↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

【短編集】恋愛/異世界

婚約破棄を宣言した王太子殿下、その夜会は王国全土に魔導放送で中継されていますよ

作者: ま
掲載日:2026/09/26



「映像、音声、ともに良好。王都中央広場、北の港町、南の麦畑の村。全四十二か所の映像盤、受信を確認しました」


 大広間の二階、柱の陰に設けた小さな中継室。

 水晶盤に映る数字を読み上げると、隣のユリアンが静かに頷いた。


「局長代理。建国記念夜会の全国中継、予定どおり開始できます」


「ありがとう。では、始めましょう」


 私は、中継水晶の起動符に指を置く。


 リーゼ・ヴァイス。

 王立魔導放送局の局長の娘で、今夜の中継の責任者。

 そして、王太子クラウス殿下の婚約者だ。


 魔導放送は、父と私が十年かけて作り上げた技術だった。

 大広間に仕掛けた八つの中継水晶が、光と音を拾う。

 それを、国じゅうの広場に置いた映像盤へ届ける。


 これまでは、王都の限られた場所でしか映らなかった。

 全国に同時に届けるのは、今夜が初めてだ。


 国王陛下は、こうおっしゃった。

 建国記念の夜くらい、民にも王宮の灯りを見せてやりたい、と。


 婚約者のクラウス殿下は、この技術にあまり興味をお持ちではない。

 初めて映像盤をお見せしたとき、殿下は画面を指でつついて笑った。


「なんだ、この板切れ。こんなおもちゃで何ができる」


 それから三年。

 殿下が中継室に足を運んでくださったことは、一度もない。

 今夜の打ち合わせも、殿下は途中で「あとは任せる」と席を立ってしまった。


 それでも構わなかった。

 陛下が、民が、この放送を楽しみにしてくださっている。

 それで十分だと、自分に言い聞かせてきた。


 起動符が、青く光る。


「王国の皆様、こんばんは。これより、建国記念夜会の様子をお届けいたします」


◇


 王都中央広場。


 石畳の広場には、夕方から人が詰めかけていた。

 正面の大きな映像盤に、きらびやかな大広間が映し出される。


「おお、映った映った!」


「あれが王宮の中かい。天井が金ぴかだ」


「おい、押すなって。子どもが見えねえだろ」


 パン屋のハンスは、売れ残りの丸パンを売り歩きながら、映像盤を見上げた。


「ヴァイスのお嬢さんが作ったんだってな、これ」


「王太子様の婚約者だろ? 大したもんだ」


「将来の王妃様が作った放送か。いい時代になったもんだよ」


 広場の隅では、小さな女の子が父親の肩車の上から身を乗り出していた。

 映像盤の光が、丸い目にきらきらと映り込んでいる。


「とうちゃん、あたしも大きくなったら、あれ作る人になる」


「そうかそうか。ヴァイスのお嬢さんみたいにか」


「うん!」


◇


 北の港町。


 漁から戻ったばかりの男たちが、網を干す手を止めて、酒場の前の映像盤に集まっていた。

 潮風に吹かれながら、陛下の祝辞に耳を傾ける。


「陛下の声を、この町で聞ける日が来るとはなあ」


「死んだ親父に聞かせてやりたかったよ」


 酒場の女将が、樽から注いだ麦酒を、一杯ずつ配って回る。

 今夜は店のおごりだと、誰かが言った。


◇


 夜会は、滞りなく進んでいた。


 陛下の祝辞。

 楽団の演奏。

 各地の領主の挨拶。


 中継室の水晶盤には、国じゅうの広場から、次々と反響の光が届く。

 拍手を感じ取ると、水晶が淡く光る仕組みだ。


「北の港町、反響が強いですね」


「漁師の皆さん、陛下の祝辞がお好きなのね」


 ユリアンと小声で言葉を交わす。


 ユリアン・ベルク。

 放送局の技師で、中継水晶の調整にかけては私より腕がいい。

 無口だけれど、仕事の相棒としては誰よりも信頼している。


 大広間の中央で、楽団の演奏が終わった。


 そのときだった。


「皆、聞いてくれ!」


 クラウス殿下が、大広間の中央に進み出た。

 その腕には、淡い水色のドレスの令嬢がしがみついている。

