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君と僕の壊れかけの世界  作者: 蒼井青
第1話 記憶喪失の語り部と祓い手
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3章(6) ゆずれない想い

三章―Ⅵ

 完全に街が闇に染まる頃、目的の場所へと辿り着く。繁華街はちょうどこれからが本番とでも言う様にネオンの光を街へ発信している。

 そんな賑やかな建物と対照的に目の前のビルには何一つも目立った装飾がない。

「さて、俺はここに来るのも久世さんに会うのは実は初めてだな」

「いくぞ」

 薄気味悪い寂れたビルの中でただ一つだけ灯りの点いた三階のフロアを睨み付ける。

内部へと入り、階段を上がる。目的のドアの前に来ると、ノックもせずに戸を開けた。

「いらっしゃい。あれ?今日は一人じゃないんだね。誰だい?椎名君の友達かい?」

 そのまま室内に入ると、久世さんは何時もの様に自分の椅子に深く腰を据え、煙草を口に咥えていた。

室内は換気が不十分なのか紫煙で満たされ、快適とは程遠い環境になってしまっている。

 予想はしたけど、全くと言って良いほど何時もと何も変わらない反応だな。

「こいつは――」

「浅井浩市と言います。良平とは中学からのダチで実家は寺をやってるので、“そっち”関係の話にも少しは精通してるつもりです」

 僕の言葉を遮り、一歩前に出ると浩市自身が自己紹介をする。

その会話の中、ほんの一瞬ではあるが、ニヤケ面で細められた瞳の中に不気味な光を見た気がした―――まぁ、気のせいだろ。

「へー。確かに中々面白そうだね…。というか、椎名君友達いたんだ。いやー、ビックリビックリ。万年ぼっち君のアダ名は返上だねー」

 やはり気のせいだったのか、何をそんなに楽しいのか手を叩き、笑い出す。

 『そんなアダ名付けられた覚えはない!』といつもなら久世さんの冗談にリアクションするんだけど…。

「――久世さん」

「ん?」

「悪いんですけど、今日は冗談を聞きに来た訳じゃないんです」

 ニヤニヤと笑っていた瞳がより一層細められる。

「と言うと?」

「お前の軽口に付き合ってる暇はないって言ってんだよ」

 彼のいつも通りの反応に我慢できなくなった雪燈が吐き捨てる様に応える。

「それはそれは。どうしたんだい?今日はやけに喧嘩腰じゃないかい。あぁ、そうだ。依頼料は貰ってきてくれたかい?」

「それなんですが、状況が変わりまして、木曜日に祓ったタイプと同種の悪霊がまだこの街に潜伏してるんです」

「へー。ちゃんと祓ったんだよね?」

「あの日、祓ったことは間違いない。だとすれば別の奴と解釈するしかないが、実際に見た感じからすれば同系統の存在ではあった」

「それで、今日浩市と中学に行った時に遭遇して、運悪くそこに居合わせた女の子が襲われました」

 雪燈の補足も交えながら、今日の出来事を簡潔に話していく。

「なるほどねー。だからそんなにピリピリしてるんだ。それで、すぐに追わないで僕のところに来たのはなんでさ?」

 口元に咥えていた煙草を灰皿に押付け、新しく出した煙草を咥えなおし火を点ける。

「色々あって、取り逃がしたんです。正直この街の何処にいるかもわからない女の子をすぐに見つけるのは厳しいです。だけど、今回はそんな悠長なことは言ってらんないんです!今こうしてる間も彼女の精神は霊によって侵食されてるんだ」

 今日のことを話すことであの時の悔しさが鮮明に思い出される。

また話を聞きながらも淡々とした久世さんの変わらない反応に苛立ちを覚え、抑えていた感情が溢れ出してくる。

「それで、僕の力を借りたいと…。うーん。やっぱりこうなったか」

「だから僕は――やっぱり?」

 歯を食い縛り、強く握り締めていた拳が彼の言葉に思考が追いつかず一瞬力が抜ける。

それも一瞬のこと、どこかで予想していたが脳が信じたくなかった結論に辿り着く。

「あんたまさかっ!最初からこうなることをわかってたのかよ!」

「おいおい。落ち着きなよ。これでも僕はちょこちょこヒントは出していたんだよ。例えば『今回の犠牲者は二人』とか、『君は彼等から見たらご馳走』とかね。完全に全てを祓いきってない状況で君がそんな人混みに行ったら、そうなることは大体想像できるじゃないか―――それに君も良く知ってると思うけど、中学生くらいまでの子供達はその感受性から、取り憑かれやすいとかね」

