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入学

 中学に入る頃に、かろうじて音楽の授業に参加できる程度には回復した。

 音楽教室で習った楽典のおかげで筆記テストは満点だったので、歌がお経みたいなボソボソでも人並みの成績はとることができた。母から事情を聞いた先生が、考慮してくれたおかげもあっただろうけど。

 高校になれば。音楽は選択授業でとらなくっても済むらしい。

 早く、音楽から開放されたい。



 高校の入学に伴う諸々の手続きを終えて、一安心をした。

 ”芸術科目”として、音楽・美術・書道から一教科の選択。嬉々として、音楽を第三希望にしてやった。

 これで、音楽とは縁が切れる。



 入学式の日。

 登校して、クラスわけを見る。一年三組、四階の階段横のクラスか。

 教室に入ると同じ中学校だった、秋吉さんと近藤さんがいた。

「中村さん、一緒だね。よろしく」

「こっちこそ。よろしく」

 黒板に、”席は自由に”って書いてあったから、丁度空いていた近藤さんの後ろの席に座る。

「中村さん、下の名前なんだっけ?」

 体をひねるように座って、近藤さんが訊いてくる。

由梨(ゆーり)

「ああ、そうだ。『ゆりちゃん』って呼ばれてたっけ」

「そうそう。で、近藤さんと秋吉さんは?」

 近藤さんが美智子さん。秋吉さんが宏美さん。

 先生が来るのを、新しく友達になった『みっちゃん』や『ひろみ』とおしゃべりをして待った。


 入学二日目は、オリエンテーション。

 校内案内とか、自己紹介とか、学級委員決めとか。

 高校にもなって、自己紹介ってね……。何を言えっていうのかしら。

 男子から五十音順に前に出て、名前と一言。ぼーんやりと聞いていたら、聞き覚えのある名前が出てきた。

「中尾 正志(まさし)です。高校では、軽音楽部に入ろうと思っています」

 そう話す男子の顔を見てみる。まっくん? あの、つり目は、多分。

 『練習して来いよ』って視線で言っていたような、あの陰険そうな目。

 音楽とは縁が切れたのになぁ。

 妙な奴と縁がつながっちゃったなぁ。


 女子にも順番が回ってきた。

「中村 由梨(ゆーり)です。どうぞよろしく」

 いつからか、私は『ゆうり』とは名乗らなくなっていた。どうせ呼ばれるのは『ゆーり』で、そのうち『ゆり』になるから。音楽教室で呼ばれていたみたいに、微妙な『ゆーり』と名乗る。

「おい、中村。それだけか」

 先生の突っ込みを、あいまいに笑ってごまかして席に戻る。



 終礼が終わって、教室を出ようとしたところで

「中村?」

 と、呼び止められた。振り返ると背の高い男子が後ろに居た。

「なに?」

 まっくんだ。何で、呼び止めたりするかな。

 その陰険そうな目で見下ろさないでくれる?

