表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

酔っ払い

 結局、最後までビールのグラスを死守して。

 そろそろお開きに、って時には酔いが足に来ていた。

「由梨、だから言っただろう。止めとけって」

「だって」

 久しぶりに、みんなに会えて楽しかったし。みんなと同じように飲みたかったんだもん。

「お前な。ジンのあの体格と同じだけ飲める訳ないだろうが」

 まっくんのつり目が怒っている。小学校の頃の、発表会の後みたいに。その目に、意固地が芽を出す。

 負けるもんか。

 椅子に座ったまま、まっくんを睨みあげる。

 ああ、もう、と、まっくんがため息をつく。へへ、勝った。

「ゆり、家どの辺?」

「うーんと」

 道順を説明するのを腕組みしながら聞いている亮くんと、まっくん。

「タクシー、か」

「だろうな。歩きは、キツイだろ」

「意識あるから、大丈夫とは思うけど」

「でも、これ。いつ落ちてもおかしくねぇだろうがよ」 

 相談している二人の横で、

「意識ない人間は、重いぞー」

 って、サクちゃんが言う。

「何、お前そんな経験あるのか?」

「うちの姉貴が何度か」

「ああ、あの姉さんな」

「玄関まではかろうじて帰ってくるんだけどよ。そっから、部屋までが重い重い」

 ジンくんと、サクちゃんが二人でわかる話をしている。

 ふわー。確かに、眠いや。

 話が決まったら起こして、って寝てやろうかしら。

「こら、由梨。寝るな」

「だったら、早くしてよ」

 まっくんに肩をつかまれて、顔を上げる。

 ジンくんが、清算してくるって席を立ったのが見える。


「ほら 由梨。支えてやるから、立て」

「んー」

 まっくんに脇を支えてもらって、立ち上がる。亮くんが手を貸してくれながら、

「ゆり、とりあえず、店出るぞ。で、タクシー乗り場に向かいながら流しを拾う」

 って。

「はい! キャプテン、わっかりました!」

「ゆりさん、立派に酔っ払いだぜ」

 後ろで笑うサクちゃん。なによぅ。キャプテン命令は聞かなきゃいけないんだよ。

「はいはい。そうだな。由梨の言うとおり」

「でしょ? 私はいつも正しい!」

「はいはい、正しい、正しい」

 へへへ。まっくんが『由梨は、正しい』だって。

 

 思い知ったか、由梨様は正しいんだぞ!



 店を出て、駅へと向かいながらフラフラ歩く。まっくんが、左側から支えてくれる。

「由梨。二拍子、取れるか?」

「はぁ? 何言ってるの、この音楽馬鹿」

「ほら、一、二、一、二」

「ああ、もう。うるさい」

 また、訳のわからないことを言い出すし。

 もっとわからないのが、ジンくん。

「ゆり、俺の歌にあわせて歩いてみな」

 って、私の右側に並んで歌いだした、けど。

 なんで、”ウサギとカメ”?? ジンくんだって、酔ってない?

 

 まあ、いいか。いい声だし。

 低く歌われる童謡に意識をあわせているうちに、少し先を歩いていたらしい亮くんがタクシーを拾ってくれていた。



 咽喉が渇いた。

 ムクッと起き上がる。あれ? 服着たまま寝てる。

 ベッドから降りて、冷蔵庫に向かおうとして、何かにつまづいた。

「いてぇ」

 カーテンの隙間から差しこむ光で薄明るい部屋の中。

 足元の毛布の塊がしゃべった。動いた。

 中から、明るい色の髪とつり目が出てきた。

「由梨? 起きたのか」

 フワーッとあくびをした。

「なんで、まっくんがいるのよ」

「ゆうべ、お前が『泊まれば?』って、言ったんだろうが」

「言ってない」

「あのな。だったら何で俺が毛布、着てるんだ?」

 あれ?

 首をかしげながら、まっくんに背中を向けて、冷蔵庫からオレンジジュースのパックを出す。

 まっくんの着ている毛布は、確か押入れの衣装ケースに片付けた。うん。先月、衣替えのついでに。

 ううん? だめだ、頭ボケてる。

 キッチンスペースの調理台にジュースを置いて。ヤカンに水を入れる。

 コンロにかけて、伸びをひとつ。


「お前、何しようとしてるんだ?」

「コーヒー入れようかなって」

「ジュースは?」

「はぁ? ジュースぅ?」

 あれ? いつから、出てたんだろ。このオレンジジュース。

「おっかしいな? あっちもこっちも。出した覚えの無いものが」

「今、俺の目の前で冷蔵庫から出したから」

 そうかな? 

