3章(2) 休日-2
三章―Ⅱ
その後なんだかんだで、挨拶を済ませて伊織と杏子ちゃんは自分の部屋へと戻っていった。
そして、僕はと言うと…
「―――で、頼まれたからあげたと」
「い、いやだからですね、雪燈さん。あの日の事はご存じかと思いますが、僕は記憶ないんですよ」
「で?なんだと言うのです?」
「だ、だからなんも覚えてないんですよ」
「それでもあげたのは良平君ですよね?」
「…はい。たぶん」
何故かキッチンで正座をさせられていた。
なんで、たかがボタン一つで僕はここまで怒られなきゃなんないんだ。というか、下手したら夜の時より恐いぞ。
自分に記憶が無いのが更に性質が悪い。
やってないことで怒られてるような理不尽な状況にやり場のない感情が込み上げる。
しかし、彼女の説教は未だに終わる気配を見せない。
あ、そういえば薄力粉切らしてたんだっけ。買いにいかなきゃだし、ばれない様に…。
「いいですか、良平君。制服の第二ボタンというのはその人の心臓に一番近い位置にあることから、その人自身と言える代物なのです。だからこそ、好きな人の第二ボタンというのは乙女にとって―――って、どこいくのですか!!」
「ちょっとクッキーの材料を買いに行ってくるよ!とりあえず、反省してるから許して!」
彼女の隙をついて玄関に向かって走りきる。急いで靴を履き外に飛び出した。
後ろからまだぎゃーぎゃーと非難の声が聞こえてきたが、あんなの聞いていたら一日が終わってしまう。
というかあいつ第二ボタンとかそういうの知ってんだな。
「まったく、話の途中で逃げ出すなんて酷いですよ」
「悪かったよ。もういい加減機嫌直せよ」
買い物を終え、家に戻りクッキー作りに専念している隣で未だにご機嫌斜めな雪燈を宥める。
話というか、唯の説教だったろ。
「べ、別に怒ってるわけじゃないんですよ。そ、そのあの子のことどう思っているのが気になるだけです
「ん?杏子ちゃんのこと?別に。唯の妹の友達じゃないか。まぁ、いい子だとは思うよ」
「そ、そう」
お、クッキーが焼けた。
オーブンからクッキーを取り出し、軽くグラニュー糖を塗す。
「よし完成!我ながら中々の出来栄えだな。まったく、そんなにボタンが欲しかったんなら、高校の制服のボタンはお前にやるよ」
「ほ、ほんと!?絶対だよ!」
「あぁ、ほんとほんと。じゃあ、このクッキーを届けに行っちゃおうぜ」
「はい!」
まったく忙しい奴だよなー。ボタン一つで落ち込んだり、こんなに喜んだり―――まぁ、高校の卒業式まであと二年以上。それまでこの関係が続いているのかは僕にもわからないんだけどな。
つらつらと妄想しながら階段を上り、妹の部屋の前に着く。
「クッキー焼いたから、持ってきたけど開けるぞー」
「ほーい。どうぞー」
軽くドアをノックし、応えと共に開ける。
―――そういえば、妹の部屋に入るのも久しぶりだな。
部屋の中はパステルカラーで統一され、相変わらず、ぬいぐるみが其処彼処に散乱している。その中で唯一異彩を放っているのは彼女の趣味である写真が壁の一角を占めていることだ。
「相変わらず、なんというかカオスな部屋だよな。統一されてそうであって、実はされてないというか…」
「私の部屋のことはいいから!ほら、クッキー持ってきてくれたんでしょ」
「あぁ、ほら」
部屋の真ん中に置かれているテーブルにお皿を置く。
「あ、ありがとうございます。これ、良平さんが作ったんですか?」
「そうそう。見かけによらず、お兄ちゃんって家事系のスキル高いんだよねー」
誰のせいでそうなったと思うんだ。
「あ、美味しい」
「そう。そりゃあ、よかった。まだ下にあるから、足りなかったら持ってくるよ」
バクバク食べてる妹とは違って、やっぱ、いい子だなぁー。と小さな口でパクリと食べる少女を見て、自然に笑顔になっていると視界の隅にテーブルの上に乗っている写真が入り込んでくる。
「ん?なんの写真見てるんだ?」
「にしし。ちょうど今お兄ちゃんの卒業式の写真見てたとこなんだよ。お兄ちゃんも見る?」
卒業式だって!?
「見る!見せてくれ!」
「な、なんだか食付きいいね。やっぱ自分の卒業式ともなると思い出深いものなの?」
つい、声が大きくなってしまった僕の反応に怪訝な顔で妹がこちらを見る。
「あぁ、悪い。ちょっと気になることがあって…」
「また久世さん絡み?」
「!?」
突然、妹の口から出た予期せぬ名前に一瞬思考が止まる。
「久世さん?」
「なんか、お兄ちゃんのバイト先の人らしーよ。探偵みたいな胡散臭いことやってるらしいけど、お兄ちゃんもそこで助手?みたいなことやってんだって」
そういえば妹にはバイトしていることは言ってあるんだったな。
「あ!ちょうどいいじゃん!杏子ちゃんもなんか依頼してみれば?」
「え?」
「あのなぁ、依頼って言っても僕は久世さんの手伝いであって、別に僕も探偵家業を引き継いでる訳じゃないんだぞ」
「細かいことはいいの、いいの。勿論、タダなんでしょうね!」
自分の言ったことがとても良いアイデアだと自分で納得し、勢いは収まらないまま妹はテーブルから身を乗り出し、此方に詰め寄る。
「なんでだよ!」
「あ、あの依頼料はちゃんと払います!」
お前も依頼する気満々か!
