コンビニの神様 〜ごめんと、言えた夜〜
神様なんて、いない。
少なくとも、病気を治したり、
人生を一瞬で変えたりできる存在は、
深夜二時のコンビニにはいない。
けれど。
どうしようもなく弱くなる夜に、
「大丈夫」と言ってくれる誰かがいるなら。
それは、少しだけ神様に近いのかもしれない。
この物語は、
大きな奇跡の話ではありません。
たった一言――
「ごめん」が言えた夜の話です。
三日後から、その子は来なくなった。
深夜二時。
俺は相変わらずレジに立っている。
神様の時給は相変わらず千二百円だ。
レジ横の引き出しには、二枚の百円玉。
売上とは別に、そっと置いてある。
募金箱でもない。
俺の、なんとなくの区別だ。
ウィン、とドアが開く。
入ってきたのは、スーツ姿の男だった。
疲れた顔。ネクタイは緩み、目の下に影がある。
カゴに入れたのは缶ビール一本と、カップ麺。
「いらっしゃいませ」
男は会計を済ませ、釣りを受け取らずに言った。
「兄ちゃんさ」
「はい」
「ここ、神様いる?」
俺は一瞬、息を止める。
またかよ。
「いませんよ」
「だよな」
男は笑う。でも笑ってない。
「でもさ、もし代わりがいるなら」
ポケットから小銭を探る仕草。
百円玉を一枚、カウンターに置いた。
「娘に、ちゃんと謝れる勇気、くれない?」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
俺はその百円玉を見た。
レジの中の二枚と、同じ音がする。
「……大丈夫ですよ」
俺は言う。
「きっと、言えます」
「なんで分かるんだよ」
「神様ですから」
自分で言って、少し照れる。
男は吹き出すみたいに笑った。
「安いな、神様」
「キャンペーン中なんで」
男は缶ビールを持って、出ていった。
自動ドアが閉まる。
静寂。
俺は三枚目の百円玉を、そっと引き出しに入れた。
神様なんていない。
病気を治す力も、勇気を直接渡す力もない。
でも。
深夜二時。
誰かが、どうしようもなく弱くなる時間。
そのとき、
「大丈夫」
と受け取ってくれる誰かがいるなら。
それはもう、神様みたいなもんだろ。
男が出ていってから、一時間くらい経った頃。
ウィン、とまたドアが開いた。
さっきの男だった。
息が少し上がっている。
「兄ちゃん」
「はい?」
男は、少し照れたように笑った。
「言えた」
「……何をです?」
「ごめん、って」
短い言葉。
でもさっきより、顔が軽い。
「娘、泣きながら怒ってたけどさ」
男は鼻をこすった。
「ちゃんと聞いてくれた」
俺はうなずく。
「よかったですね」
男はポケットを探る。
「追加料金いる?」
「いりません」
「安いなあ」
男は笑って、今度こそ帰っていった。
静かな店内。
引き出しの中には、三枚の百円玉。
神様なんていない。
でも。
謝る勇気も、
信じる気持ちも、
ほんの少しの「大丈夫」で、動き出すことがある。
深夜二時のコンビニは、
今日も、世界から少しだけ切り離されている。
そして少しだけ、
誰かを元に戻している。
謝ることは、簡単なようで難しい。
特に、大切な相手に対しては。
強くありたい。正しくありたい。
そんな気持ちが、言葉を止めてしまうことがある。
けれど、「ごめん」は負けではない。
関係を終わらせる言葉ではなく、
もう一度始めるための言葉だと思っています。
この物語を読んだ誰かが、
心のどこかに引っかかっている言葉を、
ほんの少しだけ勇気を出して伝えられたなら。
そのときはきっと、
あなたのそばにも小さな神様が立っているはずです。
深夜二時のコンビニは、
今夜も静かに営業中です。
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