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コンビニの神様  作者: なつめ


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11/12

コンビニの神様 〜父の背中〜

人は、知らない誰かには優しくなれるのに、

一番近かった人には不器用になります。


それはきっと、甘えでもあり、恐れでもあるのだと思います。


この物語の主人公は、

夜のコンビニで“神様”と呼ばれながら、

見知らぬ誰かの声に耳を傾けてきました。


けれど、

彼が本当に向き合えていなかったのは、

過去であり、家族であり、

自分が「息子」であるという事実だったのかもしれません。


救いは奇跡のように降ってくるものではなく、

ときに、ぶっきらぼうな一言の中に隠れています。


これは、

神様の話ではなく、

ひとりの息子の話です。


午前一時半。


 夜はいつも通りだった。


 レジのランプ、冷蔵庫の低い音、

 蛍光灯の白い光。


 私はレジ横の小皿を見つめる。


 百円玉は二枚。


 今夜は静かなほうだった。


 ドアが開く。


 いらっしゃいませ、と言いかけて、止まった。


 見覚えのある背中だった。


 少し丸くなった肩。

 作業着のままの姿。


 父だった。


 何年ぶりだろう。


 家を出てから、ほとんど会っていない。


 父は無言で店内を一周し、

 缶ビールを一本持ってレジに来た。


 目は合わない。


「……久しぶりやな」


 低い声。


「うん」


 それだけ返す。


 ぎこちない。


 昔から、会話が得意な人じゃなかった。


 厳しくて、不器用で、

 褒められた記憶はあまりない。


 父はポケットを探る。


 小銭を取り出す。


 その中に、百円玉があった。


 私は一瞬、息を止める。


 まさか、と思った。


 父はその百円玉を見つめ、

 そしてレジ横の小皿にも目をやった。


「……これ、なんや」


 私は少し迷ってから答える。


「ただの、皿」


 父は鼻で笑う。


「噂、聞いたぞ。神様やってるって」


 胸がざわつく。


 どこまで広がっているんだろう。


 父は百円玉を手に持ったまま、

 しばらく黙っていた。


「お前、そんな器用やったか?」


 責めるような声ではなかった。


 ただ、不思議そうだった。


 私は小さく首を振る。


「器用じゃないよ」


 むしろ逆だ。


 不器用だから、

 ここに立っているのかもしれない。


 父は百円玉をレジ台に置く。


 でも、小皿には入れなかった。


「……別に救われたいわけちゃう」


 そう言って、ビールを受け取る。


 私は袋を差し出す。


 父は受け取らず、そのまま持つ。


 帰り際、足を止めた。


「ちゃんと働いてるなら、それでええ」


 それだけ言って、出ていった。


 自動ドアが閉まる。


 私は動けなかった。


 褒められたわけじゃない。


 認められたとも違う。


 でも、


 否定されなかった。


 それだけで、胸の奥が少し軽くなる。


 レジ台に置かれた百円玉を手に取る。


 父は小皿に入れなかった。


 願いじゃなかった。


 でも、


 何かを置いていった気がした。


 私はその百円玉を、小皿に入れる。


 カラン、と小さな音。


 神様なんかじゃない。


 でも、


 息子ではある。


 午前二時。


 夜は変わらない。


 けれど、私の中で、

 少しだけ何かがほどけた。


 救いは、大きな奇跡じゃない。


 たった一言で、

 人は少しだけ前を向ける。


 蛍光灯の光が、いつもより柔らかく見えた。

誰かを救いたいと願う人ほど、

自分が救われることには慣れていないのかもしれません。


家族という存在は、とても厄介です。


他人よりも遠慮がなく、

他人よりも言葉が足りず、

それなのに、心の一番深いところに居続ける。


主人公の父は、謝りません。

褒めもしません。

大きな言葉も使いません。


けれど、「否定しなかった」。


それは、

派手な奇跡よりも静かで、

けれど確かな救いだったのだと思います。


私たちは、

百円玉のように分かりやすい形で救われることは少ないのかもしれません。


けれど、

帰り際の一言や、

背中越しの沈黙の中に、

実は灯りが残っていることもあります。


この物語が、

誰かにとっての“否定されなかった夜”になりますように。

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― 新着の感想 ―
気がついたときには最新話まで読み終えてました…… 自分も神様に救われたような気がします。 どこかで無理して、背負い込んで……でも、彼の言葉が刺さったんですよね たしかに神様ではないけれど、誰かに背中を…
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