子供が轢かれる要因と、親ができる解決策(やや長め)
子供は不注意だ。その理由として、「眼球を動かす筋肉の未発達」や、「目に映った情報を処理する力がまだ弱いこと」などが重なっている。
(端的に言えば、子供は筒で何かを覗いたときのような視界で生きている。)
子供はよく走るが、動く景色を捉える眼球や情報を処理する脳が、まだ出来上がっていない。それに加え、危ないな、と思った回数的経験値が圧倒的に足りない。
だから、道から飛び出してしまう。
道からの飛び出しを防ぐためには、「学校の運動場以外では走らない」といったシンプルな約束が有効だと思う。
私は境界知能の彼女と暮らしているが、「複雑な条件が組み合わさる約束」は、彼女が守ろうとしても能力的に守れない。
つまり、小学生も複雑な条件下(信号は赤。友達は渡ってる。私ははぐれないように、ついていくべきか?といった複数の情報が絡み合うマルチタスクな状況)では、的確な判断ができないと、私は推察する。
ゆえに、シンプルな約束ごと「学校の運動場以外では走らない」といった、短い文章で広い範囲をカバーする約束事が有効だと思う。
そして、親が「教えた」という事実に徹しすぎることも、子供が死ぬ要因になりえると私は危惧している。
小さな子供は、大切なことを話されても、それがサッカーボールを追いかけるよりも、大切なことなのかを判断する能力(場の空気を読む、相手の意図を理解するなど)がまだ備わっていない。
子供が悪いわけではない。
ましてや、親が悪いわけではない。
体がまだ成長していないからできないのだ。
初めは優しく教えるだろう。子供が心配だからだ。けれど、何度も言うたびに上手くいかない状況にイライラしはじめ、怒った声で「走らない!!」といった指示を出し始める。
そうなってくると、子供からすると親の怒った声は「ノイズ」になってしまい、大事な話が耳から通り抜けるようになる(子供の意思ではなく、脳の性質)。
つまり、「親の懸命さ」と「子供の心身の未発達さ」のすれ違いにより、悲しい要因が出来上がる。
では、どうするべきか?
行動をパターン化させるしかないと思う。
信号を守らせたいなら、親が日常的に子供と手をつなぎ、いろんな場所を散歩する。
散歩道には、当然、信号があるだろうが、しっかり子供の手を握って、信号を待つ。
それを何度も繰り返すことで、子供は「赤信号では待つ」ということを、体が覚えてくれるはずだ。
「運動場以外では走らないといったシンプルな約束」
「習慣化された赤信号での停止。」
この2つが組み合わされば、車による事故はかなり防げるはずだ。
あと、ペダルのない自転車は乗らせないほうがいい。
冒頭で、「子供はよく走るが、動く景色を捉える眼球や情報を処理する脳が、まだ出来上がっていない。」と言ったように、子供は周囲の変化について行けるほど体が発達していない。
ペダルのない自転車は、子供の身体スペック以上のスピードが出てしまう。だから、未発達な子供は、周囲の情報を整理できず、かなり危険だと思う。
※調べてみると、大阪でペダルなしの自転車による死亡事故が起きていた。
ペダルなしの自転車は、運動機能の向上を推しているみたいだが、「それである必要性」を考えると、命のリスクが、あまりにも高すぎると私は思う。
既に乗っているならば、「ペダルありの自転車(もしくは、三輪車)に挑戦してみる?」といった誘導が必要になるかも知れない。
子供が気に入っている物に手を加えるのは、心が苦しいが、命を守るためには必要な判断だと思う。
【まとめ】
・ルールはシンプルに。
・親と一緒に、身体へパターンを学習。
・身体能力を超えさせる道具は避ける
・「それである必要性」を考える。