「何々?なんの依頼?」
妹は彼女の食い付きに囃し立てる様に矛先を僕から杏子ちゃんへと変える。
「そ、その…最近失踪事件が流行ってるらしいので、今後誰かがそんな悲しい事件に巻き込まれないようにしてもらいたいんです。―――あ!その!警察とかに頼むのが普通なんでしょうけど…」
彼女の言葉に部屋の空気の温度が少し低下した気がした。それを察したのか慌てて彼女は言葉を濁す。
その反応に対し、妹は相槌を打つ。
「あぁ、なんか最近全校集会でも言ってたやつね。」
やべー。
「そういえば、事件のこと伊織ちゃんに聞くの忘れてましたね」
一人、変な汗が出始めた僕に雪燈の突っ込みが容赦無く入る。
忘れてた。色々あったし、仕様がないだろ!それに、あれは無事に解決したし、大丈夫だろ。
「そ、その話なら僕も少し耳に挟んだけど、警察も動いてるだろうし、心配いらないと思うよ。なんだ?二人の知り合いとかが巻き込まれたのか?」
ちょっと動揺を隠すのに必死になりながら、応えると僕の質問に対し、伊織が手を横に振る。
「いや、なんか後輩らしいんだけど、まだ見つかってないらしいし、物騒じゃん。それに知り合いじゃなければいいって考え、お兄ちゃんらしくないね」
妹の辛辣な言葉に息が詰まる。
確かに今のは失言だったな。
妹にそんな所を突っ込まれるとは。
「そういう訳じゃないけど、今のは失言だったな。まぁ、その事件は解決に向かってると考えていいと思うよ」
「ほんとにー?なんでそう言い切れるの?」
「久世さんの方にも似たような依頼が来てたから少しその事件の経過については詳しいんだ。まぁ、僕に出来るようなことがあれば最大限努力するよ」
「お願いします!」
しかし、『自分が』じゃなく、『誰かが』ってきたか…。ほんと、良い子なんだな、この子。
「ふーん。まぁ、いいや。にしし。で!依頼料はどうするの?」
そう言うと伊織は何が楽しいのか嫌な笑い方をし、口を窄め突き出すようにして、杏子ちゃんに向ける。
タコだかヒョットコだかわからん顔するな。お前も一応女の子だろ!さっきの僕の感動を返せ!
「え?え!え?」
妹の顔を見て、杏子ちゃんの顔はみるみる赤くなる。
そりゃあ、こんなアホみたいな顔されたら、恥ずかしいわな。
「別に依頼料とかはいいよ。僕がやりたくてやることだしね」
「なんか、妙に優しくないですかー?実際に手伝うのは私ですよー?」
お前にもちゃんと感謝してるよ!
「あ、あの!お金とかは無理かもしれませんけど…私に出来ることでなら何でもします!」
どこか必死さが伺える雰囲気の中、その小さな肩を震えさせ、両手はスカートの裾を握り締めながらも、しっかりと此方を見てくる。
こんなに必死になるなんて、よっぽど今回の事件を気にしてるんだな…。これは、気持ちだけでもちゃんと受け取った方がいいよな。
「わかったよ。気持ちだけで十分だけど、杏子ちゃんの気が済まないっていうなら、その時までに何かしら考えとくよ」
「お願いします!」
「あぁ、依頼承りました」
人のためにここまで必死になれるんだ。こういう子が“世界”に弄ばれないようにしなきゃな。
少女の中身のその一端を垣間見れた気がして、少し心が温かくなる。
ふと隣を見ると伊織が未だにアホ面を晒していた。
だから、そのアホ面をやめなさい!お兄ちゃんは悲しいぞ!
その後、僕は妹の部屋から退場し、自分の部屋でゆったりと休日を満喫しながら時間を潰すと杏子ちゃんが帰るからということで妹と二人で玄関まで一緒に下りる。
玄関に立つ僕らに角を曲がって見えなくなるまで、此方を振り返り会釈しながら歩く彼女を見ながら、受けた依頼を思い出し、責任重大だなと口元が綻ぶ。
そんな僕を見ながら伊織がまたオッサン臭い喋り方で此方に話を振る。
「にしし。どうでした?杏子ちゃんは?」
お前はキャバクラのキャッチか何かか?
「別にとくには…。まぁ、良い子だよな。お前に似てなくて静かで優しいと思うよ」
「えー、それだけ?家にはまだ行った事無いけど、なんでもお屋敷らしいよ。玉の輿ですよ、お兄さん」
「それだけで十分すぎるほどです!」
僕の返答がどうやら二人ともご不満らしく、口を膨らませる。というかお前は兄に何を求めているんだ。
あと雪燈、お前もなんで不満そうな顔してんだよ。
「他に何があるんだよ―――ほら、僕は夕飯の支度するから、お前も手伝えよ」
「ほーい!」
そして、慌しい休日は過ぎていった。
旅から帰還しました。
いつの間にか増えてる書類に眩暈が…
これからまた更新していきたいと思いますので、
宜しくお願いします。