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未来へ

 本格的な病院実習が始まって、更に忙しくなる。

 実習期間中は、まっくんに構ってなんかいられないんだけど。

「由梨の邪魔をしたくないから、俺のことは気にするな。今、お前の優先順位はそっちだろ? 一生分勉強してこい」

 って、言ってくれている。

 悪いな、とは思う。でも、ここが多分がんばりどころ。音楽のように、看護婦になる夢まで無くしたら。きっとこの先、一緒に居られなくなる。


 心身供に疲れ果てながら、実習とレポートに追われ。がむしゃらに、毎日を乗り越える。

 私が自分の勉強に集中している間に、まっくんたちも将来へ向かって動き始めていた。



 三年生になった”織音籠(オリオンケージ)”は、インディーズからCDを出す話が決まったらしい。それにともなって、互いの呼び名を、それぞれ《JIN》《RYO》《SAKU》《YUKI》《MASA》に改めた。


「何が違うのよ」

「音が。JINが発音したら、ぜんぜん違う」

「私には、区別付かないけど」

「俺自身も、付けれてない。ま、表記上の違いだな」

「なにそれ」

 形、形、と笑いながら、まっくんが楽譜を眺めて、何やら書き込む。

 季節は夏休み。今日もバイトの合間の時間つぶしに、私の部屋を利用する まっくん。


「まっくんの曲、全部聴けなくなってきてるね」

 最近、ライブに行くヒマがない。前に行ったのって、いつだったっけ?

「そのうち、電子オルガン用に書きなおして、弾いてやるよ」 

「できるの?」

「うーん。ドラムをメモリに覚えさせて、ベースは足鍵盤使うだろ? で、メロディーとキーボードとギターを両手用にアレンジしたら、何とか」

 考え考え、話す まっくん。

 そうか、そんなこともできるんだ。音楽に嫌われていなかったら、私にも、まっくんの曲を弾くことができたかもしれないのに。

「まぁ、おれ自身の指が鈍ってるから、そっちの練習が先に必要だけどな」

「ふうん」

 お楽しみに、って言いながら、まっくんは汗をかいた麦茶のグラスを手に取った。



 講義に、実習。ごく、たまにバイト。そんな風に時間が過ぎて、今年も学園祭の季節になった。

 奇跡的、というか。一番最初に行われる総合大学の学園祭だけは、病院実習の期間から外れていた。


「今年はな。ステージ、トリだぜ」

 道で出会った悦子さん(えっちゃん)と、『お茶しよう』と立ち寄ったドーナツショップに、なぜか居た亮くんとジンくん。そのまま、相席をして世間話をしたのが、学園祭の一ヶ月ほど前。

 亮くんからもたらされた情報に、

「うわぁ、すごい」

 って、悦ちゃんが両手を打ち合わせる。


 ユキくんのいう”照れ屋さんの えっちゃん”も、大分慣れて。私たちは互いに『悦ちゃん』『ゆりちゃん』と呼び合うようになった。ユキくんがいなくっても、今みたいに、メンバーともおしゃべりするようになったし。 


「さっき、実行委員から話が来たところの、取れたてホヤホヤの情報」

 ジンジャーエールのストローに口をつけながら、亮くんが付け足す。

「じゃぁ、まっくんやユキくんも知らないんだ?」

「俺も、今聞いたところ」

 ジンくんが、相変わらず声を立てずに笑う。手元には、ミルクティー。

 本当に、コーヒーも飲んでいないんだな、って思いながら眺める。

「これから集まって、練習だからそのときに報告」

 さて、気合いれるぞ、って、試合前みたいな顔で亮くんが伸びをする。

 ジンくんが残った紅茶を飲み干す。

「キャプテン、ファイト!!」

 ガッツポーズをしながらエールを送ると、

「キャプテンじゃなくて、今はリーダー、な。RYO」

「人に押し付けやがって」

 そう言いながら、彼らが立ち上がる。

「じゃぁ、またな」

 軽く手を振りながら、出て行く二人を見送って。

 後は、悦ちゃんと楽しくおしゃべりをした。



 今年も友人たちと出かけた、総合大の学園祭で、二年ぶりに真紀と出会った。


「真紀! 久しぶり!」

「ゆりちゃん、今年もきてたんだー」

 キャーって声を上げる友人にハグされる。この子、こんな子だったっけ? 

 まあ、いいや。

「ゆりちゃん、知ってる? 今年のステージの、トリ。ゆりちゃんの高校の子達だよー」

「あー、うん。知ってる」

 なんと答えたものか。歯切れの悪い返事を返すと、一緒に居た友人が

「ゆりの彼氏だもんねー」

「ええー。そうなんだー。結構、派手な子たちを連れて歩いてるって噂だったけどー。ゆりちゃんだったんだー」

「いや、真紀? それは多分、私じゃないから」

「そう?」

「うん。他のメンバーの彼女じゃないかな?」

「じゃぁ、どれが彼氏なのよー」

 って、食い下がられて。

「ギターの、MASA」

「うーん? ギターってどっち?」

 どっちって、どう説明するのよ。どっちって訊く時点で、ギターとベースの区別が付いてないんだろうし。

「右? 左?」

 ああ、そうか。そんな区別があった。

 いつもステージ上では、まっくんが向かって左端。その隣、少し奥まったところに亮くんがいて。真ん中にジンくん。そして、ユキくんのドラムがジンくんの真後ろに置かれて、右端がベースのサクちゃん。上から見たら、歪んだMの字を描くような配置になっている。