 子爵家のセレナ様だ。


「リーゼ・ヴァイス! 今この場で、君との婚約を破棄する!」


 中継室の空気が、凍りついた。


「……局長代理」


「分かっているわ」


 殿下は、この夜会が中継されていることを知っている。

 ただし、陛下の祝辞と演奏の部分だけだと思っている。

 打ち合わせのとき、殿下は私の説明を半分も聞いていなかったから。


「中継、切りますか」


 ユリアンが、切断符に手を伸ばす。


 私は、少しだけ考えた。


 切れば、殿下の恥は王宮の中だけで済む。

 でも、切れば、私が何をされたのかも、王宮の中だけで握りつぶされる。


「いいえ」


 私は、ユリアンの手をそっと押さえた。


「陛下は、民に王宮の灯りを見せたいとおっしゃったわ。途中で切るのは、陛下のご意向に反します」


「……承知しました」


 ユリアンの口元が、ほんの少しだけ上がった気がした。


◇


「リーゼは、セレナを虐げていた!」


 殿下の声が、大広間に響く。

 そして、国じゅうの広場にも。


「先週、この夜会の予行演習の日だ。リーゼはセレナを大階段から突き落とした! セレナは足をくじいて、三日も歩けなかったんだぞ!」


「そうなんです……わたし、怖くて……」


 セレナ様が、殿下の胸に顔をうずめる。


 大広間が、ざわめいた。


 私は中継室を出て、二階の手すりから大広間を見下ろした。

 一階の視線が、一斉に私を見上げる。


「殿下。一つ、確認させてください」


「なんだ。言い訳なら聞かないぞ」


「突き落とされたのは、予行演習の日。先週の火曜日、午後三時ごろでお間違いありませんか?」


「そ、そうだ。セレナがそう言っている」


 先週の火曜日の午後三時。

 私は、この中継室にいた。

 ユリアンと二人で、八つの中継水晶の角度を一つずつ直していた。

 大階段には、一度も下りていない。


 そして、あの日の大広間には、もう一人。

 いや、もう八つの目があった。


 私は、中継室を振り返った。


「ユリアン。先週火曜日の、試験放送の記録を」


「準備できています」


◇


 南の麦畑の村。


 村の集会所の前の映像盤を、百人ほどの村人が囲んでいた。


「おい、なんか揉めてるぞ」


「王太子様が、婚約破棄だってよ」


「なんだって、こんなめでたい夜に」


 ふいに、映像盤の画面が切り替わった。


 右下に、小さな文字が浮かぶ。

 『先週火曜日 午後三時十二分 試験放送記録』


「なんだ、これ」


「さっきと同じ大広間だな。昼間みたいだ」


 映像の中で、大階段の上に一人の令嬢が立っていた。

 水色のドレス。セレナ様だ。


 周りには、誰もいない。


 セレナ様はきょろきょろと辺りを見回し、階段の二段目に腰を下ろした。

 それから自分の足首をさすり、何かを練習するように呟いた。


『……リーゼ様に、突き落とされて……こう、かしら。もっと、か弱く……』


 集会所の前が、しんと静まった。


「……今の、聞いたか」


「突き落とされたって、自分で練習してたぞ」


 映像は、続いている。


 大階段の下から、クラウス殿下が現れた。


『セレナ、台本は覚えたか?』

『はい、殿下。夜会の日に、泣きながら言えばいいんですよね』

『そうだ。リーゼは可愛げがないからな。皆の前で断罪すれば、父上も婚約破棄を認めるしかないさ』


 麦畑の村に、どよめきが起きた。


「台本って言ったぞ、王太子様」


「あのお嬢さん、なんにもしてねえじゃねえか」


「ひでえな、こりゃ」


◇


 大広間。


 壁に掛けられた確認用の映像盤にも、同じ記録が映っていた。


 クラウス殿下の顔が、真っ白になる。


「な、なんだこれは! こんなもの、でっちあげだ!」


「試験放送の記録です、殿下」


 私は、二階の手すりに手を置いたまま答えた。


「予行演習の日、中継水晶の調子を確かめるために、大広間を一日中記録しておりました。打ち合わせのときにご説明しましたが、殿下はお聞きになっていなかったようですね」


