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コンビニの神様  作者: なつめ


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8/12

コンビニの神様 〜全部、あなたのせいじゃない〜

この物語は、特別な力を持った神様の話ではありません。

 深夜二時のコンビニで交わされる、ほんの短い会話の物語です。


 人はときどき、逃げたくなります。

 理由がはっきりしているときもあれば、うまく言葉にできないときもあります。


 それでも、誰かの一言で、ほんの少しだけ足が前に出る夜があります。


 この物語は、そんな夜の話です。


 深夜二時。

 店内には、冷蔵ケースの低い唸りと、蛍光灯の白い光だけがある。外は風が強いらしく、ガラス扉がときどき小さく震えていた。


 ウィン、と自動ドアが開く。


 入ってきたのは、制服姿の高校生だった。ブレザーのボタンは留めていない。肩で息をしている。走ってきたのだろう。


「いらっしゃいませ」


 そう言うと、その子は商品棚を見ずに、まっすぐレジへ来た。


「あの」


 声がかすれている。


「ここに、神様いるって聞いたんですけど」


 またその言葉か、と思う。

 この店はいつから、そういう噂の場所になったんだ。


「いないよ」


 いつもの返事。でも今日は、少しだけ声が柔らかかった。


「でも、ここで救われた人がいるって」


 目が赤い。泣いたあとだ。


「何を叶えたい」


 自分でも、どうして聞いたのかわからない。


 少女は少し黙ってから言った。


「逃げてきました」


「どこから」


「家」


 短い答えだった。


「お母さんが、最近ずっと怒ってて。私が全部悪いって言うんです」


 蛍光灯の光がやけに冷たい。


「成績も、部活も、ちゃんとやってるのに。もっと頑張れって。あんたがいると疲れるって」


 言葉の最後が震える。


「私、そんなにダメなんですか」


 俺は言葉を探した。

 神様じゃない。家庭の問題を解決する力もない。

 軽い慰めは、逆に傷つける気がした。


「なあ」


 少女が顔を上げる。


「全部自分のせいだって思うの、楽なんだよ」


「……楽?」


「自分が悪いって決めれば、理由を考えなくて済むから」


 昔の自分を思い出していた。

 誰かの機嫌が悪いとき、全部自分のせいにしていた頃を。


「でもな」


 ゆっくり言う。


「全部あんたのせいってことは、たぶんない」


 少女は息を止めたまま聞いている。


「誰かの余裕のなさとか、不安とか、そういうのまで背負わなくていい」


 保証はない。

 それでも、これだけは言えた。


「頑張ってるなら、それでいい」


 しばらく沈黙が落ちる。

 冷蔵ケースの音がやけに大きい。


「……それ、神様の言葉ですか」


 少女が聞く。


「違う」


「じゃあ、誰の言葉ですか」


 俺は少し考えた。


「ただの、夜勤の店員の言葉」


 一瞬、少女はきょとんとした。それから、ほんの少し笑った。


「それで、十分です」


 ポケットから百円玉を取り出し、レジに置く。


「お願い、じゃなくて。今日はお守りです」


「いらないよ」


「だめ。神様はタダじゃだめなんです」


「だから神様じゃないって」


「じゃあ、代わりです」


 少女は深呼吸をした。


「帰ります」


「大丈夫か」


「怖いけど。でも、さっきの言葉、持って帰ります」


 ウィン、とドアが開く。

 冷たい風が一瞬入り込む。


 少女は振り返らなかった。


 静かになった店内で、百円玉だけが小さく光っている。


 神様なんていない。

 奇跡も起きない。


 家に帰れば、また怒られるかもしれない。

 何も変わらないかもしれない。


 それでも。


 「全部自分のせいじゃない」


 その一言が、あの子の夜を少しでも軽くするなら。


 深夜二時のコンビニは、

 今日も誰かの逃げ場になっている。


 神様って、誰なんだろうな。


 願いを叶える存在じゃなくて、

 誰かが立ち止まれる場所のことを、

 そう呼ぶのかもしれない。


 「全部自分のせいじゃない」


 たったそれだけの言葉でも、

 誰かの心を支えることがあります。


 大きな奇跡は起きません。

 問題がすぐに解決するわけでもありません。

 それでも、立ち止まれる場所があることは、きっと意味があります。


 深夜のコンビニは、ただの店です。

 でも、その場所で交わされた言葉が、

 誰かの帰る勇気になることがあります。


 もし今、少しだけ息が苦しい夜を過ごしている人がいたら。

 どうか覚えていてください。


 全部が、あなたのせいではありません。


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