3章(3) 学校
三章―Ⅲ
ゆっくりと太陽が昇り、空気が持つ表情も次第に変化していく。今年の梅雨はどこへ行ったのか七月が近づくにつれ、気温もどんどん上昇してきている。セミたちも少しフライングした奴等が元気に音を奏でる。
そんな中、やっとのことで教室の前まできたことで一息吐き、ドアを開ける。
「おはよう」
「お、体はもういいのかよ?」
いつもより少し早い教室の中、一人目的の人物が僕の隣の席に座っていた。
「あれから二日間も寝てたし、昨日は一日ゆっくりしてたから、もう流石に大丈夫だろ」
「ならいいけどよ。いやー、駅前歩いてたら雪燈ちゃんがすげー血相変えて現れた時はビックリしたけど…。夜のあの子も意外と可愛いとこあるのな」
「あの時は一杯一杯で…。恥ずかしいです」
お前、そんなこと言ったらいつか憑り殺されるぞ。
「まぁ、それで言われるがままに追いてったら、お前と女の子が道の真ん中でぶっ倒れてるは、民家の塀は崩れてるわ、更にビックリさせられたぜ。まぁ、一昨日のお前からの電話で事情は掴めたけどよ―――と、それで今日は早く教室に来いなんてメール送ってきたりして、どうした?」
そう一気に捲くし立てる様に浅井浩市が応える。 会話の通り、僕が今日の朝起きたときにこいつにメールを送ったのだ。それもこれも少し二人きりで話したいことがあったからなんだけど。
「あの後のことは感謝してるよ。ありがとな」
素直に感謝の言葉を口にすると、浩市は照れくさそうにポリポリと頭を掻く。
「別にいいけどよ。あんま無茶すんなよ。顔面なんか、ゴリラに殴られたのかスゲー腫れ方してたぜ。まぁ、そのお陰で伊織ちゃんも俺の話を信じてくれたんだけどさ」
当たらずとも遠からずだな―――そう言われると未だに殴られた頬に違和感を感じる。
「まぁ、ちょっと無茶したけど、無事に解決したから――」
「いたー!!」
「うおっ!?」
浩市への返答は僕の後ろ―――つまり教室の外からの大声によって遮られた。
「あ、茜?」
慌てて後ろを振り替えると鬼の様な形相をした茜がこちらへ猛ダッシュで突っ込んできた。
こわっ!様にじゃなくて、鬼だ!
「ちょっとちょっと!金曜日いきなり休むなんてどうゆうことよ!それに私に連絡なしってのはどうゆう了見よ!」
走ってきた勢いそのままに僕に詰め寄ってくる。
なんで休むのにお前の許可が必要なんだよ!
「お、落ち着けよ。詳しい話は昼休みにするよ。ほ、ほらもうすぐみんな来るし、今はそんなに時間無いだろ」
「何言ってんの!こんな朝早くにこそこそ登校してきて!まだ、時間はあるわよ!」
その朝早い時間になんでお前も登校してきてるんだよ!
「早い奴はそろそろ来る時間だし、とりあえず、落ち着いて話ができる時にしようぜ」
ナイス!浩市頑張れ!
「あによ!なんであんたがいるのよ!」
「へへーん。俺は良平に呼び出されたんだよ!」
馬鹿野郎!僕の名前を出すな!
しかもなんで微妙に自慢気なんだよ!
「へー。二人だけで内緒話をしたかったわけねー。そーなんだ。私は仲間外れなんだ」
おい!なんか状況悪化してるぞ!
