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とある人の話  作者: りな


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私は、学生という名で呼ばれていた頃の自分を、ひどく真面目だったと思い返す。

真面目、という言葉は褒め言葉のようでいて、実のところ、逃げ場のなさを含んでいる。私は逃げ方を知らなかった。

友達と遊ぶことも、部活で汗を流すことも、授業中に教師がふと本筋を外れて語る雑談を聞くことも――そのどれもが、つまらないようでいて、今になれば確かに楽しかったのだと思う。ただ、その「楽しい」は、喜びというより、時間が静かに流れていくことへの安堵に近かった。そこに熱はなく、期待もなかった。ただ、今日が無事に終わる、それだけで十分だった。

勉強は、はっきり言って嫌いだった。

知識を詰め込むことも、意味の分からない数式を解くことも、私にとっては無味乾燥な作業でしかなかった。理解することよりも、覚えることが優先され、考えるよりも正解に辿り着くことが求められる。その窮屈さに、私は理由をつけて反抗するほどの勇気もなく、ただ従っていた。

「やるべきだ」という言葉が、いつも背中に貼り付いていた。

それは誰かが口に出して言ったわけではない。親の沈黙であり、教師の視線であり、周囲の空気そのものだった。私はその圧力に押されるように机に向かい、鉛筆を動かした。努力は、かけた分だけ点数になって返ってきた。世界は驚くほど公平で、その公平さが、かえって私を空虚にした。

入れる高校も、大学も、選べるだけの成績はあった。

選択肢があるという事実は、自由の証のはずなのに、私にはただ重かった。どれを選んでも、そこに「楽しい」という予感はなかった。未来は白紙ではなく、最初から薄く線が引かれているように見えた。けれども、楽しかったのも、事実かもしれない。

高校では、適当に勉強した。

大学でも、同じように適当に講義を受け、適当にノートを取り、適当に単位を集めた。空いた時間にはバイトをして、最低限の責任を果たしながら、深く考えないように過ごした。忙しさはあったが、充実はなかった。何かを成し遂げた感覚も、失った感覚もなく、日々はただ積み重なっていった。

やがて、そこそこの会社に入った。

「そこそこ」という言葉が、妙にしっくりきた。高望みもせず、失望もしない。期待を持たなければ、裏切られることもない。私はそうやって、人生を静かに畳んでいったのだと思う。


会社に入って、私は営業職に配属された。

人と話す仕事だと聞いたとき、強い拒否感はなかった。人付き合いは嫌いではない。ただ、得意かと問われれば、首を縦には振れなかった。相手の顔色を読み、言葉を選び、沈黙を埋める――それらは自然にできるものではなく、毎回、意識して力を使う行為だった。

それでも、私は一生懸命だった。

結果を出せば評価されるという仕組みは、学生時代の点数とよく似ていた。努力が数字になり、数字が存在価値を証明してくれる。だから私は、訪問先で頭を下げ、断られても笑顔を保ち、名刺の角を揃えることに、必要以上に真剣だった。うまくいった日も、失敗した日も、仕事だけは裏切らなかった。


その頃、家の中は、少しずつ形を変えていた。

長男が嫁を迎え、やがて子供が生まれた。赤ん坊の泣き声が家に満ち、家具の配置が変わり、会話の中心も変わった。祝福すべきことだと、頭では分かっていた。誰も私を邪魔者扱いしたわけではない。それでも、居間に座る自分の位置が、どこにもないように感じられた。

家にいると、私はいつも余白だった。

必要とされていないわけではない。ただ、積極的に置かれてもいない。話題に入るタイミングを探しているうちに、会話は次の話題へと移り、私は湯呑みの湯気を眺めていた。夜、部屋に戻ると、静けさだけが私を迎えた。

だから、家を出た。

理由は、もっともらしいものを選んだ。給料も安定しているし、会社まで家から通うのは大変だから――誰に聞かれても納得される理由だったし、何より、自分自身を説得するのに都合がよかった。

一人暮らしの部屋は、驚くほど狭かった。

それでも、鍵を回して扉を開けた瞬間、私は初めて、誰にも邪魔されない場所を手に入れた気がした。そこでは、私の帰りを待つ声も、私の存在を当然とする視線もなかった。ただ、私がいる。それだけで成立する空間だった。

仕事に疲れて帰り、スーツを脱ぎ、明かりを点ける。

その単純な動作のひとつひとつが、静かに私を肯定してくれた。孤独だったのかと問われれば、分からない。ただ少なくとも、あの部屋の中では、私は余白ではなかった。それだけで、十分だったように思う。

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