コンビニの神様 〜誰にも言えない願い〜
夜は、ときどき長すぎる。
昼間はうまくやれているふりができても、
深夜二時になると、心の奥にしまっていた言葉が顔を出す。
「消えたい」
それは、声に出せない願いだ。
誰にも言えず、どこにも置けず、ただ胸の中で重くなる。
この物語は、誰かを救う話ではありません。
ただ、夜を越えるための話です。
消えてしまうのではなく、
ほんの一日だけ、延期するための。
深夜二時のコンビニは、
今日も静かに灯りをつけています。
深夜二時のコンビニは、今日も静かだ。
冷蔵庫の低い音だけが、店内に流れている。
ウィン、と自動ドアが開く。
長いコートの女性が入ってくる。ほとんど毎晩来る人だ。決まってカフェオレと菓子パンを一つ。無言で会計をして、無言で帰る。
その夜、袋を差し出したとき、彼女が口を開いた。
「……ここ、神様いるんですよね」
久しぶりに聞く言葉だった。
「いませんよ」
いつもの答え。
彼女は小さく笑う。
「じゃあ、聞くだけ」
少しの沈黙。
「消えたいって思うの、だめですか」
手が止まった。
今まで、いろんな願いを預かってきた。命が助かりますように。謝れますように。でもこれは、種類が違う。
レジの引き出しの百円玉が、急に軽く見えた。
「……分からないです」
気づけば、そう言っていた。
「だめとも、いいとも、言えません」
神様なら、迷わないはずなのに。
彼女は目を伏せた。
「やっぱり、いないんですね」
「いないです」
少し間を置いて、俺は続けた。
「俺も、思ったことあります」
彼女の視線が上がる。
「消えたいって」
夜勤ばかりの生活。何者にもなれなかった時間。連絡を取らなくなった友達。諦めた夢。
「いなくなっても、誰も困らないかなって」
声がわずかに震える。
神様が弱音を吐いている。
「でも、コンビニは開けてるんです」
「……なんで」
「誰かが来るかもしれないから」
自分でも、うまく説明できない。
「消えたいって思うの、だめじゃないです」
ゆっくり言う。
「でも、消えなくていい理由が、今ここにあります」
「理由?」
「あなたが、今ここに立ってること」
彼女の目に、光がにじむ。
「消えたい人は、神様なんて探しに来ません」
静かな涙が落ちた。
俺は何もできない。ただレジの向こうに立っているだけだ。
「今日だけでいいです」
「……」
「今日だけ、延期にしませんか」
長い沈黙。
やがて彼女は、ポケットから百円玉を取り出した。
カチリ、と音がする。
「……明日も営業してますか」
「二十四時間」
「じゃあ、明日も来ます」
ウィン、とドアが開く。夜風が一瞬だけ入り込む。
レジの引き出しには、四枚目の百円玉。
神様なんていない。
それでも。
消えたい夜を、一日だけ延ばすことはできる。
深夜二時のコンビニは、今夜も灯りを消さない。
「消えたい」と思う気持ちは、
弱さだけではないのかもしれません。
それだけ苦しかった証拠であり、
それでも誰かに聞いてほしかった証でもある。
この物語の神様は、奇跡を起こしません。
正解も持っていません。
ただ、否定せずに立ち続けるだけです。
もしかすると、本当に必要なのは
答えではなく、そこに誰かがいることなのかもしれません。
もしあなたが長い夜の途中にいるなら、
どうか今日だけは延期してみてください。
コンビニの灯りのように、
朝は、思っているよりもちゃんと来ます。
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