火が点いたように問いただす茜を落ち着かせようと、必死になっている所に見かねた浩市がフォローしようとするも、馬鹿では火に油を注ぐだけだった。
「あんた達は最近そーやって私を除け者にしようとするんだから!」
「俺等がいつしたって言うんだよ!」
「今よ!だいたい――」
冷静な会話もできず、いつの間にか二人の言い争いに成りつつある会話を聞きながら、ふと教室の入り口を見ると、早めに登校してきた真面目な生徒や、朝練を終えて戻ってきた生徒達が呆然とした顔でこちらを見ていた。
ヒソヒソと話す声の中たまに『またかよ』やら『あの三人は』とか痛い言葉が聞こえてくる。
もう勝手にしてくれ。
あれから二人の言い争いは終わりをみせず、あきほちゃんが教室に入ってきたことで、やっと決着をみせた。
何故かというかやはりと言うか、僕も二人と同様にあきほちゃんに怒られた。
しかも気に入らないのが、僕と浩市の方がこっ酷くやられた。
あきほちゃんに文句を言った所、茜は委員長で信頼してる。お前等は馬鹿だから。
ぐうの音も出ないほど、落ち込んだのはここだけの話である。
そんなこんなでいつもの様に学校という箱庭の日常は流れていき、やっとのことで昼休みになり、僕等三人は中庭へと場所を移し、朝の話の続きをすることになったのだけれども――
「なるほどねー。うん!浩市が悪い!死ね!」
粗方の説明は妹にしたのと大体同じで、放課後に久世さんの所から帰るところを偶然浩市と出会い、そこで話の流れで組手をすることになり、見事僕の失神KОで幕を閉じたって感じだ。
「なんでだよ!」
お前の意見は最もだ。
「そんなのあんたは全国大会出場者なんだから、少しは手加減ってものをしなさいよ!手加減!」
「したわ!話聞いてなかったのか?たまたま当たり処が悪かっただけって説明したろ!」
「それでも、二日間寝込むとかどんだけよ!大体あんたは――」
うわぁ、また始まった…。
多少無理がある説明かと思ったけど、納得してくれたのは助かった。それでも、これじゃあ話が進まないなぁ…。
「ね、ねぇ、良平君。今日のこの後のこと話さなくて――」
この状況でどう切り出せって言うんだよ!はぁ…。また注目されてるよ。
周りを見ると中庭にいる他の生徒はもちろんのこと校舎の窓から此方を見ている生徒もちらほらいることがわかる。
全く、なんでこいつらはこうなるんだよ。
中学の頃から変わらないこの二人の関係を思い出し、溜息がこぼれる。
仕様がない。この手段は使いたくなかったけど、そうも言ってられないし。
「わ、悪い!ちょっとまだ病み上がりだから、頭フラフラしてきたし、保健室行ってくるわ!」
我ながら嘘臭い言い訳を口にし、二人の意識が此方から外れているタイミングでその場を逃げ出すように後にする。
「あ!こら待ちなさいよ!」
「おまっ!この状況で逃げんなよ!」
後ろからすぐに非難の声が上がるが知ったこっちゃ無い。無視だ、無視!
浩市、お前のことは忘れないよ。だから、僕のために犠牲になってくれ!
「あきほちゃんに宜しく言っといて!」
そのまま僕は校舎まで猛スピードで走り抜けた。
「頭フラフラしてる奴の動きかよ…」
校舎に入り、後ろから二人が追いかけてこないことを確認して、ようやく立ち止まる。
「やれやれ、あいつ等の夫婦漫才に付き合ってたら、僕の高校生活が台無しになるな」
乱れた息を整えながら、近くに誰もいないことを確認し、雪燈に話しかける。
「ほんと、あの二人は似た物同士というかなんというか仲が良いですよね」
まったく、あんな感じな奴らが集まるのは僕に原因があるのかね。
「で、肝心な話をしないで逃げてきちゃったけど、この後どうするの?」
「んー。今から戻るのもなんか恐いし、取り敢えず本当に保健室に行くかな。おっと、その前に浩市にまたメールしとくか」
再び歩きだし、携帯をポケットから取り出す。
「なんで?話なら教室ですれば良いんじゃないの?」