「き、記録を止めろ! 今すぐだ!」


「止めても、もう遅いかと」


 私は、中継室の水晶盤を指さした。

 国じゅうの広場から届く反響の光が、真っ赤に染まっている。


「あの赤い光は、民の皆様の怒りの反響です。四十二か所、すべてから届いております」


 大広間の貴族たちが、一斉に水晶盤を見上げた。


「全国に……流れているの……?」


「では、今の台本の話も、国じゅうに」


「なんということだ……」


 セレナ様が、殿下の腕からそっと手を離した。

 そして、一歩、二歩と後ずさる。


「セ、セレナ?」


「わ、わたし、殿下に言われただけです! 台本も、殿下が書いたんです!」


「なっ……!」


◇


 王都中央広場。


「おい、今度は仲間割れだぞ」


「台本書いたの、王太子様だってよ」


「あれが次の王様になるのか?」


 パン屋のハンスは、売りかけの丸パンを握りしめたまま、首を振った。


「ヴァイスのお嬢さん、よく泣かなかったなあ」


「それどころか、中継を止めなかったぞ」


「肝が据わってるよ。俺はあの人に王妃様になってほしかったね」


 あちこちから、同意の声が上がる。


◇


「クラウス」


 低い声が、大広間に響いた。


 国王陛下が、玉座からゆっくりと立ち上がる。


「ち、父上! これは誤解です! 僕はただ……」


「お前は今、国じゅうの民の前で、嘘の罪を着せて婚約者を断罪しようとした」


 陛下の声は、静かだった。


「民に王宮の灯りを見せたいと、私は言った。その灯りの下で、お前は何を見せた」


 殿下は、答えられない。


「王太子の位は、民の信を預かる位だ。今夜、お前はそれを自分で手放した。クラウス、お前の立太子は取り消す。明日から謹慎せよ」


「そ、そんな……」


 殿下は、膝から崩れ落ちた。


 陛下は、二階の私を見上げた。


「リーゼ嬢。中継を止めずにいてくれたこと、礼を言う。王家の恥を、王家が隠すわけにはいかぬからな」


「もったいないお言葉です、陛下」


「婚約は、そなたの望むようにしよう。それと、民にも一言、何か伝えてくれぬか」


 私は、少しだけ迷ってから、中継水晶に向き直った。


「王国の皆様。お騒がせいたしました。このあとも、建国記念夜会の様子をお届けいたします。どうぞ、楽しい夜をお過ごしください」


 水晶盤の反響の光が、赤から、柔らかな金色に変わっていく。

 国じゅうの広場から、拍手が届いていた。


 大広間の隅で、父がこちらを見上げていた。

 放送局の局長として、今夜は来賓席に座っていたのだ。

 父は何も言わず、ただ小さく、一度だけ頷いた。


 十年前、二人で最初の中継水晶を完成させた夜にも、父は同じ顔で頷いた。

 その顔を見たら、ようやく膝の力が抜けそうになった。


◇


 夜会がお開きになり、大広間の灯りが一つずつ落とされていく。


 中継室で機材を片付けながら、私は大きく息を吐いた。

 今になって、手が震えている。


「お疲れさまでした、局長代理」


 ユリアンが、温かい紅茶の入ったカップを差し出してくれた。


「ありがとう。……あなたが試験放送の記録を残しておいてくれて、助かったわ」


「記録を残すのは、技師の仕事ですから」


「それでも。あの記録を今夜のうちに出せるよう準備していたのは、あなたでしょう?」


 ユリアンは、少し黙った。


「……予行演習の日、記録を確認していて、あの場面を見つけました。すぐに局長代理にお伝えするべきか、迷いました」


「どうして言わなかったの」


「局長代理が、殿下のことを本当に大切に思っていらっしゃるなら、見せるべきではないと思ったんです」


 ユリアンは、眼鏡を外して、布で拭いた。

 手元を見たまま、言葉を続ける。


「でも、もし殿下が本当にあの台本どおりのことをなさったら。そのときは、中継を切るかどうかを、局長代理に決めていただこう。そう決めていました」


 私は、カップを両手で包んだまま、ユリアンを見た。