 全身で『迷惑!』って言っているつもりの私に、彼が言ったのはかつて通っていた音楽教室の名前。

「通っていたよな?」

「だったら、何?」

「なんで、ちゃんと名前言わない?」

「は?」

「お前、『ゆうり』だろうが」

「いいでしょ、別に。あんたに迷惑かけたわけじゃなし」

「”う”の音がかわいそうだろう」

 何よ、それ。わけわかんない。

 頭ひとつほど、高いところにあるつり目を思いっきり睨んで、私は教室を出た。



 入学から一週間が過ぎて、高校での部活動の希望をそろそろ出さないといけない。早い子は、さっさと入部して活動を始めている。特に野球とかサッカーとか。

 中学時代に、背の高さだけで勧誘されて始めたバレーを、そのまま高校でも続けるかどうするか。

 とりあえずの見学に、その日、私は体育館に足を運んだ。


 体育館の入り口を開ける。手前で男子バレー、奥で女子バレーが練習をしていた。

 中を覗いた瞬間に目に飛び込んできた光景に、一瞬呼吸を忘れた。


 男子のコート。スポーツ刈りのセッターのトスに、踊るようにセンターが跳ぶ。矢のように刺さるスパイク。

 決まった瞬間に空気が緩み、さっきのセッターがハイタッチをしている。切れ長の目がニッと笑う。

 一目ぼれ、って。あるんだ。

 セッターの彼に、心が奪われた。



 バレーはバレーでも、プレイヤーではなくマネージャーをすることにした。男子の。

 あの日、その場で入部を希望して、三年生のマネージャーの佳代子さんにくっついて仕事を覚える。

 練習の後のお茶を作ったり、部室の掃除をしたり。部費の管理もだし、先生との連絡係も。


 私たちの学年は部員が四人。山岸 (とおる)くん、浅野 (しょう)くん、杉原 (たもつ)くん、今田 (ひとし)くん。

 今田くんがすっごく大きくて、横に立たれると一瞬ビビる。山岸くんや浅野くんも結構背が高いし。女子としては背の高いほうな私が、普通の身長に思えてしまう。佳代子さんなんて、埋もれそうだし。

 そんな中、あの切れ長の瞳のセッター、三年の桐生さんは今田くんをかまいまくっている。『大魔神、大魔神』って。言いえて妙な呼び名に、部員みんなが今田くんを『ジン』と、呼ぶようになった。それにあわせるように、一年生の呼び名が『亮』『将』『保』、そして『ゆり』になった。


 二週間ほど活動をしたある日、桐生さんに部室を出たところで呼び止められた。

「ゆり、しばらく体育館に立ち入り禁止な」

 と。

「どうしてですか?」

「気が散る」

 そう言って、ヒラヒラと手を振りながらグラウンドに向かう桐生さん。今日は体育館の割り当てがないから、立ち入り禁止も何も関係ないけど。

 気が散る、か。恋心が、見透かされたのかなぁ。

 お茶を作るためのヤカンを手にトボトボと、給湯室へと足を運んだ。


 お茶を冷やしている間に部室の掃除に戻ると、佳代子さんが私の顔を見て首をかしげた。

「ゆりちゃん、何かあった?」

「佳代子さん。桐生さんが」

 立ち入り禁止の件を話すと、佳代子さんは

「変なことを言うわね」

 と、唇を尖らせた。

(キリ)くんが言うことに無意味なことってあんまりないから、何か事情があるとは思うけど。ちょっとの間は、二人とも体育館には行かないでおこうか。邪魔者扱いみたいで、腹立つし」

 ストライキだーって、こぶしを突き上げながら言う佳代子さんと、掃除を再開した。


 五月の連休中、市の大会があった。準決勝で負けた、その帰り道。

「ゆり、ごめんな」

 と、ジンくんが話しかけてきた。

「何が?」

「体育館の立ち入り禁止、俺のせいだ」

 ジンくんの言うには、彼のスパイクのコントロールの悪さに、危険性を感じた先輩たちがマネージャーの立ち入りを禁止したんだって。

「ゆりにきつい事を言ったら、佳代子さんが怒ってストライキ起こすからって。危ないからって言っても、佳代子さん適当に受け流すらしいから」

 よかった。本当に気が散るんじゃなくって。

 ジンくんの横で亮くんが、面白いものを見たような顔でこっちを見ているのがちょっと気にはなったけど。ジンくんのコントロールさえよくなったら、また、練習中の桐生さんが見れる。

 桐生さんのトス一本で、面白いようにゲームが組み立てられ、見ていて気持ち良いほどキャプテンの松本さんや、エースの丹羽さんを跳ばせるから。今日みたいな試合のときの桐生さんが、最高だけど。



 中間テストが終わった、五月の終わり頃。やっと桐生さんから立ち入りOKが出た。ほぼ一ヶ月ぶりに体育館に入る。丁度、コートでは桐生さんのあげるトスを一年生が順番に打っていた。

 

