2章(6) 報告-2
二章―Ⅵ
なんとなく納得のいかない形ではあったが、雪燈と久世さんの乱闘が無事に終わったことで話を戻そうとしたのだが、もともと散らかっていた事務所はさらに荒れたい放題となり、いつもの様に毎度の如く僕が後片付けをさせられていた。
彼女は何がそんなに気に入らないのか、部屋の隅で未だに僕に冷たい視線を向けてくるし、久世さんは久世さんでにやけ面で自分の椅子に腰かけ、煙草を吸いながら、頑張れー。と適当なことを言ってくる。
あれ?なんで、毎度毎度僕が掃除しなきゃなんないんだ!散らかしたのは雪燈と久世さんだろ!…まぁ、体は僕のだったけど。
ある程度一段落し、古い食器棚から埃を被っていないカップを二つ見つけ、インスタントではあるが、僕と久世さんの分のコーヒーを淹れ、自分もソファーに座ることでやっと一息入れる。
雪燈も多少機嫌が直ったのか僕の隣に座る。
「じゃあ、とりあえず話を戻そうか」
「変な方向に持ってったのは自分っていう自覚はあるんですか?」
「まぁー、いいじゃない。で、無事に除霊して解決したんだっけ」
「それは間違いないと思います」
「私の目からもあれは完全に祓うことができたと思う」
二人して同意する。
「ふむ。まぁ、無事に何事もなく解決することはいいことだね。とりあえず、お疲れ様とだけ言っとこうか」
表現しづらいけど、なんかいつもの久世さんらしくない話し方だな。
「それで、報酬はいつ振り込まれるんですか?」
「そうそう。報酬ね、報酬。大丈夫、振り込まれたら今度はすぐに君に連絡するよ」
「本当ですか?」
前回もこの人の口車に乗って、タダ働きさせられた記憶は今も新しい。
いっそのこと彼の住まいまで乗り込んでもいいのだが、この寂れた事務所以外に彼との接点がないのも事実だ。
「なんだよ。僕のことそんなに信用できないのかい?」
「信用できないから、疑ってんですよ!」
久世さんは困ったなぁと頭を掻きながら口元に持っていった煙草に火をつける。
「それじゃあ、今日僕の方から連絡を入れとくから、明日は日曜で学校はお休みだろうし、明後日学校が終わったら依頼人のところに君が直接話をつけてくるというのはどうだい?依頼人は君の中学時代の校長先生なのだし、知らない仲ではないだろう?うん、我ながらなかなか良い考えだと思うけどね」
「それはいいですけど…」
校長かぁ、在学時代はそんなに会話した記憶がないし、生徒にとってはあまり親しみやすい存在ってわけじゃないんだよなぁ。
「まぁ、それしか良い案がでないでしょうし、わかりました」
よし!決まりだね。と確認をとると椅子から立ち上がり、依頼人の情報が載っているのであろうファイルを本棚から引っ張り出す。
それじゃあ、僕はそろそろ家に帰って夕飯の支度でもしようかなと考え、残りのコーヒーを飲もうとカップを持ち上げたところで隣から厳しい声が上がる。
「話は終わったのだろう?ならばこんなところさっさと出るぞ」
こいつやっぱ機嫌直ってねぇ!
久世さんもファイルを開く手を止めこちらを苦笑しながら見る。
「あらら。嫌われてるなぁー。そんなにイライラしていると折角の美人な顔が台無しだよ。それに、僕は君等のこと大好きなのになぁー」
「男に言われても嬉しいセリフじゃないですよ、それ」
というか気持ち悪いわ!
