とね」

「へぇ。中学校で仲良かった子も、陸上部だったのよ」

「あ、じゃぁ。大会とかで会ってるかも」

「大西 真紀って子だけど。知ってる?」

 知らないかな。って思いながら、真紀の名前を出す。確か、芽衣が生まれた翌年に二人目が生まれたって、年賀状が来ていた。転勤の多い旦那さんにくっついて、あっちこっちと引っ越して……今、どこだったっけ?

 そんなことを考えている私の顔を、綾さんがまじまじと見ている。


 眉間に皺を寄せるように、考え考え綾さんが口を開いた。

「真紀ちゃんの友だちの、”ゆりちゃん”?」

「へ?」

「お饅頭屋さんの」

「はい?」 

 お饅頭屋さん?? 

 うちの実家はお饅頭屋でも何でもないけど。



「由梨。話の途中にごめん」

 まっくんの声に話を中断して

「何?」

 って訊いた彼の背後。

 まっくんたちがさっき椅子を並べていた向こうに、いつの間に準備したのか。

 ドラムセットに、キーボード。スタンドマイクとベース。そして……まっくんのギター。


 春斗を生んでから、ライブには行けなかったから。ここ数年、目にすることのなかった織音籠のセッティング。

 演奏、するの? ここで?


「皺になるから、持っておいて」

 って、まっくんに脱いだスーツの上着を渡された。

「あと、これも」

 はずしたカフスボタンを受け取ろうとして、落ちた。

 なんだろ、手が震えてる。

「大丈夫か?」

「うん」

 拾い上げて、手の中に握りこむ。発表会の前みたいにドキドキしている。

 まさか。こんな所で。

 織音籠が聞けるなんて。

 

 亮くんと、ジンくんが試合の始まる直前みたいに上半身のストレッチをしている。

「相変わらず、体育会系だ」 

 私の横で、綾さんがボソッと言った。

「相変わらず、なの?」

「うん。ステージの前はああやってるみたい」

 五人、それぞれが軽く準備運動をしている。そうか、ステージの前の姿って見るの初めてかもしれない。

「綾さん、今までにも見たことがある?」

 ちょっと、悔しい、って思いながら訊いてみる。織音籠が生まれる前から見ていたのは、私なのにって。

「あー。私は、もともとがスタッフみたいなものだから。亮の楽器のセッティングとかで裏方したことがあって」

「そうか、そうだった」

 今日は互いにおめかしをして、子供つれているから忘れていた。”作業着を着た女の子”だ。



〈 ちょっとした、余興です。皆さん、どうぞ座って 〉

 ジンくんのマイクを通した声が、みんなの注意をひきつける。

 亮くんが、座席の割り振りを仕切る。

 サクちゃんのご両親とかと席を譲り合いながら、結局二列目の左端に座る。芽衣は、その前。春斗はひざの上。芽衣の隣に、ジンくんの彼女の美紗ちゃんが座っている。

「知ちゃん、さっちゃんがギター弾けるって知ってた?」

 って、美紗ちゃんと知美さんの間に座っているサクちゃんの甥が大声で言って、笑いがおきる。

 サクちゃんはベースを構えながら、苦笑している。


 ユキくんのカウントで曲が始まる。

 ジンくんの声が出なくなる少し前に、まっくんが作っていた曲のイントロが流れる。

 低いハスキーな歌声。手術(オペ)を受けても完全には戻らなかったジンくんの声が、サビに入ったところで響きを変えた。まっくんなら、どう表現するんだろ。また、絶妙とかいうのかな。

 そう思いながら眺めた、まっくん。音楽さえしていれば幸せな人だけど。それでも、織音籠は特別なんだろう。こっちを見た目が心底楽しそうで、私も頬が緩む。

 

 最前列の真ん中に座った知美さんが、ハンカチを目元に当てるのが見えた。

 知美さんは、サクちゃんが音楽を続ける邪魔にならないようにと、身を引く覚悟をしようとして。それでもサクちゃんを諦めきれなかったって。さっき、ユキくんを問い詰めて教えてもらった、”知美さんの相談事”。ユキくんは、私や悦ちゃんが仕事を続けていることを例えに出して、一緒に生きていくことを示したらしい。

 良かった。知美さんが、自分の恋心を音楽の神様に捧げることを選ばなくって。一緒に生きていく勇気をもってくれて。

 

 結婚前に、真紀が言っていた『歌わないと死ぬ小鳥なら、歌い続けさせてあげれば?』って言葉の通り、生活のために彼らに音楽を捨てさせることなく、全員が揃ってこの二年間を乗り越えられたことに感謝したい。