 ジンくんが跳ぶ。

 ボールが一直線に床にぶち当たって、大きな音を立てる。

 身長もあるし、体格も一年生では格段にいい彼が思いっきり振りぬいたら、ものすごい破壊力。ただ、コートにはかすりもしてないけど。

 実際に、ジンくんの打つスパイクを見て、先輩たちの”立ち入り禁止”にすごく納得。

 確かに、あれが、どこに飛ぶか分からないって、めちゃくちゃ怖いわ。 

 

「こっわー」

「すっげぇだろ、ジンのやつ」

 同じように感じたらしい佳代子さんに、横にいた松本さんが言う。

「あんなにすごかった? 入部してすぐって」 

「いや、ショボかったな。キリが、全身で打つことを覚えさせたんだ。ジンって、何をしても遠慮がちでよ。『お前のスパイクくらいで死ぬやつなんか、いねぇよ。思いっきり打て』つって、コントロール度外視で打たせて。振りぬけるようになったところで、丹羽(ピヨ)が付きっきりでフォームを直した結果がアレ」

 そんな話を二人がしている横で、次は亮くんがジンくんに負けじと打つ。こっちはキレイにコートに入った。

「で、それを見ていた亮に火がついてよ。あいつはまた、遠慮っつうモンがないからガンガンいきやがるし。将も、保も負けず嫌いだしな」

 すげぇぞ、今年の一年は。人数が少なくっても互いに伸ばしあうぜ。

 そう言いながら時計を見た松本さんは、休憩を告げた。



 期末考査が終わるのを待っていたように、二学期に行われる文化祭の要綱が発表になった。

 各クラスごとと、文化部は部活ごとに何か出し物をする。そのほかに、希望者は野外ステージに参加もできるらしい。

 音楽とか、演劇とかダンスとか。腕に覚えのある人たちには、たまらない日になると佳代子さんが言っていた。


「中村、お前ステージで歌う気、ない?」

 まっくんが、唐突にそんなことを言ってきた、昼休み。みっちゃんや宏美、それからサッカー部のマネージャーをしている佳織と早苗といったメンバーで学食にいるときだった。

「何で、私がそんなこと。嫌よ」

 オムライスを掬う手を止めて、プイッとそっぽを向く。

「中尾は、知らないんだ。中村ってさ、お経みたいにボソボソ歌うんだぜ。ステージなんてムリムリ」

「そうそう。ステージ栄えしそうな派手な顔をしてっけど、客寄せにもなんねぇって」

 悪かったわね。派手な顔で。

 周りで話に勝手によってくる同じ中学校出身の男子を一睨みする。

「なぁ。客寄せとかじゃなくって、マジで。歌わないか?」

「しつこい。嫌ったら、嫌」

 テーブルに体重を乗せるように手を着いて見下ろしてくる まっくんを睨みあげる。

 しばらく睨みあいをしたら、向こうが目をそらして離れていった。


 大好きなオムライスが。この日は、すっごくまずかった。


 その頃だったか、部活の後片づけをしているジンくんが鼻歌をうたうようになった。低いよく通る声にメロディーがつくと、鼻歌程度でも聞き惚れそうになる。

「ジン、お前の声って、渋いな。いい声してんじゃねぇか」

 ジンくんと並んでモップをかけていた亮くんが言う。

「お前マジで歌えば? 今度ステージあるじゃねぇか」

「ん? もっとうまい奴ゴロゴロいるだろ? 俺、音楽の授業もまじめに歌ってこなかったし」

 おおー。こんなところに仲間が。

「いや、絶対歌わないと、もったいないって。な、俺、キーボード弾けるからよ。一緒に出てみようぜ」

「んー。そうかなぁ?」

「さっきの歌。あれだろ、アメリカの」

 亮くんの挙げたタイトルに軽くうなずいたジンくんは、モップを持ち直して歌い始めた。

「おい、ジン。下校時間が近いんだ。歌いながら手を動かせよ」

 二年生のエース、玉井(タマ)さんが笑いながらネットをたたんで言う。

「すんません」

「いい、いい。労働歌だ、歌え歌え」

「あおられたら、歌えませんよ」

 恥ずかしげに笑ったジンくんは、歌うのをやめて掃除を再開した。  

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