コンビニの神様 〜失敗しても終わらない〜
人生には、静かな分かれ道があります。
大きな音も立てず、
誰にも気づかれないまま、
自分だけが立ち止まる瞬間。
どちらを選んでも、不安は消えない。
正解も保証も、どこにもない。
それでも、選ばなければ朝は来ません。
この物語は、
間違えない選択の話ではありません。
怖いまま、震えたまま、
それでも一歩を選ぶ夜の話です。
深夜二時のコンビニで、
今夜もまた、ひとつの覚悟が置かれます。
それは、たった百円の重さかもしれないけれど。
深夜二時。
コンビニの蛍光灯は、昼よりも白い。
眠らないはずの光が、どこか寂しそうに見える時間だ。
ウィン、と自動ドアが開いた。
冷たい空気と一緒に入ってきたのは、制服姿の高校生だった。
ブレザーの肩に夜露がついている。ネクタイは緩く、目の下にはうっすらと影。
ここ最近、よく来る顔だ。
「いらっしゃいませ」
彼は無言でエナジードリンクを一本、かごに入れる。
今日はそれだけだった。
レジに来ても、すぐには財布を出さない。
何か言いたげに、立っている。
「……ここ、神様いるんですよね」
またか、と思う。
でもこの店では、時々そういう夜がある。
「いませんよ。求人も出してません」
彼は少し笑う。
けれど、その笑いは軽くなかった。
「間違えない選択、ください」
その言葉は、冗談みたいに聞こえて、本気だった。
「進路です」
ぽつり、と続ける。
「東京の大学、受けたいんです。でも親は地元に残れって」
レジの上で、指先が揺れている。
「俺、そんなに頭よくないし。落ちたらどうするんだって。金もかかるし」
深夜二時。
人は、この時間に弱いところを見せる。
「間違えたら、終わりな気がして」
その“終わり”の重さを、俺は知っている。
人生は一本道じゃないと分かっていても、選択の前では崖に立たされる。
「俺も、昔そう思ってました」
気づけば口が動いていた。
「どれ選んでも、間違えたら終わりだって」
彼が顔を上げる。
「じゃあ、どうしたんですか」
「間違えました」
正直に言う。
「思ってた道には行けなかった」
この夜勤の生活。
別に不幸じゃない。でも、理想でもない。
「後悔、しましたか」
「今でも、たまにします」
少し笑う。
「でも、終わってないですよ」
彼の眉がわずかに動く。
「間違えない選択なんて、多分ないです」
静かな店内。冷蔵庫の低い音。
「じゃあ、どうすればいいんですか」
「選んだあとに、間違いじゃなくする」
沈黙が落ちる。
「そんなの、できるんですか」
「しがみつくんですよ」
俺は言う。
「選んだ道を、後悔より長く続ける」
彼は俯く。
「怖いです」
「そりゃそうです」
即答する。
「怖くない選択なんて、たぶん本物じゃない」
彼の目が、少し潤む。
「落ちたら?」
「また考えればいい」
「受かったら?」
「しがみつけばいい」
少しだけ、彼が笑う。
「安いですね、神様」
「キャンペーン中なんで」
彼はポケットから百円玉を取り出す。
カチリ、とレジに置いた。
「覚悟代」
「何の覚悟」
「後悔する覚悟です」
その顔は、さっきより少しだけ強かった。
「朝、願書出してきます」
ウィン、とドアが開く。
外の空気が変わっている。
東の空が、うっすらと白み始めていた。
この店で、初めて見る色だった。
夜は、ちゃんと終わる。
レジの中には、増えていく百円玉。
祈りの百円玉。
謝罪の百円玉。
生きる延期の百円玉。
そして今夜、覚悟の百円玉。
神様なんていない。
でも。
誰かが自分で歩くと決めた瞬間を、
少しだけ支えることはできる。
深夜二時のコンビニは、
気づけば、朝に近づいている。
そして俺は、初めて思った。
この場所も、
悪くないかもしれない、と。
選ぶということは、
失う可能性を受け入れることでもあります。
だから、人は迷う。
だから、人は怖がる。
それは弱さではありません。
本気で生きようとしている証拠です。
この物語の神様は、未来を見通しません。
成功も保証しません。
ただ、夜の隅で立ち続けるだけです。
それでも――
誰かが「行こう」と決めた瞬間、
世界はほんの少しだけ動きます。
もし今、あなたが分かれ道に立っているなら。
完璧じゃなくていい。
自信がなくてもいい。
怖いままでいいから、
あなたの足で選んでください。
朝は、
選んだ人のほうへ、ちゃんと近づいてきます。




