コンビニの神様 〜百円の回復薬〜
エピソード12です。
前話では、主人公と父の距離が少しだけ動きました。
言葉は多くなくても、確かに何かが変わった夜でした。
今回は、そこから一旦空気を変えています。
夜のコンビニは、ときどき哲学よりも先に、
どうでもいい会話が転がってきます。
でも、案外そういう時間のほうが、
人を少しだけ前に進ませたりもします。
百円で人生は変わらない。
それでも、百円がある夜はある。
そんな回です。
午前一時四十分。
レジ前で、私はあくびを噛み殺していた。
夜は静かやけど、眠気は平等に来る。
小皿には百円玉が一枚。
蛍光灯の光を浴びて、やけに堂々としている。
自動ドアが開いた。
入ってきたのは、明らかに寝不足の大学生。
パーカーにジャージ、リュックはぱんぱん。
レジに来るなり言った。
「人生って、クソゲーじゃないですか?」
いきなり難易度高い。
「返品はできませんね」
反射で答えたら、青年が吹き出した。
「やっぱ夜のコンビニ、好きやわ」
カップ麺とエナジードリンク二本。
「徹夜ですか」
「レポートと就活と自己分析の三重苦です」
私はバーコードを通す。
「自己分析、進みましたか」
「進みすぎて、自分が嫌いになりました」
青年は財布を開き、百円玉を一枚取り出す。
そして、レジ横の小皿を見つけた。
「あ、これ噂のやつや」
カラン、と置く。
「百円で救ってくれるってマジですか」
「マジじゃないです」
即答。
「即否定!」
「百円で人生変わったら、みんな億万長者です」
青年は笑いながらも、少しだけ真顔になる。
「でも、なんか期待しちゃうんですよね。
誰かが“君は大丈夫”って言ってくれたら楽やなって」
私はレジ袋に商品を入れる。
「大丈夫です」
言い切った。
青年が止まる。
「根拠は?」
「コンビニに来れてるから」
「ハードル低っ」
「来れない人もいます」
少しだけ、間。
青年はエナジードリンクを受け取りながら言う。
「それ、なんか効きますね」
「エナジードリンクよりは副作用少ないです」
「副作用ないんですか」
「多少、現実見ます」
青年は吹き出す。
「それ一番きつい」
ドアの前で立ち止まり、振り返る。
「神様じゃないんですか」
「違います」
「でも、ちょっとだけHP回復しました」
ゲーム用語や。
「それはよかったです」
「百円、回収します?」
「どうぞ」
青年は小皿を見つめる。
少し迷って、首を振った。
「置いときます。
次の人の回復薬に」
ドアが開く。
夜風が一瞬入る。
静寂が戻る。
私は小皿を見る。
百円玉が二枚になった。
人生は変わらない。
奇跡も起きない。
でも、少し笑った夜は、確かにあった。
神様じゃない。
ただの店員。
それでも、悪くない。
私は小皿をそっと整える。
蛍光灯の光が、やけに穏やかだった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
この話は、重たい展開が続く前の“呼吸”のような回です。
神様かどうかは分からない。
でも、少しだけHPが回復する夜はある。
そんな存在でいられたらいいなと、
主人公にも、そしてこの物語にも思っています。
次はまた、少し温度が変わります。
物語は終盤へ向かっていますが、
灯りはまだ消えません。
引き続き、見守っていただけたら嬉しいです。
――なつめ




