プロローグ
-prologue-
はらり、はらりと黒く濁った空から白い雪が降り続ける。
今はもう三月。少し遅れた寒波が僕が住むこの町に訪れた。
中学最後の1日を友人みんなとこの時間まで卒業式の2次会と称し、遊んだあとみんなと別れ一人家路を急いでいた。
もちろん、中学3年生ということはまだまだ成人するには早い15歳。2次会といってもカラオケで今の時間は夜は夜でもまだ8時前だった。
「まったく、来月から新しい学生生活が待っているっていうのに、こんなに寒くて桜咲く入学式を迎えられるのかよ」
記念だと言われ友人に制服のボタンを全てとられ、この寒空の中まったくの無防備で懐の中へと寒気を招き入れてるこの状況も相まって一人ぶつぶつと愚痴をこぼす。
「つーか、百歩譲って制服のボタンはよかったとして、あいつらコートのボタンまでももってくかよ、寒すぎだろ。早く帰ってこたつに――――ん?」
駅から僕の家までは駅前の賑やかな繁華街を抜け、さらに閑静な住宅街を抜けたそのまた奥の駅から徒歩30分という素晴らしい立地条件をもっている。
件のカラオケ店は駅前にあることからその30分の道のりをとぼとぼと歩いていたのだが、ちょうど住宅街のエリアを抜けると突然に人の気配がなくなった。
気配というと語弊があるかもしれないが、本当に世界には僕一人だけしかいないのではないかという錯覚を覚えるほどの強烈な違和感が襲ってきた。
そう。あまりにも良く知っている感覚だ。
「あれ?ウソだろ…。最近めっきりなかったのに」
唐突だが僕には霊感がある。と言っても“見える、話せる、触れる”といった強力なものではなく、“なにかそこにいる”程度の普通の人に毛が少し生えたくらいの可愛いものだった。
そう、“だった”のだ。
そのはずなのに―――そうしてたはずなのに。なんだこの今までに感じたことのない強烈なものは!!
「駄目だ…。そちらに引っ張られては拙い。あの時の様になる。あの時?ちょっと待て。何を言っているんだ俺は・・・俺?あれ?僕は誰だ?」
朦朧(もうろう)としてくる意識の中、自分の記憶であるはずなのにまるで覚えていない<それは>第三者の記憶であるかの様に僕の頭を駆け巡る。
「知らない。こんなの知らない…。僕は僕だ。僕なんだ!!」
全身に張り付いたこの嫌悪感と倦怠感を綺麗にミキサーにぶち込んだものを無理矢理引き剥がすために僕は叫んだ。
「僕は…」
薄れ掛ける意識の中、道の先に白くとても綺麗な女の人を見た。<それ>は本当に浮世離れしていて、この降り積もる雪のように白かった。その顔にはとても穏やかな笑顔を張り付かせ一人僕のことを優しく見つめていた。
「あぁ、君はそこにいたんだ」
そして、僕は意識を手放した。
世界は回る。
記憶は廻る。
意識と共に掴みかけた記憶を僕は手放した。
そして、それとともに<ぼく>は僕に戻った。
平成21年3月。僕はこの出会いを後悔することになるだろう。