「まぁ、それでもいいんだけど、やっぱ今回の話には茜まで巻き込みたくないんだ―――うし!これでよし」
簡単に本文を打つ浩市にメールを送り、携帯を閉じる。
「さて、本当に放課後まで保健室で寝てますか」
「サボタージュってやつだね。悪いんだ」
ぐ、戦略的撤退と言ってくれ。
その後、やはり未だに疲れが抜けてなかったのか、はたまた朝が早かったせいかあっさりと保健室の真っ白なシーツの上で優雅な午後の睡眠をとり、授業終了のチャイムを目覚ましに、今はベッドの上で浩市を待っていた。
最近寝てばっかだな僕。
保健室の先生は目を覚ました際にすぐに出て行くと伝えると、会議があるからとかで職員室に向かい、都合の良いことに今は一人だ。
暫くしてドアが開き、僕の顔を見るなり浩市が呆れ顔で入ってきた。
「まったく、マジで午後の授業サボりやがって。あの後、茜といい、あきほちゃんといい大変だったんだぞ」
容易にこいつが二人に責められる姿を想像でき、つい苦笑してしまう。
「悪いな」
「まぁ、いいけどよ。んで、なんだよ話って」
浩市がベッドの横に置かれている椅子に座った所で話を切り出す。
「いや、昼の続きなんだけどさ、茜には聞かせられない話だったからさ」
「あー、まぁな。んでも、そろそろ限界じゃねーのか?いくらなんでもあいつもなんか勘付きだしてんぞ」
それはわかってる。でもだからと言って割り切ることなんか絶対にできない。
「話さなきゃならなくなったら、話すさ。ただなるべくあいつも含め、関わる必要の無い人達の日常を壊してまで巻き込みたくないんだ」
「まぁ、そこらへんはお前の自由だけどよ」
そう言って、困ったように頭に手を持っていく。
「悪いな」
「で、続きってのは?」
「木曜のことと休日のことは大体話したろ?それで、今日その事後報告と依頼料回収ってことで、これから中学に行かなきゃなんないんだけど――お前も付き合えよ」
「へー。ってなんでだよ!」
「いやー、校長に会うんだぞ。僕一人とか正直気まずいじゃないか」
「俺も気まずいわ!」
「そこをなんとか!それに、杏子ちゃんのこと僕に黙ってたこと許した訳じゃないんだからな」
「いや、あれはお前が羨ましくて…ついな」
わりぃ、わりぃ。と頭を掻きながら誤魔化す様に笑い出す。
「そのお陰で、僕は昨日大変だったんだからな!」
「鼻の下伸ばしてたくせに」
「伸ばしてない!」
ぼそっと雪燈の突っ込みが入るがそこはきっぱりと否定する。
「しかし、お前が杏子ちゃんのことを全く知らないとはなぁー。一個下のアイドルだぞ、あの子。別にあの日以外でもなんかしらの情報が入ってきてもいいものなのによ」
「別に中学の頃はそーゆうのに興味が無かったんだよ」
それにあの当時はまだ自分に過去の記憶がないことで世界に絶望して、一人でいじけることしかできなかったほど子供だったしな。
「それは今はあるってことですか!?」
ベッドを挟んで浩市と反対側に居た雪燈が身を乗り出して、話に食付いてくる。
「あ、あぁ確かに中学の頃のお前は人のこと避けてた感じがあったなー。茜から聞いた話じゃ、小学校の頃なんてもっと酷かったらしいじゃん」
「それで、それで?」
「俺と初めて会ったときも――」
「別に僕の話はいいんだよ!それで、来るのか来ないのかどっちだよ?」
本人の目の前で話を進めるな!
自分で話すのでも恥ずかしいのに、余計に恥ずかしいわ!
「や、やけに強気だな。まぁ、ついて行ってもいいけど――待てよ。中学に行けばОBとして可愛い後輩にチヤホヤされるかも…。それに久しぶりに雫ちゃんの顔を見たいし――よし!俺は行くぞ!」
いい加減纏まらない話に痺れを切らした僕の強引な質問に対し、急に自分の顎に手を当て考えだしたかと思うと、勝手にやる気になってくれた。
おまけにこれでもかってくらいの良い笑顔で、親指を突出したハンドサイン付だ。
というか思考がダダ漏れだ、馬鹿野郎。
「最低ですね」
「僕はお前が馬鹿で良かったよ」
「なんだよ二人して」
放課後の保険室に溜息が二つ重なった。