 頭の中が沸騰したかのように煮えくり返り、身を乗り出し、久世さんの胸倉を掴む。

「あんたが僕に学校に行けって言ったんだろ!!」

それでも久世さんは変わらぬ口調で淡々と語る。それがとても耳障りで仕方がない。

 付け加えられた言葉が記憶にないはずの自分の過去を抉る。

「ちょっと待てください」

 浩市が落ち着けと言う様に僕の肩にポンと手を置く。

「なんだい?」

「久世さん、俺の気のせいなら切り捨ててもらっていい想像なんですが、俺には今回の件は話を聞く限り、どの角度から見てもあなたの仕組んだ通りに動いてるとしか感じないんですけど――」

「うん。そうだよ」

「んな!?」

 決壊寸前でなんとかギリギリで支えていたものが壊れた音がするとともに頭の中は真っ白になる。

久世さんの胸倉を掴んでいた手を引き、無理矢理立ち上がらせる。

「ふざけんな!俺はあんたの人形じゃない!」

「良平、私もそろそろ我慢の限界だ。いい加減こいつを黙らそう」

 すぐに雪燈との精神の定着を感じ、血が滲むほど握り締めた拳が僅かに光りだす。

瞬間、その僕の腕を久世さんの手が掴む。

「おいおい、君らしくもないなぁー。それに一人称変わってるよ」

「つっ!」

 指摘された言葉に対し、それを発した自分が驚き久世さんから手を離し、震えるその腕を自分の胸元に持ってくる。

 僕は…、俺は…、俺?

 その一瞬の動揺で雪燈との定着が外れる。

「おい!どうした良平!」

「俺と僕ね。君の処世術の一つかな。それとも―――」

 僕の動揺に追い討ちを掛けるように彼の言葉が続く。

「僕の話は、今関係ないでしょう!」

 なんだ?なんなんだよ!

この話は嫌だ。聞きたくない!

「良平!」

「くっ!」

 肩に置かれていた浩市の手に力が入り、僕の肩を強く掴む。その僅かな痛みが混乱する頭の中を落ち着かせ、体全身を包んでいた不快な物は四散するように消えていった。

「落ち着けよ」

 ふと我に返り隣の浩市を見ると、更に落ち着かせるように言葉を掛ける。

「悪い。助かった」

「はぁー、ちょっといいかの」

「んな?」「え?」「なに!?」「あれ?」

 空気が落ち着きだした所での突然の溜息交じり声に全員が全員それぞれの反応をする。

浩市、僕、雪燈、久世さんの順番である。

声がしたのは僕の後ろ――つまり、本棚が置かれているだけなのだが、その上にいつの間にか黒猫さんがちょこんと乗っていた。

うお、なんか久しぶりに見たな。んでも、誰もいないじゃないか。

「どうしたんだい?黒猫ちゃん?自分から喋るなんて」

 一番遅れて反応した久世さんがそれが当たり前かの様に黒猫さんに話しかける。

 流石にそれは…。

「お前等、人間の思考回路が余りにも不憫なもので、黙って見てられなかったんだよ」

 ピョンッと飛び跳ね、本棚からソファー、テーブルと跳び跳ね久世さんの机の上に着地すると、黒猫さんも当たり前のように返事をしやがった。

「あぁ、紹介するよ。僕の使い魔の黒猫ちゃん。ご覧の通り、人語を解す化け猫さ」

 久世さんを除いた三人が三人ともアホ面を曝け出し、放心している僕等を見て彼は苦笑する。

「しゃ、喋った…」

 突然のことにさっきまで混乱していた頭の中が落ち着いてくる。

「あれー?椎名君にも言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ!」

 絶対にこの人ワザと今まで黙っていたな!

幽霊が普通にいるんだ。喋る猫が居たって―――普通か?