 額に手を当てて、考えようとして。浮いた脂が手に触れ、ぎょっとする。

 慌てて、洗面台の鏡で見た自分の顔は……崩れた化粧と、脂でひどい状態だった。

 何した、昨日の私。

 狭い洗面台に手を突いて、うなだれていると

「どうした、気分悪いか?」

 後ろから、まっくんの声。頭を振って、否定をする。大丈夫。頭痛はない。

 とりあえず、顔。洗おう。


 ザバザバとクレンジングを洗い流していると、まっくんが何か言っている。

「なに?」

「お湯沸いたぞ」

 お湯? ああ、そうだ。コーヒー。

「戸棚に、インスタントコーヒーがあるから、まっくんも飲むなら勝手に入れて」

 それだけ言って、洗顔の続きをする。


 軽く、化粧水だけをつけて。

 まっくんが私の分まで入れてくれたコーヒーに口をつける。

 にっがぁー。

「まっくん、コーヒーどれだけ入れた?」

「適当に」

 こんな風に、って握った瓶を傾けるようなジェスチャーをする。

「それで、ザラザラって?」

「うん。ちょっと、濃かったかな」

 マグカップを睨みながら首をかしげる。これのどこが”ちょっと”よ。

「家で、どうしてるわけ?」

「お母さんがいれてる」

「十八歳。自分でいれなさいよ。それぐらい」

「別に、飲みたくって飲むわけじゃないし。『ついでに飲む?』って聞かれるから、じゃぁ頂戴って」

「普段、何飲んでるのよ」

「別にこれといって。出された飲み物を飲んでる」

「はぁ? 喉乾いたから、ジュース飲みたいとかって……」

「ああ。俺、咽喉、渇くことまず無いし。いっつも何か飲んでいるジンの方が、俺には変わってるように見える」

 カップを口元に運ぶまっくんにつられて、つい一口飲んで。反省。にがい。

 空のカップをもうひとつ持ってきて、半分にする。お砂糖と牛乳を入れて、カフェオレもどきにして何とか飲めるようになった。


「お前な、合コンに出ることがあるって言ってただろ?」

「あー、うん」

「男と飲んでて、昨日みたいなのは拙いんじゃないか?」

「昨日は、羽目をはずしただけ。普段は、あんなに飲まないから」

「俺たちも一応、男なんだけど」

「知ってるわよ」

「男、あっさり部屋に泊めるなよ」

 眉間に皺を寄せるように、コーヒーを飲むまっくん。

 その言葉に、やっと、起きてからの疑問を解決するための、話の糸口がつかめた。

「ゆうべは、何がどうなって、泊まることにしたの?」

「お前、送ってきて。ここで時計見たら、終電やばくってさ」

 壁にかかったグリーンの時計を指差す。

 私は終電なんて、意識してなかったけど。まっくんは隣の蔵塚市まで帰るんだから、それなりの時間に帰らなきゃね。 


「つい、ぽろっと言ったら、お前、『じゃぁ、泊まれば? 毛布だったらあるしー』って。押入れから引っ張り出してきて」

「ふーん」

「『まっくん、はい』って渡したら、そのまま寝ちまった。勝手に荷物からカギ探すわけにも、開けっ放しで帰るわけにもいかないし、で」 

 床にたぐまっている毛布を、指差す。

 ほー。なるほど。

 両手でカップを包むようにカフェオレを飲む。

「お前さ、これがジンやリョウでも泊めたわけ?」

「何でよ。あの二人、終電関係ないじゃない」

「あ、そっか」

 今気が付いた、って顔でコーヒーに口をつける、まっくん。


 何時だろ。お腹すいたな。

 改めて見上げた時計は、いつもだったら朝食を食べている時刻を示していた。

「朝ごはん」

「なに?」

「思いっきり手抜きでよかったら、ごはん作るけど?」

 確か、冷蔵庫に食パンと、卵くらいはあったはず。

「お前、腹減ってる?」

「まっくん、減ってないの?」

「俺、あんまり腹減ったって経験、無いな」

「普段、どうしてるのよ」

「食事があれば、食べる」

「飲み物と同じなわけ?」

「うん」

 喉は渇かないし、お腹もすかないって……ロボットか。


「食事は、すべての基本!」

 高校の部活で、ジョージさんが、うるさく言っていた。強くなりたかったら、ジャンクフード食べてないで、ちゃんとご飯食べろって。そういえば、桐生さんなんて、試合の前に必ずチーズを食べてたし。

 ジンくんたちは、空腹に耐えかねて、帰りにファストフードでおやつ食べていたけど。帰ってからご飯も食べてるって。

 そう考えると、ダイエットの敵、みたいな子達だけど。それに比べて、目の前でコーヒーを飲んでるこの子ったら……。

「なに? いきなり」

「体を作る基本でしょうが、ごはんは」

「うーん?」

「じゃぁ、まっくんは、目の前にごはん出てきたら、お腹空いてるとか関係なく食べるわけ?」

「まあ。好き嫌いはしないし。別に小食ってわけでもないし」

「で、無かったら食べない?」

 それがどうした、って顔でうなずく。 

 あー。無人島に漂着したら、まっくんって絶対に飢え死にしそう。


 ぬるくなった、カフェオレを飲み干して。


 トーストとオムレツの朝ごはんでも用意しようか。

お酒は適量を守って、楽しく飲みましょう

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