 中継室の窓の外には、王都の灯りが広がっている。

 あの灯りの一つひとつの下で、今夜の放送を見ていた人たちがいる。


 十年、同じ中継室で働いてきた。

 水晶の調整がうまくいかない夜も、嵐で映像が乱れた日も、いつも隣にいた人。


「ユリアン」


「はい」


「今夜の私、泣かなかったでしょう」


「はい。見事でした」


「あなたが隣にいたからよ」


 ユリアンが、眼鏡を持ったまま固まった。


 それから、ゆっくりと眼鏡をかけ直し、私に向き直る。


「局長代理。いえ、リーゼ様」


「はい」


「十年前、初めてこの中継室で会った日から、ずっとお慕いしていました。婚約者のいる方に言うべきことではないと、黙っていました」


 ユリアンは、深く頭を下げた。


「もう、黙っている理由がありません。私と、結婚を前提にお付き合いしていただけませんか」


 胸の奥が、熱くなる。


 私は、カップを机に置いた。


「……はい。喜んで」


 ユリアンが顔を上げた。

 十年間で一番、嬉しそうな顔だった。


 そのとき。


 机の上の水晶盤が、ぱあっと金色に輝いた。


 四十二か所。

 すべての広場から、割れんばかりの反響が届いている。


 私とユリアンは、ゆっくりと顔を見合わせた。


 それから、同時に、中継水晶の起動符を見た。


 青く、光ったままだった。


「……ユリアン」


「……はい」


「中継、切った?」


「……切り忘れました」


◇


 王都中央広場。


「おい、見たか今の!」


「技師の兄ちゃん、やるじゃねえか!」


「お嬢さん、よかったなあ!」


 パン屋のハンスは、残りの丸パンを全部、空に放り投げた。


「祝いだ! 今夜のパンは、全部ただだ!」


 広場じゅうが、歓声に包まれる。

 北の港町でも、南の麦畑の村でも、同じ歓声が上がっていた。


◇


 中継室では、真っ赤になった私が、震える指で起動符に触れていた。


 深呼吸を、一つ。


 それから、放送局の人間として、最後の務めを果たす。


「王国の皆様。本日の建国記念夜会の中継は、これにて終了いたします」


「……最後までご覧いただき、ありがとうございました」


◇


 翌朝の王都新聞は、一面を三つの記事で埋めた。


 『建国記念夜会、初の全国中継に成功』

 『王太子、立太子取り消し 台本による断罪の企て』

 『放送局の令嬢と技師、全国民の前で婚約』


 三つ目の記事が一番大きかったのは、私としては納得がいかない。


 クラウス殿下は、北の離宮で謹慎することになった。

 陛下はその部屋に、映像盤を一台だけ置かせたという。

 民がどんな顔で放送を見ているのか、毎晩見て学べ、という仰せだそうだ。


 セレナ様は、子爵家の領地へ戻された。

 後日、放送局に一通の手紙が届いた。

 震える字で、ごめんなさい、とだけ書かれていた。


 放送局には、その日から手紙が山のように届いている。

 ほとんどが、お祝いの言葉だった。

 その中に一通だけ、南の麦畑の村の、小さな女の子からの手紙が混じっていた。


『おおきくなったら、ほうそうきょくの、ぎしになりたいです』


 私はその手紙を、中継室の壁に貼った。

 隣でユリアンが、手紙の角がまっすぐになるよう、黙って直してくれた。


 次の中継は、来月の収穫祭だ。


 その日から、中継室の決まりごとが一つ増えた。

 終わったら、起動符の光を、二人で指さし確認すること。


↓番外編「八つ目の水晶」(技師ユリアン視点。記録を見つけてから夜会までの一週間)

https://note.com/wise_turtle184/n/nd19b4cf2746d?app_launch=false#b3b22927-a1ca-4b46-bd6d-8c32e1daae81

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最後一行で崩れ落ちましたwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。