「貴様!やはり悪魔の類いか!」

「だから、落ち着けよ。おい、小僧」

「な、なんだよ」

 雪燈などいないようにあしらうといきなり此方に話を振られ、一歩引いてしまう。文字通りに。

 猫に小僧って…。

「今回の事件を良く考えろよ。相手は憑依型の悪霊だ。確かにお前の言った通り、只の人間であるお前にその子を見つけるのは困難だろう。私ならわけないことだが…まぁいい。しかし、奴等は人に取り憑いてない時はどうしてると思う?」

「それは…」

 答えを導き出そうと思案しようとすると、黒猫さんは有無を言わさず言葉を続ける。

「答えは簡単。霊的な存在として、世界にいるだけだ。しかし、ここが問題でな。私にもその場合の奴等を捉えることは至難なんだよ。今回の奴等だって貴様に話をする前から主は追い続けていたんだ」

「…なんだよそれ」

「そして、これでもお前が二日間馬鹿みたいに寝てるときも、アホみたいに休んでいるときも主と我は計四体の同種の悪霊を祓っておるのだよ。取り憑くまでわからないため先手が打てない状況から何匹かは取り逃がしてしまったがな。それでも今までの数を足せば十体はくだらないだろう」

 な、なんだよそれ。そんなの聞いてないぞ。一体だけじゃないって知っていたなら何故教えてくれない。

「じゃあ、なんで其れを僕に教えてくれなかったんだよ!知っていれば――」

「手伝えたか?」

「な!?」

 黒猫さんの金と蒼のオッドアイが鋭く僕に突き刺さる。

「答えは無理だったな。前回貴様がここを訪れた際に、主が貴様等を挑発して憑依させたが、定着事態しっかりとされてないわ、三分もせずに限界がくるわで酷いものだったではないか」

 あの日のあの時にそんな思惑があったなんて――あの時、感じた久世さんの喋り方への違和感はそれだったのか。

「使えなければ切り捨てる。その言葉通り我等はこちらだけで処理をしようとしたんだよ。我は貴様の霊に好かれる体質を利用することを提案したが、主はその作戦を却下したんだよ。だが最終案で貴様が学校など餌が多く居る場所に行けば捉えられるのではないかという可能性に賭けたんだ」

 ぐうの音もでなかった。

今までの僕のしてきたことは、自分の力量も知ろうとしないで喚き散らし、其れだけでは飽き足らず上手くいかないのを的外れにも尻拭いをしてくれていた久世さんの責任だと罵った。

 これじゃあ、ただの子供じゃないか。

「君たちがあのタイプの奴等を一体祓うのが限界だというのがわかったから、この件はこちらだけで解決できればと思ったんだよ。まぁー、でもやっぱりこうゆう状況になっちゃったのは僕の失態だからね。それになんだかんだ最後には騙す様な事をして中学校に向かわせたんだ。椎名君達に嫌われても仕様がないよ」

 ちらりと久世さんのことを見る。

僕に呆れるわけでも責めるわけでもなく、ただ何時もの様にヘラヘラとした顔で僕を見る。

自分が酷く惨めに感じた。

「なんだよ、それ!そんなの言われなきゃわかんねーだろ!」

「自分の無知を恥ずかしげなく披露するだけで飽きたらず、責任転嫁か。傑作だな」

 そんなの僕が一番自分でわかってる!

 だからって、はいそうですかで引き下がれるかよ。

「黒猫ちゃん」

 窘めるような声で久世さんが呟く。

「貴様の小さな尺度ごときで世界を語るな小僧!」

「黒猫ちゃん!」

 二度目は彼には珍しい大声だった。

黒猫さんもその声にハッと驚き、彼女から発せられていた圧迫するような空気も萎む。

「す、すまん。我もつい熱くなってしまった…。ただ、こんな世間知らずの小僧に主が非難されるのは見てられなかったのだ」

「やれやれ、言いすぎだよ。まったく、普段は無口で良い子なのに、熱くなると口数が多くなるのは君の悪い癖だよ。今回の彼の言い分は尤もだ。僕等だけで処理できなかったのは事実であり、彼を囮に使ったのもまた事実だよ。その責任は僕にある」

 慌てる黒猫さんの頭をポンポンと優しく叩く。

「あ、あのー。話に入ってもいいですかね?」

 もう俯くしかなかった僕の横でこの空気を壊すように浩市がいつもの口調で割って入ってきた。

「あぁ、ごめんごめん。黒猫ちゃんが話の腰を折っちゃったね。それで、なんだい?」

 僕より一歩前に出る。

「今回の件はお互いのすれ違いで起きたってことでいいんすよね?」

「んー、まぁそうなるのかなぁー」

 どうなんだろ。っと困ったように頭を掻く。

「なら話は早いです。もともとその話をするためにここに来たわけですから」

「というと?」

「最初に良平が言ったと思いますが、俺等は少女が今どこにいるか知りたいんです。力を貸してください。俺がフォワードで、椎名達がバックスのコンビでリベンジさせてください。正直、それまでの経緯なんて今は関係ないんですよ。今、一人の少女が悪霊に憑りつかれてる。これだけあれば十分なんすよ」