「向かって、左」

「ああ、なるほどー」

 フムフムと、うなずく真紀。

「キツネくんの方だ」

「はぁ? キツネ?」

「似てない?」

「似てるけど。あんまり、人の彼氏”キツネ”とか言わないでくれる?」

 あれでも、幾分か目つきがやわらかくなったと思うんだけど。


 ごめん、ごめん、と謝りながら手を振る真紀と別れて私たちも模擬店めぐりにむかう。



 この日のステージも、これが最後。

 織音籠の出番になった。


 高校のステージでは、ほとんど話をしなかったジンくんが、曲の合間に観客に語りかける。すっかり、舞台度胸がついたって感じで。

〈 今まで歌ってきた曲は、俺が詞を書いて、MASAが曲をつけているのですが。次の曲は…… 〉

 言葉を切って、思わせぶりに客席を見渡す。

〈 SAKUが初めて詞を書きました。曲はRYOで 〉

 サクちゃんが、照れたように客席に背中を向ける。向き合うようになったユキくんがスティックで、『あっち、向け』ってジェスチャーをする。

 客席から、『サクぅ、がんばってぇ』って、黄色い声がする。片手を挙げるように応えながら、サクちゃんが、向き直る。カウントがとられて、曲が始まる。


 この日のステージは、今までに見たどれよりも盛り上がっていた。


 まっくんとジンくんが作るのとは違った、新しい織音籠の歌に胸が躍る。

 さらに、一歩。

 彼らは、未来に近づいた。



 四年の夏。まっくんたちのメジャーデビューが決まった。私の方も学園町から数駅、東に行った病院への就職が決まった。


「プロになれたね」

「うん。これからが勝負だけどな」

「お母さんとか反対、してないの?」

「仕方ないって感じかな。音楽馬鹿なことは、お前以上に知っているし」

「他のみんなは?」

「RYOのところだけは、反対されたみたいだな。殴られたって、顔を腫らしてた。まぁ、最終的には説得できたみたいだけどな」

 私の部屋で、お昼ごはんの冷やし中華を食べながら、肩をすくめる。


「春からは東京?」

「いや、このまま。こっちに拠点を置いて活動する話になっている」

「そうなんだ」

 よかった。遠距離にならずにすむ。

「じゃあ、実家暮らしのまま?」

「さすがに家は出ろって。親掛かりで生活してたら、どうしても仕事に対して甘えが出るし、年取ってから大変だから」

 自分の面倒くらい見ろって、お父さんに言われたらしい。

「面倒、見れるの?」

「俺、そこまで生活力無いか?」

 きゅうりを摘みながら、心底不思議そうに尋ねるけど。

「無いんじゃないの? 誰かが用意しないと食べない、飲まない」

「お前が脱水症状の心配してたから、飲み物は取るように気をつけてる」

 自分で言ったことを証明するかのように、まっくんがテーブルの上の麦茶ポットからお代わりを入れる。


「あ、進歩したんだ。でも、時間の管理は?」

「うん?」

「遅刻、するんでしょ? 音楽に熱中していたら」

「いや、別に?」

「だって、バイトに遅刻しないように時間教えてって、うちに来てたじゃない」

「ああ。あれは……」

 視線が泳ぐ。

「まっくん?」

「……ここに来るための口実」

「なに、それ」

「あのな。いくらなんでも、大学生にもなって誰かにスケジュール管理してもらい続けてるわけ無いだろうが。小学生でもないのに」

 呆れたように言われた言葉に、箸がとまる。

 そんな私をチラチラと見ながら、まっくんが話し続ける。

「お前が病院実習に行ってる間も、バイトも授業も練習もしてたぞ。普通に」

「だったら、なんで?」

 あれだけ、うちに来て。”彼女”になる前にも何度も泊まってたくせに。

 口実なんて、要る?

「いじましい努力、だな。RYOが”同窓会”を計画するまで、お前と連絡とることって、一度も無かっただろ? 近所の大学とはいっても、顔を会わせる事ってほとんどなかったから、これは拙いな、と」

「訳、わかんない……」

 左手で頭を支えるように、テーブルに肘を突く。

「普通に、電話してきなさいよ」

「電話、できたら苦労してない」

「なんで?」

「考えてみろ。『会えるか?』って、電話したとして……お前なんて返事した?」

 うーん? うれしいけど?

「多分、『はぁ? まっくん、訳、わかんない』って、言ったんじゃないか?」

 あ、言ってそう。

 ものすごく、心当たりがあって。箸をおいて、頭を抱える。

 それにめげずに電話してきたりしたら……すごいわ。


 自己嫌悪にそのままの姿勢で黙っていると、

「由梨、怒った?」

 って、かろうじて聞こえるくらいの小さな声がした。

 顔を上げると、まっくんが今までに見たことの無いくらい情けない顔をしていた。

 飼い主にはぐれた、キタキツネ。いや、キタキツネは飼っちゃいけない。

「まっくんの、ばーか」

 まっくんの頭に手を伸ばす。後ろ髪だけ長くして、頭頂部は短く立ち上がった茶色い髪にポンポンと手を弾ませる。 

「方向性、間違えてたかもしれないけど。俺……」

「ミスリードしたのは、私なんでしょ?」


 なんとなく、自分でも解った。

 亮くんやジンくんにだったら、そんなこと言っていない。

 まっくんに、甘えてたんだなーって。


「これからは変な口実、考えないでね」

「うん?」

「春になったら、お互い社会人だし。まっくん一人暮らしになるんだし。大丈夫かなって変な心配させないで。できることは、隠さないで」

「うん。約束する」

「突拍子も無いことを、『できない』って言われても、『仕方ないか』って思っちゃう私もいけないんだけど」

「俺、音楽馬鹿だしな」

「ちゃんと、人間の生活しなさいよ」


 口実なんて無くっていいんだから。


 ”彼氏”として

 『会いたい』って、堂々と言ってよ。ね? 

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