 ジンくんが来月からの活動再開の報告と、家族への感謝の言葉でステージを締めくくる。



 まっくんがステージからおりて、身だしなみを整えるのを見ながら、『そういえば……』と、さっきの綾さんとの会話を反芻する。

「『お饅頭屋の、ゆりちゃん』って、なんだろ?」

「はぁ?」

 私の掌から摘み上げたカフスボタンを止めていた まっくんが返事を返してくる。

「さっき、綾さんに言われたんだけど。お饅頭屋の意味がわからない」

「お前が、饅頭屋って言ったら、アレだろ? 高校の文化祭」

 死人合わせで、浴衣を着ていた、って言われて。

「あー。あの時の!!」 

 真紀と来ていた、”あやちゃん”だ。そういえば、”わざわざ”亮くんたちを見に来ていたんだ。

 ほー。へー。

 そうかぁ。綾さん、実はそんな頃から、亮くんのことを……。

 そんなことを知ってか知らずか、亮くんったら、あんな”彼女”と付き合ってたんだ。

 イチくんと、頭を寄せ合うようにデジカメの画面を見ている亮くんが、顔を上げた。おっと、目が合ったら、大笑いしそうだから、よそを向いていよう。

 まっくんに上着を渡して、デザートを取りに行ったはずの芽衣を探す。

 あ、悦ちゃんのところのテーブルで、ひとつ年下の瑠璃ちゃんと仲良くゼリーを食べている。



「ごめん、悦ちゃん。芽衣がお邪魔して」

「いいのよ。ゆりちゃん。瑠璃が引っ張ってきたから」

 私もまっくんも一人っ子だから、芽衣にとっては、瑠璃ちゃんはすっかり従姉妹みたいな感じで。

 そういう意味では、織音籠のメンバーは親戚の叔父さんかも。

 のんきなことを思っている私をよそに、春斗が芽衣のゼリーを欲しがって姉弟げんかになりかける。

「ゆりちゃん、芽衣ちゃん見ておくから、ハルくんにもとってきてあげて」

「ごめんね。悦ちゃん」

「いいって」

 悦ちゃんを片手で拝みながら、春斗の手を引いてデザートコーナーへ。向かった先には、同じように尚太くんを連れた綾さんが居た。


「綾さん、蔵塚南高?」

「あ、思い出しました?」

 いたずらが見つかったみたいな顔で笑う。

「真紀ちゃんとは、部活もクラスも一緒で」

「亮くんの幼馴染だったら徒歩通学?」

 確か、同級生がランニング通学してるって。亮くんが言ってことがあった。

「ええ。陸上部だから、ランニング通学だったけど」

 へぇー。そうかぁ。亮くんが言っていた、”同級生”だ。

 ぷくくく。

 絶対、亮くん、綾さんのこと意識してたんだろうなって、思う。

 お互いに、何やってるんだろこの二人。

「ゆりさん?」

「ごめ、なんでもない」

 いやー。

 本当に、世間は狭い。 


 そのまま綾さんも一緒に、悦ちゃんの待つテーブルに戻って。

 なんだかんだと話をするうちに、綾さんとも互いに『ゆりちゃん』『綾ちゃん』って呼び合うようになった。

「そうなると、『知美さん』が一人だけ、他人行儀よね」

「美紗ちゃんは、最初からなんだか、『美紗ちゃん』だったけど」

 悦ちゃんと互いにそんなことを言い合って。

「だったら、さっきのSAKUの甥っ子みたいに『知ちゃん』?」

「かな?」 

 綾ちゃんの提案に、悦ちゃんがうなずく。


 お開きになって、私たちを見送ってくれるサクちゃんと”知ちゃん”の夫婦に、

「改めて、よろしく。”知ちゃん”」

 って声をかけてみる。

 知ちゃんは、大きな目を一瞬見開いたかと思うと、にっこり笑って

「こちらこそ。末永くお願いします」 

 と頭を下げる。サクちゃんが

「よかったな」

 って、目じりにしわを寄せるように笑う。

「知美、新しい”家族”だぜ」 

 って。 

 人と人との出会いが、織り上げたようなこの家族。

 一緒に守っていこうね。



 式からの帰り道。亮くん一家と駅への道を歩く。

「次は、JINだな」

 って、まっくんの言葉に、眠ってしまった尚太くんを抱っこした亮くんが、私の顔をチラッと見る。

「何?」

「あのな」

 言いかけて、うーんって。変なところで、言葉を濁す亮くん。

「JINの結婚式。桐生さんが来る」

「はぁ?」

 何で、桐生さん。

「美紗ちゃんのな、お姉さんと結婚してて。そろそろ高校生になる息子がいる」

「ちょっと。えー、高校生?」

 いくつだ? 今。桐生さんって。四十一歳になってるのか、なってないのか 

 って、あれ? 美紗ちゃん三十歳過ぎてるよね? それでも、高校生の甥って、何歳年下?

「犯罪?」

「なんでだよ」

「いや、だって。美紗ちゃんのお姉さんて」

「かなり年が離れてるみたいだな。俺たちより年上ってさ」

 あ、よかった。

「催眠術師が、未成年に手を出したのかと思った」

「そんなこと、する人かよ」

「あぁ、それはないか」

 心の準備しとけよって、亮くんの言葉を聴きながら、今日何度目になったか分からない感想が心に浮かぶ。


 本当に、世間って。狭い。

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