 ハッとなり浩市の顔を見ると、向こうも此方を強い目線で見返す。

そうだ。まだなんだ。

今までの行動が全て僕の失態だったとしても、諦める理由にはならない。

「んー、それもいいんだけど、僕も一応責任者ということで、一度無理だったとわかった時点で、これ以上君達を危険な所に放り出す訳にはいかないんだよ。これでも成人した大人だしね」

「それでも、彼女を助けたいんです!」

「今回はちょっと難しいかもしれないね。現に君たちは一体で精一杯だったわけだし。それに最後の最後まで捉え切れなかった彼女と憑依した奴は言わば今回の親玉。僕が最後まで捉えきれなかった奴だしね。形は彼女と魂レベルで定着してるはずだよ。癒着と言ってもいい。べったりだ。厳しいようだけど、君には彼女は掬えないし、救えない。僕が責任もって対処するから、今回は諦めなよ」

「…対処?」

「そう、対処。僕と黒猫ちゃんなら祓えなくても消滅させることは簡単だから―――」

 彼女ごとだけどね。と冷たく最後の言葉を紡いだ。

 ま、待ってくれよ。大事なのはこれからどうするかなんだ。

「ふざけんな!彼女はまだ戻れる!それにこっちはもう返せないほど、高い依頼料もらっちまってんだよ」

 そうだ。僕は彼女に頼まれたじゃないか。

今後“誰も”巻き込まれないようにしてほしいと。勿論、その中には彼女だって入っているんだ!

「やれやれ。あまり我儘言うなよ。初めに言ったろ?君には荷が重いって」

「なんかある!まだ、何もやってないんだから!」

 端から見たらガキと大人の口論だろう。久世さんも困ったように頭を掻く。

それでも、どんなに見っともなくても諦めちゃ駄目なんだ。

「まったく、どうしたんだい?君の立ち位置はもっと中庸なものだったはずだろ?」

 中庸…、中庸ね。

 その言葉に自嘲するように笑みが零れる。

 『そこにいたから。そんな理不尽なことが平気で理由になるんだよ』

 伊織に吐いた台詞を思い出し、一人自嘲する。

全く、その通りだよ。その筈だったよ。僕はいつもどこか自分が置かれている立場を直視しないで俯瞰して見ている癖があった。

自分は本当は関係ないって。

それでも、こんなのが僕が望んでいたものだと言うのなら、そんなのは癖喰らえだ。

「当たり前のように、それが当然かのように平気で突然壊されるのが堪らなく吐き気がするだけです」

 今わかった。世界っていう糞野郎から逃げてちゃ駄目なんだ。僕はもうそんな所まで深く入り込んでしまっているのだから。

「今回のことは私にも責任がある。こやつだけで無理でも、私達ならその無理を通し、世界を抉じ開けるための喧嘩ができるはずだ!」

「おいおい、三人だろ。三人」

 二人の言葉が僕の背中を後押ししてくれる。

もう迷わない。

ハッキリとした意思を持つ瞳で久世さんを見る。

「まったく、若いってのは良いことだね。んー、仕様がない。僕もなにも彼女が助からなければいいなんて思ってないよ。そこまで言うなら頑張ってみればいい。僕には無理だけど或いは“君達”なら出来るかもしれないしね」

「え?」

 久世さんはもうお手上げだよ。と両手を上に挙げる。

「だから、今回は全力で裏方に当たらせてもらうってことだよ――それでいいね?黒猫ちゃん」

「我は主に従うだけだ」

 そう黒猫さんに話を振ると、やれやれと言う様に溜息をつきながらそう応えた。

「だそうだ。やれるかい?」

 此方に視線を移した久世さんの瞳が僕等を射抜く。

上等だ!もう逃げない!

「やります!やらせてください!」

 三人の声と気持ちが重なった。

ちょっと仕事がピークです。

多少、更新が遅れるかもしれませんが、

宜しくお願いします。

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