「ふん!貴様もそうだが、あの黒い猫も私はどうも気に入らないんでね。あやつが戻ってくる前にさっさと帰りたいのだ」
そういえば、今日も黒猫さんいないなぁ。やっぱ僕、彼女に嫌われてるのかなー。僕自身は猫とか動物は全般好きなのに―――と他愛無いことをふと考えていると、お怒りの声がまた上がる。
「こら!このグズ!ノロマ!なにをちんたらしている。早く行くぞ!」
「わかったよ!それじゃあ、今度は依頼料貰ったら来ますよ」
慌てて返事し、久世さんに別れの言葉を告げ、出口へと急ぐ。
「りょうかーい。まぁ、君等の関係みたいに喧嘩するほど仲が良いと言うし、雪燈ちゃんと黒猫ちゃんもみんな仲良くといきたいところだね」
じゃあね。と最後までニヤケ面のまま、僕等に手を振る久世さんを背に、機嫌悪く先に歩く彼女を宥めながらドアを閉める。
階段を下り、道に出ることで人混みに入り、自然と小声で雪燈に話しかける。
「なぁ、何をそんなにイライラしてるんだよ。あんな人だけど流石にあの人に失礼だろ」
「知るか」
素気なく応えを返すとこちらを振り向くことなく、どんどん先へと進んでしまう。
ほんとに機嫌悪いなぁ。僕なんかしたかな。
「なぁ、待ってて」
「お前が歩くのが遅いだけだ、ノロマ」
取り付く暇のない返答に、まったく。と苦笑してしまう。
夜の彼女はほんと口は悪いし、すぐに機嫌悪くなるし、こっちは大変だよ。昼の雪燈は逆に素直で優しいし、少しは見習ってもらいたいところだよ。まぁ、それでも今のこいつはやっぱ頼りになるし、昼の場合はちょっと天然だから疲れるし、それぞれ長所と短所はあるんだけどな。
足して二で割ればちょうどいいのかな。もともと同じ存在ってことは本当の雪燈は意外と僕と合ってるかもしれないな…。
待てよ。
彼女の後をついていきながら、つらつらと下らないことを考えていると自分の思考の中に違和感を感じる。
あれ?そういえば久世さんも言ってたけど、昼と夜は“同じ存在”で根っ子が一緒ならば昼のあいつが喜ぶようなことを言えば今のあいつも機嫌が直ったりするのか?
「まさかねー」
「どうした?」
流石に荒唐無稽な自分の結論に否定の言葉がつい口に出てしまう。
「いや、ご機嫌取りってわけじゃないけど、今日は一緒に寝ようかって思ったんだけど、雪燈さんがそんなんで喜ぶわけないし…」
あはは。と誤魔化すように苦笑する。
「まったく、お前はいきなり何を言い出すんだ!」
「ですよねー。いや、ごめん。今の無し無し。悪いけど、忘れてくれ」
「ちょっと待て」
「ん?」
こちらを振り向かず、彼女が立ち止まる。
「べ、別に今のを無しにしろって言ったわけじゃない。ただ、いきなり何を言うんだと言っただけだ」
「へ?」
「だ、だから!お前がどうしても私と寝たいというなら、仕様がないが私とお前は対等でありながら主従関係でもあるのだし、その望みを叶えてやるために私が我慢すればいいだけだしな。」
あれ?
「雪燈さん?」
「そ、そうだ。だから、私は別に構わんぞ。い、嫌なんだがな!本当は嫌なんだぞ!まぁ、お前がどうしてもと言うから仕様がなくな!いやー、私は宿主の望みを叶えるためとはいえ、なんて寛大なんだろう」
「う、うん」
あれ?なにこれ?
もしかして本当に機嫌直った?つーか、もしかしなくてもデレたってやつですか?
流石にテンプレすぎるだろ。
良平が自分に憑りついた幽霊との付き合い方に光が見えたような気がしている頃、その状況を事務所の窓から久世暁良は眺めていた。
「いやー、やっぱり仲がいいね。あの二人は。表層上でも、もっと深い領域においてもね。―――ねぇ、黒猫ちゃん」
独り言であるかのように呟いた言葉はいつのまに部屋に戻ったのか一匹の黒猫に向けられた。
「あらら。やっぱり、お見通しなんだ。うん、今回はちょっと椎名君に意地悪しちゃったかな。だって、そっちの方が断然面白そうじゃないか」
やはり独り言ではないかと思える独白は続けられる。
「そうなんだよ。あー、楽しみだなぁ。次にここに来るときはどんな顔して来るのかな―――流石に嫌われないかな、僕」
窓から目線を外し、いつもの自分の椅子にもたれ掛り、新しい煙草に火を点ける。
「ふー。そういえば、一昨日、昨日の二匹と彼等の以外で残り《・》何匹だったっけ?ふーん。じゃあ、あと一匹はこちらで始末しちゃおうか。もちろん手伝ってくれるよね?」
にゃー。と一声鳴き、定位置である本棚の上から飛び降り、彼の肩の上に器用に乗る。
「さてさて。僕は僕で役割をしっかりとこなしますか。最近、動いてないし、準備運動にはもってこいだしね」
立ち上がり、もう一度窓からビルの前の道を覗く。今はもう視界に入らず、とっくに駅の方へ行ってしまったであろう二人を思い出し、その口元は不気味に上がる。
そして、パタン。とドアが閉まり部屋から人はまたいなくなった。