コンビニの神様 〜バズった夜〜
この物語は、奇跡を起こす神様の話ではありません。
けれど、噂はときどき、本当よりも早く広がります。
深夜二時のコンビニに、「願いが叶う」という言葉が流れ込んだ夜。
軽い気持ちの願いと、本気の祈りが、同じ百円玉の重さで置かれていきます。
バズることと、救われることは、きっと違います。
これは、噂と現実のあいだで揺れる夜の話です。
深夜二時。
客はゼロ。
いつも通りの、世界から切り離された時間。
そのはずだった。
ウィン、と自動ドアが開く。
入ってきたのは、スマホを構えた若い男だった。
「やば、ほんとにある」
俺を撮っている。
「いらっしゃいませ」
「ここですよね? 神様いるコンビニ」
嫌な予感がする。
「いないよ」
「またまた〜」
男は笑いながら店内を撮影する。
「今SNSでバズってるんすよ。“百円玉置くと願いが叶うコンビニ”って」
は?
レジ横の小箱を見る。
確かに百円玉は溜まっている。
「それ、勝手に置いてかれただけだから」
「マジで? でも実際叶ってる人いるらしいですよ?」
知らん。
男は缶コーヒーを持ってきた。
「ちょっと願っていいすか?」
「だめとは言わないけど、責任取らないからな」
「いいっすいいっす」
男は百円玉を置く。
「フォロワー10万人いきますように」
軽い。
「それは努力しろ」
「神様冷た!」
動画を回しながら帰っていく。
嫌な予感は当たった。
その夜から、客が増えた。
ウィン、ウィン、ウィン。
深夜なのに人が来る。
「彼氏できますように!」
「転職成功しますように!」
「宝くじ当たりますように!」
百円玉が積み上がっていく。
俺はそのたびに言う。
「神様いないからな」
でもみんな笑って帰る。
祭りみたいだった。
数日後。
ピークは過ぎた。
人は減った。
バズりは冷める。
残ったのは、小箱いっぱいの百円玉だけ。
そして。
ウィン、とドアが開く。
入ってきたのは、スーツ姿の女性だった。
化粧は崩れ、目が腫れている。
撮影ではない。
本気の顔だ。
「ここですか」
「何が」
「願いが叶うコンビニ」
胸がざわつく。
「違う」
「でも」
女性は震える声で言う。
「ここで願ったら、父が助かったって投稿があって」
ああ。
あの最初の少女か。
どこかで話が回っている。
「夫が、手術なんです」
軽い空気が一気に消える。
「成功率は高いって言われました。でも怖くて」
女性は百円玉を握りしめている。
「お願いしたくて」
俺は黙る。
フォロワー10万人とは違う。
宝くじとも違う。
言葉を間違えたらいけない夜だ。
「神様はいない」
はっきり言う。
女性の目が揺れる。
「でも」
続ける。
「ここで願うこと自体は、無駄じゃないと思う」
「……え?」
「願うってのは、諦めてないってことだから」
女性は黙る。
「手術は医者がやる。神様じゃない」
少しだけ笑う。
「でも、信じたい気持ちは、あんたのもんだ」
沈黙。
冷蔵ケースの音だけが響く。
「……それで、いいですか」
「保証はない」
「それでも」
女性は百円玉を置く。
「お願いします」
深く頭を下げる。
俺は何もできない。
ただ、言う。
「きっと、全力は尽くしてくれる」
神様の言葉じゃない。
ただの現実だ。
女性は静かに帰っていった。
数日後。
またウィン、とドアが開く。
同じ女性だった。
今日は泣いていない。
「成功しました」
短い言葉。
力が抜ける。
「よかったな」
「ありがとうございました」
「だから俺は何も」
「いいんです」
女性は百円玉をもう一枚置いた。
「ここで願えたことが、支えでした」
帰っていく背中。
店内はまた静かになる。
バズりは消えた。
フォロワーもどうなったか知らない。
でも小箱の中には、たくさんの百円玉がある。
神様なんていない。
願いを叶える力もない。
でも。
人が本気で願う瞬間に立ち会う場所には、
少しだけ、責任が生まれる。
深夜二時のコンビニは、
今日も噂と現実のあいだで、静かに灯っている。
バズるよりも、
ひとつの「よかった」のほうが、
ずっと重い。
誰かの投稿が、誰かの希望になることがあります。
けれどその希望は、とても軽く広がることもあります。
願いが叶ったのは、神様の力ではありません。
医者の技術であり、家族の祈りであり、本人の強さです。
それでも、人はどこかで“願える場所”を求めます。
深夜のコンビニは、ただの店です。
けれど、そこで置かれた百円玉には、
軽い冗談もあれば、本気の祈りも混ざっています。
バズる言葉よりも、
たった一人の「よかった」が重い。
もしあなたが、何かを願う夜があるなら。
その願いを、どうか大切にしてください。




